村からの手紙
手紙っていいよね。
どうして黄泉路さんの命が狙われているのか。
どうして大山先輩が黄泉路さんを殺そうとしているのか。
どうして黄泉路さんと無関係な家々を燃やしているのか。
どうしてイロさんは彼らの存在を知っているのか。
どうして彼らに立ち向かっているのか。
どうしてあんなものが存在していて、僕は今日の今までそれを知り得なかったのか。
どうして。
どうしてどうしてどうして。
どうして――。
走っている間、僕の頭の中には幾百もの「どうして」が現れては消えていった。
だが考えても考えても、推測もできやしない。
僕の常識からかけ離れすぎていて、推測が意味を成さない。
でも、それでも「どうして」があふれ出てくる。
遠くからサイレンの音が聞こえ、どこかに去っていく。
街のあちこちで赤く染まっていた空はすでに落ち着いており、昨日までの夜を取り戻している。
――と、足が止まる。
真っ暗な住宅街の道の先に、何かが倒れている。
暗闇に溶け込むようなその存在に、目を凝らしてその姿を改める。
「大山、先輩?」
それはうつぶせに倒れる真紅の鎧。
それは僕の呼びかけに答えるようにぴくりと反応を示した。そして意識を取り戻したかのようにゆっくりと立ち上がる。
「せ、先ぱ――」
よろめく先輩に駆け寄ろうとした瞬間、すぐそばに路上駐車してあった車が一瞬にして燃え上がり足を止める。
真紅の鎧は不穏に立ち尽くし僕にその腕を向けている。
いつでも炎に包み込まんといわんばかりに。
「来るな」
かすれた声。ひどくしんどそうだ。
でもそれはやはりよく知る声で。
「先輩。先輩は、黄泉路さんを――」
「殺そうとしてる」
先輩は僕の質問を先回りしてそう言った。
否定の言葉を少しでも期待していた僕に絶望を送りつけるように。
「どうしてですか……どうしてこんなこと?」
「どうして、だろうな。本当、どうして俺はこんなことをやっているんだろう」
確かに笑った。自嘲的に。
「何がどうなってるんですか? 僕には、もうわけがわからなくて……」
「これが俺の人生なんだよ、ジン」
真紅の鎧から光が放たれる。
あまりの眩しさに目を覆う。そして目を開けると、そこにはいつも通りの大山先輩がいた。あれから着替えたのか、なぜか制服を着ている。だがそのところどころは切れていて、赤黒く血に染まっている。おそらくイロさんの刀によるものだろう。口下にも吐血跡が残っている。
「ジンは、心道って知ってるか?」
「それ、さっきあのイロさんも言っていました。すごくマイナーな宗教のことですよね?」
「そう。心に神がいると、そう信じているものたちの集まりだよ。かつてはいろんなところにいて、誰もが自由に信仰していた。でも異端な宗教は排他される。大衆になじめず市民権を得られないものは、外へ外へと追いやられるんだ。そうして追いやられた先で、心道の信者たちは寄り集まって、山の奥の小さな村で細々と暮らすようになった。いや、暮らさざるを得なくなった」
「なんの話を……」
「俺は、そんな心道の村で生まれたんだ」
また、先輩は自嘲的に口角をあげる。
「あるんだよ、現実に。その馬鹿げた信仰を持つ村が」
橋の向こう側――両親から聞かされたその言葉が浮かび上がる。
「俺はその閉鎖的な村で生まれて育ち、普通に育って、普通に夢を持つようになった。それで進学に合わせてこの街に出て来たんだ。街は俺が知っているよりも明るく華やかで、悪意にも希望にも満ち溢れていた。村の中でも広くて把握しきれていないのに、その何倍もある街には何があるんだろうか。日本は、世界は、地球は、どこまで大きく、どこまで神秘に満ち溢れているんだろうか。俺の人生はそんなわくわくに支配された」
「それが何かおかしいんですか? 確かにそんな村の出身で信徒だっていうのは驚きましたけど。島育ちの若者が進学や就職のために本島に行くようなものでしょう?」
「はははっ。わかってないな、ジン。お前が思っている以上に、しがらみというものは強力なんだ」
「……?」
「学業に励んで、友達ができて、気づけば可愛い後輩もできて、俺の人生は順風満帆だった。村生まれをハンデに思うこともなく、宗教で差別されることなく、このまま大学に進学して医者になって、俺は世界を駆け巡り人々を助ける。そのはずだった」
なのに。
「つい先日、手紙が届いたんだ」
「手紙?」
「あて名はない。でも俺はそれが村からのものだと一目でわかった。仲間内でわかるように印がしてあるんだ。それで便箋には何が書いてあったと思う?」
わかるはずもない。僕は答えられず沈黙を返す。
「黄泉路蜜を粛正しろ。そう書いてあった」




