表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クオリア~十人十色の異聞奇譚~  作者: 色川玉彩
1 The normal chapter ~The abnormity all the time~
86/90

ただの人

自分がただの人だって理解した時。

なんだか人生がどうでもよくなる。

 先輩が去っていった方向へがむしゃらに走っていくと、ところどころ争った跡を見かけた。車や木々が燃え尽きていて、それが真紅の鎧のせいなんだとわかる。それらを目印に追いかける。


 神、天使、悪魔、化物、救世主、光、闇。もうほんとどれでもいい。

 とにかく、人の外にある、超越的な力。

 人外じんがい

 それを追求することに、意味はない。

 そこまで踏み込む気はさらさらない。

 今はただ、逃げ去った先輩と、どうしてか命を狙われる黄泉路さんのことだ。


 場所はどんどんと暗がりに入って行く。次第に争いの跡を見つけるのが困難になった。

 その時、僕の目の前を何か黒いものが横切った。

 それを左から右へ、目で追う。


「黒い、蝶……?」


 黒い蝶だ。それがふわふわと宙を舞っている。

 こんな時間に? 珍しい現象に、自然と視線で追いかける。

 するとその蝶はまるで僕を導くかのように、ある方向へと飛んでいく。


「あ」


 導かれた先に、緑色のフェンスで囲まれた公園があった。しかし普段はついているであろう電灯がついておらず、真っ暗だ。先ほどと同じ現象。僕は確信を持って、恐る恐るその場へと近づいていく。


 田んぼを挟んで外から見る分には、何もないように見える。正面に周り、入口を塞ぐチェーンをまたいでそしてその公園の中に足を踏み入れた。そしてその小さな公園の中央。大きな木に寄りかかるようにして座る先輩を見つけた。



 でもそこに首は乗っていない。



「先輩ィ!」


 叫ぶ。

 嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ。

 もしかしたら、それは先輩と同じ鳴動めいどうの制服を着た別人なのかもしれない。その僅かな期待にかけるように、体が自然と一歩踏み出す。

だが即座に止まる。

 首のない先輩のその前、そこに、()()()()が立っていたから。

 何か。


 それは本当に、瞬時には何か理解できなかった。


 黒い陰――目を凝らしてようやくそのシルエットが明らかになる。それと同時に、僕は目の前のそれを知ってしまったことを後悔した。

 黒くて黒い、もはや光など一切届いていない人型のその鎧のような存在は。


「人外……?」


 絞り出すように声が出る。

 それが意思疎通の測れるものか、僕の本能が試したのだろう。

 だだそれは、首をこちらに向けるだけで喋らない。

 右腕からは一本の鋭い刃が飛び出ていて、そこからはまだ生々しい血がしたたり落ちている。そして暗がりの向こうには、先輩の首らしきが見えた。連続首切り殺人犯は、イロさんじゃなかったのか。僕の中でまた一つ謎が浮かび上がる。


 しかしそれを考える時間も与えられず、黒いそれが近づいてくる。

 だが不思議と、真紅の鎧のような圧迫感や恐怖感はない。

 近づいてきているのに、近くにいないような違和感。手を伸ばしても、掴めなさそうな。


「お前は、誰だ?」


 問う。恐れなくても、この中には先輩と同じく人間が入っているはずなのだから。

 瞬きした次の瞬間には消えてしまいそうなほど希薄なその存在に、僕は全神経を集中させる。逃がさない。逃がしてはいけない。


「お前が、先輩を殺したのか!?」

「だったらどうする?」

「っ!?」


 声が、返ってきた。それは確かに人間のそれで、おそらく男のものだろう。耳の奥を撫でるような不快な音だ。

 慌ててスマホを取り出す。写真を撮ろうとするが、なぜか電源が切れている。こんな時に……!


