6-1 苦悩
「はぁ。」
レスト・ピースフルは溜息を大きく吐いた。
何に嘆いているかと問われれば、昨今の自分の行動に対するリターンとでも言おうか、自分の行動が求めている平穏になかなか繋がらないという点である。
自分は平穏に、ごく普通に生活を営むことが出来れば良かったのだ。
そのためには自分の、没落貴族という立場が邪魔だった。どうしても「あの」ウィーラー家の者として見られるであろうからだ。
そうした視線を嫌ったが故にわざわざ冒険者になって失踪を企んだわけであるが、何故かどうにも上手く行かない。
カーネリアに見つかってからと言うものの、どうにもロクなことになっていない、という気がしてならない。
特に、妥協なき人生を、と思って自分が疑問に思っていた事件の調査を始めた辺りからおかしくなっている。どんどん事件に深入りし、昨日なんてナイフを刺された。
更に昨夜のことである。
「すみません!!取り逃がしてしまいました。」
レヴィは騎士団の部屋で保護されたレスト達の前で頭を下げた。
「逃げ足が早い上に、まさか洞窟を爆破するとは。」
「爆破!?」
レヴィがさらりと言ってのけた言葉は、レスト達には驚愕の言葉であった。
「ええ。私が祭壇の周りを調べていると、突然頭上で爆発音がして、落盤が起きまして。恐らくは仕掛けていたか、あるいは上の方に誰かが居たか。何にせよ、証拠や手掛かりを無くしてしまいました。」
「えっ、その、アンタは大丈夫……みたい、ね。」
「ええ。私は頑丈ですから。」
「……逃げ足が早い、とかではなく、頑丈……。」
それはつまり、落盤に巻き込まれても大丈夫だった、と言うことだろうか。レストはまじまじとレヴィを見たが、鎧にもその隙間から露出する肌にも傷一つ無い。
鍛えられた肉体は、魔力と結びつくことで、鋼をも超える強靭な硬度をも得ることが出来ると聞く。その結果であろうか、レヴィは落盤など何するものぞとばかりに平然としていた。
「ええ。鍛えてますから。」
レヴィはニッと笑って胸を張った。
「ともかく、当面はこちらの部屋をお使いください。空き部屋でしたので、少々埃が溜まっていますが。」
「いえ、ありがとうございます。向こうも騎士団を相手取るつもりはないでしょうから、安心出来ます。」
「……ところで、騎士団としては今後どうされるおつもりですの?」
カーネリアが尋ねると、それまでは明るかったレヴィの顔が暗く沈んだ。
「どうしましょう。」
今までレストの中では凛として頼りになる騎士団長というイメージであったが、その暗くどんよりとしたトーンで放たれた曖昧糢糊とした言葉は、そのイメージに対する落盤事故を起こすのに十分であった。
「当然、その、アレイトス教については追跡を指示していますが、何分手掛かりが岩の下ですので、どうすれば良いか分からないのが本音なのです。」
彼女は申し訳なさそうに言った。
「そこで、ですね。」
そして、彼女の視線はレストの目に向けられた。
レストの危機察知器官が「危ないぞ」と叫んでいた。
だが聞かないわけにもいかない。言葉を遮ることも出来ず、レストはじっと見つめ返した。
「タンテイであるレストさんの手をお借りしたいのです。」
「……へ?」
「ほら、仕事を渡すとお約束したじゃありませんか。」
「……。」
確かに言った。その時は喜んだ。
だが今となっては。
アレイトス教が平気で人を殺す……ということは分かっていたものの、ここまで直接的に傷をつけられると、嫌がおうにもその恐怖というものが増すものである。
まして彼にしてみれば、殺されかけたのは二度目である。どちらも一歩間違えれば死んでいた、という事実は、レストの心を硬直させ、考えを変えさせるのには十分であった。
「そ、その、それについては、やはり騎士団の方々にお任せした方が良い、の、かな、と。」
「そう言わないで下さい!!」
叫ぶなりレヴィはレストの手を持ち跪いた。
「人手は足りないし、そもそも私の言うことは聞くけれど自分から動く人もいないしで、騎士団は上手く回らないのです!!貴方がたが頼りなんです!!」
レストはその言葉を聞いて更に心に傷を負った。
どこかで聞いたような悩みである。
生前、というべきか転生前、というべきか。自分も同じようなことを悩んでいた。
どこも変わらないのだな、と彼は心の中で嘆いた。
そして、そういう悩みを抱えているいわば同士を、見捨てることに対し抵抗感も感じ始めていた。
「……仕方、ありませんね。」
その言葉に呼応するように、或いは観念したかのように、残る二人も口を開いた。
「金は頂きますわよ。」
「アタシは乗りかかった船とはいえ、出来る範囲で、ってことで。」
レヴィの堅い顔が一気に華やかになった。彼女としては率直な悩みを打ち明けただけであるが、予想外に思惑通りとなったと言える。
「ありがとうございます!!」
だがそのような邪念は彼女には無い。故に彼女から発せられる感謝の言葉にも、裏の考えや雑念は一切滲みもしなかった。真っ白な言葉が真っ直ぐに放たれるのみであった。
「ぐっ……。」
突然その言葉の銃撃を浴びたカーネリアが疼いた。
「どうしました。」
「いや、何かこう、理性というか、心というか、何かに突き刺さって……。」
「はぁ。」
レストは普段は敏いが、こうした話に限っては鈍い人間であった。
「では!!先程も申しましたが、当面はこちらの部屋をお使い下さいね!!あ、お二人は別の部屋がありますのでご安心下さい。こちらです。」
そういってカーネリアとシェルフを連れて、レヴィは出ていった。
それを確認して、レストはベッドで眠りについた。




