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クオリア~十人十色の異聞奇譚~  作者: 色川玉彩
1 The normal chapter ~The abnormity all the time~
84/90

普通

普通って人それぞれ

「え……」

「びっくりするだろう? このご時世に、粛正だぞ? 常識じゃ考えられないよな。普通じゃないよな。でもな、ジン。俺たちにとってはこれが普通だったんだよ」

「いや、だって、人殺しを強制されるんですか? そんなことが――」

「あっていいはずがない。そう。あっていいはずがないんだ……でも、これがしがらみなんだよ。村のルールからは逃げられないんだ」


 これが俺の普通なんだ――大山先輩は念を押すようにそう続けた。


「そんなもの、断ればいいじゃないですか」


 当然僕から出るのはそんな言葉だ。

 僕にとっては常識で当たり前の価値観。

 それが普通。


「断ったら俺は自由を奪われるんだよ! こうして街に出て暮らすことも許可がいるんだ!」

「許可って……で、でも、そんなの無視したら……」

「じゃあお金はどこから出てくる? 生活費は? 学費は? 家一つ借りるにも、保証人だって必要なんだぞ? それは誰がなってくれる?」


 先輩は、まるで泣きそうな声でこんこんと語る。こんなに取り乱した先輩を見たことがない。いつも理路整然としていて、常識を踏み外さない人なのに。

はずだったのに。


「でも法律があります。もし正義の基準があるとすれば、それはやっぱり法律ですよ。その村の考え方は間違ってます」

「法律もルールも関係ない。俺たちは、その外で生きているんだから」


 人外――教えてもらったその言葉がすぐさま浮かび上がる。


「だとしても、先輩がその村の言うことに逆らえないとしても、どうして黄泉路さんを殺そうとするんですか?」

「知らない」

「は?」


 つい、大山先輩の無責任な言葉にイラついて言葉がはみ出た。


「理由なんてどうだっていい。いや、理由なんて知る必要がないと言ったほうが正しいか。俺たちは、そうやって村の指示を黙って遂行するしかない。自分の生活を保障してもらうために。何よりそれが当たり前で、生活の一部なんだから」

「自分の生活のために、無実な人を殺すんですか。あなたは? 失望しました」

「ふ、はははっ!」


 先輩は急に笑い出す。壊れたおもちゃのように。


「お前が俺に、失望? ジン、お前は黄泉路蜜の何を知っているっていうんだ?」

「え?」

「黄泉路蜜が無実かどうか。何をして、どんな過去を抱えていて、何を考えているのか、お前にわかるのか? 何も知らない、無知なお前に?」

「それは……」


 知りたいと思っていたことだ。知らないから。


「少なくともジン。俺にとってはお前の言葉よりも、村の仲間の言葉の方が確かなんだ。生まれてから今日まで共に過ごしてきた絆がある。どんな狂人を想像したかはわからないが、みんな普通にいい人だ。だから村が黄泉路を殺せというのなら、俺はその指示を全うしたい。それが、村の、家族の願いでもあるんだから」


 思い上がりも甚だしい。

 僕の言葉は所詮、その他の雑音でしかないのだろう。

 確かに僕だって、家族の言葉が一番重く、信頼のおけるものだ。

 僕などという凡庸な人間のものさしで測ろうとすることそのものが、間違いなのだ。


「だけど俺なんか学生に指示がくるのは珍しいんだ。本来は、それを専門としている人間が動き回るから。でも聞けば、同じように黄泉路を粛正しにいった村の人間がことごとく失敗して、帰らぬ姿になっていたらしい」

「あ……」


 フラッシュバックしたのは、あの日みた公園での首なし遺体。吹き出す血しぶきの中に、それはあった。そして塾の傍で起こった、同じく首切り殺人事件。

 そのどれもが、身元不明だとあの刑事が言っていた。


「だから、黄泉路さんの周りで首切り殺人が何度も起こっていたんですね……」

「ああ。だから三度目の正直、なんだろう。これ以上無駄な犠牲は出せないとおもんぱかった村は、俺に粛正の要請をしてきた。黄泉路蜜を守る原因不明の存在。それを探るために黄泉路蜜の家の周りを張っていたら、ジン、お前と出会ったんだ」


 それはあの時、黄泉路さんの家の前でストーキングを行っていた僕の居場所に突然現れたことだろう。

 そうか、先輩も黄泉路さんをつけていたのか。


「はじめはジンがそうなのかと疑った。でも、標準的な人間でしかないジンに、そんな大それたことができるはずがない。そこでお前に話しかけて、あの金髪の女の話を聞いてそれが犯人だとわかった。だからあの女をおびき寄せて、先に始末した」


あの火事は、そういうことだったのか。

まっすぐに黄泉路さんを狙うのではなく、イレギュラーな行動でイロさんをおびき寄せ、黄泉路さんから引き離した。目的を達成した今、先輩は、黄泉路さんを殺しに向かう。


「でも、どうして? 僕と黄泉路さんの仲を応援してくれたじゃないですか!」

「わかれよ。近づけば殺しやすくなると思ったんだ……あの金髪の女が見守っている以上、黄泉路蜜を殺すのは容易なことじゃない。俺だって死にたくはないし、警察に怪しまれないためにも細心の注意を払う必要があったんだ」

「僕を、利用したっていうことですか?」

「……」


 そんなことはないと、そう答えてくださいよ。


「そんなことはないって、そう言ってくださいよ!!」

「ジン。俺は、お前を利用した」


 駆けた。

 気が付いたら体が前に飛び出していて、僕は自分の拳を振り上げていた。


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