「どうしてここにいる?」


 耳元で、背後からの声が響く。


「う、ああ!」


 背筋に悪寒が走り、反転して逃げようとした瞬間足がもつれて転んでしまった。

 慌てて顔を上げ、それを視界に捉える。数秒目を凝らしてやっと、黒い鎧のシルエットがはっきりする。いつのまに背後に移っていたのか。情けなくも、公園の入り口を塞がれる形となってしまった。


「お前が、連続首切り殺人犯なのか?」

「ああ」


 あっさりと認めた。こんなにもあっさり。

 そうか、こいつが。


「お前は、誰なんだ? 黄泉路さんを、守っているのか?」


 事件の核心を知ろうと僕がそう叫ぶと、しかし黒いそれは何も答えない。

 ただ黙殺する。

 まるで僕の声が、すべて吸収されてしまっているかのようだ。


 するとその黒い腕を目の前にかざした。

 それだけで、僕の目の前の地面が横一線に激しく燃え上がった。しかしそれは先輩のような真紅の炎ではなく、黒い炎。黒くてもそれは確かな熱さを有しており、僕は反射的に後ろに後ずさることしかできなかった。


 僕と黒い鎧との間にできた黒炎の壁。僕のような一般人には、おいそれと飛び越えることのできないもの。それを分かっているのか、黒い鎧は反転してゆったりとした動きで向こうへと歩き出した。


「ま、待って!」


 ダメ元で叫ぶと、黒い鎧はその足を止めた。止めてしまった。

 黒炎の向こうで首だけがこちらを振り返る。


「何もできないなら、何も喋るな」

「……っ」

「何も語らず、何も聞かず、何も知ろうとするな。何も持たない人間が、何かに干渉しようとするな。迷惑だ」


 何を言っているのか。それは判然としなかったが、でもそれはきっと黄泉路さんと大山先輩、そしてこの事件にまつわることを言っているのだと理解する。

僕みたいな平凡が、異常に関わることを警告している。

してくれている、とも言えるのか。


「そんなこと、僕は、先輩も黄泉路さんも、どっちも助けたくて……」

「それでどっちも助けれなかったんだろ?」

「っ!」


 そうだ。

 僕は結局、誰も助けられてはいない。

 黄泉路さんも、先輩も、助けていない。

 ただその周辺でわーわーと叫んでいただけで、傍観者にしかなれていない。

 僕は結局、無関係なのだ。


「そこの男は選んだ」


 黒い鎧は首のない死体を指さす。すると同時に先輩の死体が激しく黒炎に包まれた。


「でもお前は、何も選べない」


 今度は僕を指す。

 刹那、僕も燃やされるのではと背筋が凍った。


「失うことを恐れて、ただ茫然と立ち尽くし、周りの環境が勝手に変わるのを見てるだけ。変わったものに、自分にはどうしようもできなかったと言い訳をして、逃げ続ける。すべては神の意志なのだと、諦める」


 本当に、くだらない――黒い鎧はそう告げて終わった。

 僕は、なにを言い返そうにも言葉が出てこず、ただその黒い鎧をにらみつけた。黒い鎧は再び踵を返し、立ち去っていく。殴り飛ばしてやりたい気持ちがあふれ出てくるが、体が動かない。目の前の不可解な黒炎にも近づけやしない。

 心のどこかで、早く去って行ってくれと、叫んでいる僕がいた。


「ほらな、やっぱりお前は選べない」


 そう、まるで失望したように、心を見透かしたように、軽蔑した追い打ちの言葉が飛んでくる。 反発するように立ち上がるが、燃え盛る炎の壁の向こう、黒い鎧は暗闇へと消えていく。一度瞬きをすると、もはやすでにそこにその姿は見当たらなかった。黒い鎧が消え去った証拠か、周囲の電灯が一斉に息を吹き返した。


「……」


 安心からか、一気に身体の力が抜け、お尻から再び地面に崩れ落ちた。

 そして、残ったのは確かな敗北感。

 僕は、何の力もない、普通の人間だった。


 それを、思い知らされた。


 今夜、僕がのぞき見てしまった異世界は、それはやはり僕の手には負えない世界だったのだ。興味本位で覗くべきではなかった。

 あの黒い人外が言った通り、いや、言われるまでもなく。

結局僕は何も選べず、何も干渉すらできず、ただ状況を見ているだけの傍観者だった。


 ただの人だったのだ。

 そしてそれが僕に与えられた、人生。

 そう、諦めてしまう自分にひどく虚くなった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