踏み出せない脚
先生とか上司に言い返してやろうかと想像するけど、
実際その時なると言えないよね。
「ジン……」
晒された顔は確かに僕良く知る大山先輩で。
その口からは確かに僕の名前が漏れ出た。
「どうして、ここにいるんだ」
先輩からの言葉は弁明でも謝罪でもなんでもなかった。
「こっちのセリフです……大山先輩、何をしてるんですか? それはなんなんですか?」
だがその問いに、大山先輩は睨み返してくるだけだった。しかもその顔は僕が良く知る知的で余裕のあるものではなく、酷く青ざめて目は血走っていた。
「わ、わけわかんないですよ! なんで大山先輩が放火なんかして、金髪外国人に殺されかけてるんですか!?」
「お前には、わからないっ!!」
大山先輩が叫ぶと同時に、彼らが倒れ込んでいた田んぼが一斉に燃え上がった。
先程とは比べ物にならない程の爆発的なそれに、馬乗りになっていたイロさんも激しい炎に飲み込まれるようにふきとばされた。
だがそんな彼女の行方を心配する余裕もなく、僕は立ち上がった真紅の鎧――大山先輩から視線を外せない。大山先輩がその顔に手をやると、はぎ取られた鎧が再び精製されて、真紅の鎧が大山先輩の顔を覆い隠す。
そして真紅の鎧は、重い足取りでこちらに近づいてくる。
ゆっくりと。
「待ってください! なんの冗談ですか? これドッキリですよね?」
懇願するように叫ぶ。
それに答えるように、先輩はその腕を斜め上、上空へと掲げた。
すると、はるか上空で爆発音がした。見上げる。火事現場を撮影しに来ていたのであろうヘリが一機、真っ赤な炎に包まれて急降下していくのが目に入った。そしてそれはそのまま、遠くの堤防に落下していき、そこにぶち当たって再度爆発した。
真っ赤な破片がまるで世界の終末のようにあちこちに飛び散っていく。
「平和な世界で生きているお前にはわからない。わかってほしくもない」
近づいてくる。
赤い神が。悪魔が。闇が。
それはもはやなんだっていい。イロさんの言う通りなんだっていい。
目の前のこれに殺される。そう本能で悟ったが、逃げ出すことが正解なのかもわからない。こんな状況で、クマに狙われた時の対処法なんかが脳裏をよぎる。ただじっとして、運命に身をゆだねる。
「ふぅ……ふぅ……」
燃え盛る周囲のせいか、死を目前とした焦りか、汗がとめどなく溢れ出てくる。
声が出ない。動くこともできない。
ふとイロさんの言葉を思い出した。黄泉路さんが悪漢に襲われても、確かに僕は硬直して身動きもできないだろう。とんだ口だけ野郎だ。
そうしているうちに、真紅の鎧は僕の目の前まで来た。鎧のせいか、気のせいか、大山先輩はひと周りもふた周りも大きく見える。
そしてその真紅の腕をおもむろに持ち上げる。
「っ」
恐れから目を一瞬閉じる。反応がひどく平凡だ。
だがすぐに、僕の肩に小さな重みが乗っかるのがわかった。
目を開けると、真紅の鎧が僕の肩に手を乗せていた。その手は熱くはない。
そしてすれ違いざま、
「帰れ。これ以上踏み込むな。そして、黄泉路蜜のことは諦めろ」
大山先輩が、そう擦れる声で言った。
そうしてそのまま僕の後方へ歩き去っていく。
数秒間固まったまま動けなかったが、背後の気配がなくなったと感じ振り返る。しかしそこには人影はなく、暗闇だけが広がっていた。
もう一度燃え盛る田んぼを見る。イロさんの姿も見当たらない。
というか、あんな炎の中で生きているはずもない。
黄泉路蜜を諦めろ。先輩は確かにそう言った。
それは間違いなく、今回の件と黄泉路さんが関わっている証拠。
僕がようやく掴んだ、手がかり。
「……くそっ! くそっくそっくそっ!!」
僕は震えて動かない脚を何度も叩いた。そうやってようやく脚に感覚が戻ってくる。
そうして僕は、大きく息を整えて走り出した。




