5-1 襲来
レストは眼前に居る女性が本気で自分達を殺そうとしているのが理解出来た。だがどうすれば良いかという点については困惑の極みにいた。
求めているのはこの手元の本二冊、そしてあの赤ローブの男が持っていた宝玉であろう事は理解出来る。だが、これを渡して良いのか。
そもそも、そう、そもそも渡したところで本当に助かるのか。それがレストには気がかりであった。明らかに眼前の人間は危険人物である。こういう輩の要求を鵜呑みにしたところで、自分が助かる保証は無い。
客の「今回きりだから!!」を信用して何度痛い目を見てきただろうか。
嫌な記憶がレストの脳裏を痛めつけていた。
「あ、あの、少し、ちょっと、待って頂けますか。」
「否。渡。」
聞く耳がない事を理解して、レストの目の前は真っ暗になりかけた。
だが残る正気を振り絞り、必死に今最善の道を探り、そして、
「かー、か、かかか、そ、そこの人、ほ、ほうぎょ、宝玉を。」
カーネリアと言おうとして彼は踏みとどまり、そして棚に締まった宝玉を指差して、カーネリアに対して言った。彼女の名前が割れているかどうかもわからない。居場所が割れているのだから手遅れな気もするが、出来る限り情報は減らす必要がある。
「あ、あわ、わかっ。わっ。かり、ましたわ。」
カーネリアもまた動揺しながら、宝玉に向かい歩き始めた。
「迅速。」
女性は苛立ちの色を混ぜながら声を上げた。
シェルフはその姿を見ながら、こっそりとポケットの中を漁った。
それに気も留めず、レストは恐る恐る本を差し出した。
女性はそれを引ったくって、ローブの中へと仕舞い込んだ。
それを確認してレストは距離を取る。一刻も早くこの場を去りたかった。
「宝玉、迅速。」
その言葉に応じて、カーネリアの体の動きが早くなる。動悸も同時に高まり続ける。
彼女は商売柄命を狙われる事も勿論あったが、そういう場面では大体用心棒がいた。今回は家の中である。勿論用心棒はいるはずなのだが、あの階下の音、ナイフから滴る血から言って、つまりはそういう事なのだろうと理解した。
それは即ち、今眼前にいる相手が、自分の雇った用心棒よりも遥かに力量の高い、暗殺者であるとかそういう立場の人間なのだろう、という事を。
この場合どうするべきか。カーネリアは知っていた。自分に出来る事はないと。こういう時は要求を呑むしかないのだ。
レストは幸いな事にそれを理解しているようであった。カーネリアはほんの少しだけ安堵した。これで命が繋がったかもしれない。後は自分が宝玉を渡し、それで帰ってくれれば一番良い。
そうでなければ死ぬ。
お願いです受け取って帰ってくださいどうかどうかお願い致します、そんな思いを込めて彼女は宝玉を差し出した。
黒いローブの女性はそれを受け取り、そしてローブの下にしまうと、
「良、」
そう言ってナイフを煌めかせて、
「死。」
という一言を残して消えた。
レストは視線すら追いつかない。だから知らない。彼の懐に女が飛び込んだことも、そのナイフが自分の首元へ突きつけられていることも。
だが自分が死ぬのだろうということだけは、理解出来た。
そこでレストの思考は停止した。




