5-4 洞窟
「あ。」
レストの脳裏に閃きが走った。そして彼は、カバンの中から紙を取り出して捨てた。
そしてそれを再び持ち上げた。
シェルフにはこの奇行の意味がわからなかった。
「『捨てられた紙→|ステルスマント、物質変換』。」
レストがそう言うと、拾い上げられた紙がレストの背丈くらいはあろうかというマントへと変わった。
それをレストが身に付けると、シェルフからはレストの姿が見えなくなった。レストが歩いているのかその場に留まっているのかも分からない。音がしないのだ。
「ああ声も聞こえないのか。」
レストがマントを外して言うと、シェルフの背後から声が聞こえた。
「これで姿を消して音も立てないように出来ます。とりあえず内部の偵察と、本の回収くらいはやってみましょう。」
「……。」
シェルフは呆然として何も言えなかった。
「どうしました。」
「いや、その、アンタのスキルマジで何でもアリなんだなって、呆れてただけ。」
「僕もびっくりです。」
ここまで無茶が出来て本当に大丈夫なのか、そんな不安がないわけではない。
だが、別に欲しくて貰ったスキルというわけではなく、あくまで神の好意で貰ったものである。
一応悪用・濫用だけはしないようにするが、さりとて何かあっても自分の責任ではなく、自分にこの力を与えた神側の責任であろう。
レストはそう自分に言い聞かせた。そうしないと不安な心が暴走し、スキルの使用が出来なくなりそうであった。
「ま、あ。大丈夫です。一定のルールがあるわけで、そこから逸脱した使い方は出来ないわけですし。……多分。」
この言葉も、果たしてシェルフに言った言葉なのか、それとも。
レストは自分でも断言できない程度に不安に苛まれながらも、今すべきこと、つまり潜入を成功させるべく、もう一つのマントを作り出し、シェルフに渡した。
シェルフがマントを身に付けると、シェルフのシルエットがレストの眼前に現れた。マントをつけている者同士では、シルエット程度ではあるが、姿が認識出来るらしい。二人のシルエットは肯くと、静かに音も立てず、アッティカ山へと向かった。
アッティカ山はスラス都の南に聳える大きな山で、外敵、特に魔物の侵入を拒む防壁としての役割を担っている。
だがその広大さ故に、侵入を阻まれた魔物がこの山に住み着くといった事も起きており、魔法も武器も使えない一般市民からすると危険極まりない場所であった。
多少の危険は、冒険者にとっては逆にスパイスとなる。
街に近いという利点もあり、良く狩り場として利用されている。調査のクエストもよく発行されるため、冒険者の姿を目にする事は多い。
だが、冒険者はあくまで魔物を狩るだけ。せいぜい、山の地形の調査をするといった程度に留まる。それ故に開拓事業は進んでいない。良くも悪くも自然溢れる場所である。
調査の結果、山中には幾つもの洞窟がある事が分かっている。そこは魔力に満ちており、魔物の住処となっている事が多い。
その一つが、レスト達の視線の先にあった。ただレストの目にはその洞窟が不自然に見えた。自然に出来たにしては、入り口の形がしっかりと楕円型になっている。まるで人工的に作られたかのようであった。
そして追跡機の光は、その奥を指しているように、レストの目には映った。
もしかすると、この洞窟自体、アレイトス教の連中が作り出した人工の洞窟なのかもしれない。とすれば、ここは連中のアジトのような場所の可能性がある。
「行きましょう。」
レストは言ったが、その言葉はシェルフには届かないことに気づいた。レストは手を振ってから動き出すと、もう一つの人型のシルエットはそれに続くように動きだした。
洞窟の中はしんとして静かだった。耳鳴りがするほどに静寂で、暗闇と相まって、ふとすれば不安に押し潰されそうになる。何もないというのは人間の感覚を狂わせるものだということを、レストは実感していた。
幸運なのは自分が作り出したステルスマントーー装着者の姿と音を消す道具が、装着者の姿を映し出してくれていることだろう。暗闇に浮かぶ薄いシルエットと、追跡機の光、そして鑑定眼鏡に映る様々なデータが、ここが完全なる無ではなく、ただ暗い洞窟なのだということを思い出させてくれる。
だがシェルフは大丈夫だろうか。レストは手で「大丈夫ですか」と空中に文字を書く。シェルフは手を振った。「何とか」と読めた。彼女も精神的にはそこそこのダメージを負っているようだが、まだ耐えられるようでもあった。
カーネリア、そして上手くいけばレヴィとの合流も果たさねばならない。一方、この洞窟についても調べなければならない。
「もう少ししたら脱出しましょう」と空中に文字を書くと、シェルフは頷いた。
と、その時、レストの目に、洞窟の奥から光が漏れているのが映った。
誰かがいるのだろうか。
レスト達は音と姿を消しているとはいえ、誰かとぶつかっては流石にバレる。
二人は恐る恐る、その光の元へと近づいて行った。
静まりかえった洞窟の中、ぽつ、ぽつ、という水が垂れる音と、ざわ、ざわという虫か何かが蠢く音だけが響いていたが、その光の元に近くほど、別の音が聞こえ出した。
ごうごうという何かが燃える音、光源たる松明が燃える音であった。
そしてその光が溢れる場所は開けた部屋であり、その奥には松明の拙い灯に照らされて鈍く光る何かがあった。
それは明らかに人工物であった。
レストは元の世界で見たことがあった。まるでそれは、中南米、アステカの遺跡などにありそうな、神に供物を捧げるための祭壇のように見えた。




