ケジメ
ケジメをつけるって。
大人になると大事なことだなーと思う。
自分のために。
物騒だから、という理由で、僕は黄泉路さんを家の近くまで送ることにした。そこに疚しい気持ちは無い。
僕には、もう黄泉路さんの気持ちをどうこうしようだなんて気持ちは一切なかった。恐らく僕と、その黄泉路さんの想い人とには、超えられない差がある。黄泉路さんの中で、絶対的な差異がある。少し頑張ってアピールすれば変わるなんて話じゃない。それを、彼女の笑顔をみてどうしようもないくらいに気付かされた。だから僕が黄泉路さんを家まで送ったのに、疚しい気持ちは無い。本当に物騒だと思ったし、何よりこれでケジメをつけたかった。僕が黄泉路さんにこうして過剰に関わるのは最後だと。自分の中でケジメをつけたかった。
だから、これが最後。
僕は今後、黄泉路さんと深い関係を結ぼうとは思わない。
それは黄泉路さんのためというより、僕自身のため。
終わった恋は、いつまでも引きずりたくなかった。
僕は黄泉路さんを家の近くまで送り届け、すぐに道を引き返した。
僕が黄泉路さんを送った理由は、本当はここにある。
こないだの件に関して、もう一度、この街をしっかりと見ておきたかったのだ。
先輩のアパート前は、進入禁止の黄色いテープで囲われていたが、もうすでに調査はほとんど終えたらしく、警察などがいることはなかった。近づけはしなかったが、そこまで近づかなくとも遠目でその焼け跡は充分に視認できた。
といっても、そこには何もなかった。
木造であったのだろうそのアパートは、完全に燃え尽きてなくなり、焼け落ちた黒い焦げ跡しか残っていなかった。
ここに、先輩が住んでいたのか。その名残なんて、一切感じ取れないが。
すぐ近くの小さな神社を訪ねると、そこも焼け野原のようになっており、そこに何があったのか、それが全くわからないほどだった。
どういう気持ちで先輩はここを燃やしたのだろうか。
知りたいようで、知りたくない。
僕には先輩の何一つも、理解できていない。
しばらくそうやって焼け地を眺めていたが、これ以上こんな夜更けにここをウロウロしていては、放火魔にでも間違われかねない――犯人は現場に戻ると言う――と、僕は駅に向かって歩き始めた。
僕がもうこの街にくることは無いだろう。
だって、ここはやっぱり僕のような普通が干渉していいところではないから。ここはやはり『向こう側』なのだから。
もちろんあんな異常は偶然に偶然が重なった結果であり、僕が再びその異常に巻き込まれるなんてことは、恐らく無い。
触れてしまうことは無い。
だって異世界なのだから。
イロさんという特別チケットを持っていたからこそ覗けた奇跡であり、覗けたとしても、一生に一度巻き込まれれば十分である。あんな殺人事件に巻き込まれることも、変な外国人に会う事も、神とも悪魔とも闇とも呼ばれる人外に出会ってしまうことも、無い。
そんなものは、二度とゴメンだ。
「……って、え……?」
僕がコンビニの前を通った時だった。
ふと何気なくこんなとこにコンビニあったんだ、気付かなかったな、とそのコンビニに目を向けた。
するとそのガラス張りから見える店内に、立ち読みをしている人が僕の目に止まった。
それは、金髪の、あの、外国人の女。イロさん。
初めに会った時と変わらず、白のティーシャツに足首までのランニングタイツ。見る人が見れば、痴女ともいえなくもないスポーティだが扇情的な格好で、今日は帽子を被っている。
僕は自分の目を疑うようにぐいぐいとイロさんに近寄っていった。
ガラスを挟んで対面である。
僕が彼女を凝視すると、漫画雑誌に目を落としていたイロさんが顔を上げ、僕を見た。
そしてぱちぱちと二、三度瞬きをしたあと、すぐに漫画雑誌に目を落とした。
「って、おい!」
僕は一人でそう叫んでガラス窓をガンガンと叩いてイロさんを呼んだ。
が、彼女は漫画雑誌に没頭していて、あくまで僕を無視し続けるつもりのようだった。
「こいつ……」
僕は店内に入って外に連れ出そうかとも思ったが、しかしそれは目立ってしまいそうだったので止した。渋々店外で10分ほど待っていると、ようやく彼女が小さなコンビニ袋を提げて出てきた。
「おい」
「やあ。さっきからなんだい? 店に迷惑じゃないか」
「ぐ……」
それに関しては、言い訳のしようが無い。
「何で悠長にコンビニで雑誌なんか読んでるんですか?」
「ん? 何かおかしいか? 私は毎週発売日に週刊雑誌を読むのを楽しみにしているんだが。立ち読み禁止だなんて野暮なこと言うなよ」
「知らないですよ」
「でも最近はダメだな。新人のレベルが低すぎる。編集もよくあれでデビューさせるものだよ」
「もっと知らないですよ!」
「なんだろうね、マンガ家になるための敷居が低くなっている気がするよ。いや、敷居を下げなければマンガ家になれる人間がほとんどいないのが原因なのかな? んー、まぁこれが谷であって欲しいものだね。そろそろ長期連載のマンガ家を休ませてあげてほしい」
「だからどうでもいいですよそんなこと!」
漫画談義をするな。
そんな話は一切していない。
「どうでもは良くないだろう。この辺りはシビアに見ていかないとな。ファンの声がプロを育てるんだ」
「どんだけ漫画が好きなんですか、あなたは……意外すぎる」
「ふむ。意外と言われてもね。私はいつもここで立ち読みしているよ? 君の姿も何度か見かけたしね」
「え?」
「ほら、黄泉路蜜をストーカーしてるのとかも、ここで見てたよ」
「筒抜け?!」
そうだったのか……巧いこと尾けてたつもりだったのに。
まさかコンビニの中から見られていたなんて。
恥ずかしいな、おい。
「では」
イロさんはそう言って行こうとしたので、僕は彼女の腕を捕まえようとした。
「だからちょっと、待――」
僕が彼女の腕に触れようとした瞬間。僕の視界がぐるんと回転していた。背中を強く打ち、ようやく地面に叩きつけられたのだと理解する。
「いっ!」
「私に触るな」
澄んだ目で見下ろされ、ぞくぞくと純粋なる殺気が、僕を襲った。




