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クオリア~十人十色の異聞奇譚~  作者: 色川玉彩
1 The normal chapter ~The abnormity all the time~
79/90

半ゴリ

あけましておめでとうごいざます。

「君はイリュージョンは信じるかい?」


 電灯もまばらにしかない夜道を歩いていると、金髪の女はおもむろにそう尋ねてきた。

 もはや火事の現場ははるか後方にあり、夜空に淡く赤い光が灯っているばかりだ。


「イリュージョン? マジックってやつですか? 信じるというか、あれはタネがあるれっきとした物理現象ですよね?」

「なんだ、やっぱり君はつまらないな」

「やっぱりってなんですか。やっぱりって」

「じゃあ宇宙人は信じるかい?」

「宇宙人、ですか……。難しいですね。宇宙のどこかに宇宙人と呼べる生命体がいることは信じていますけど、地球に潜入していてアメリカ政府と繋がっているような目の大きい宇宙人は否定します」

「本っ当に君はつまらないな」


 ちょっと憤慨した様子で言う。

 どうやら気分を害させてしまったようだ。


「君は生きていて楽しいのか?」

「そこまで言いますか……あなたは信じてるんですか? 宇宙人」

「私からしたら君たちが宇宙人だよ」

「え、まさか宇宙人なんですか?」

「ふふっ」


 なぜ笑う。

 あきらかにおちょくった様子のその女性に、そういえばなんと呼べばいいか分からないことに思い至る。


「失礼だったら申し訳ないんですけど……」

「そう前置きをして相手からの非難を避けようとするあたり、やはり君はつまらない少年だ」

「どうあがいても僕を罵りたいんですねっ!?」

「思ったことは言うようにしているんだ。その方がストレスが無いからね」

「相手にどう思われるか、とか気にならないんですか」

「ならないよ。相手がどう思おうと私には関係がないからね。それは相手の問題だ」

「なんかの心理学の本で読んだことがありますねそれ……でもそうやって達観してたら、友達なくしませんか? 一人になっちゃうじゃないですか」

「私は、随分前から一人だからね」


 彼女の言葉は宙をさまよいどこかに消える。それなりに若く人当たりの良い人間に見えるが、暗い過去でもあるのだろうか。でも確かに世の中には、人間関係を都度切っていくスタイルで生きている人もいる。一人が好きなのだろうか。


「じゃあ余計な前置きはしませんが」

「それがいい。なんだい?」

「名前はなんていうんですか?」

「なんとでも呼べばいい」

「うんこさんでもいいんですか」

「ふふっ。幼稚な挑発だね。他に面白いものを考えられなかったのかな?」


 めっちゃおちょくられた。赤面して死んでしまいそうだ。らしくなく少し攻撃に出てしまったのが仇となったらしい。確かに思い返せばなんてつまらないことを言ってしまったのだろうかと猛省する。もう少し知的な罵りを思い浮かべばよかったのだが、あいにく僕はそこまで頭が宜しくない。


「イロ、とでも呼んでくれ」


 僕が少し気分を害したのを察したのか、その金髪の彼女はそう続けた。


「いろ? 十人十色の、色?」

「漢字はない。イントネーションは任せるよ。今決めたからね。これまで名前なんて随分呼ばれていなかったから、今日からそう名乗ることにしよう」


 とかく変な人だ。

 言っていることを素直に受け取るに、引きこもりか何かで人と接していないらしい。その割には陽キャラ感がすごい。普段着がランニングタイツなんて、モデルのオフショットでしか見たことが無い。というか後ろから見ていても、モデルにしか見えない。くいっと上がったお尻が嫌に挑発的で視線を奪われる。


「安直にカラーと英語にしてみようと思ったが、私は和を重んじるタイプなんだ。だからイロとしよう」

「和を重んじるの意味が違いますね」


 と小さくつっこむ。だが特に彼女は気にしていない様子だ。

 気がつけば周囲はよりいっそう暗い道へと入っていて、周囲は住宅街から田畑の広がる畦道へと移っていた。


「それで、イロさん。イリュージョンとか宇宙人とか、何の関係があるんですか?」


 ともすれば暗がりへ連れてかれて殺されるかもしれない。そう思い話を急かす。


「話を逸らしたのは君だろう」

「だから戻したんです!」

「なんだか話す気も失せたな」

「えぇ……そう言わずに」

「面白い話をしてくれたら続きを話してあげるよ」


 丸く大きい満月のような瞳をこちらに向けて懇願される。

 なんだその無茶ぶりは。


「僕は……そういうキャラじゃないんで」

「はぁ。死んでしまえつまらんやつめ」

「罵りが最高潮に達してきてますよ!?」

「私は別に爆笑を求めているわけじゃない。期待もしていないしね。ただ振られたからには、答えようとするものだろう? 君こそ友達がいないだろう? 恥をかくのが怖いなら、初めから人に関わろうとしないでくれ」


 めっちゃ心が痛い。

 ここまで言われる筋合いがあるのだろうかとか怒りたい気持ちもあったが、なんというかイロさんの言葉が僕のすべてを否定ししかもそれが的を射ているから胸が痛い。


「じゃあ、笑える話じゃないですけど、うんちくを一つ」

「おおっ。聞かせてみせよ」


 王様か。


「ゴリラの血液型って、ほぼすべてB型らしいです」

「……」


 あー滑った。

 別にボケたわけじゃないから厳密には滑ったわけではないんだけど、お気に召さなかったらしい。その無表情が随分と痛い。


「そうか。ゴリラは全員B型か……」

「いや、全員ってわけじゃ……」

「てことは、B型は全員ゴリラか。うん、面白いうんちくだ。気に入った」


 そう言う意味ではない。とそう思ったが、意外に満足してくれたようだから止めるのも躊躇われる。ここはB型の方々に風評被害を被ってもらうしかない。


「君は何型なんだい?」

「僕は、AB型ですけど」

「じゃあ半分ゴリラだね。半ゴリだ」

「半ゴリでいいですから、続きを聞かせてください。イリュージョンと宇宙人の話です」

「別にイリュージョンと宇宙人の話をしたいわけじゃないよ。UMAだってなんだっていい。ただ世の中には、そういった類の、理解し難い不可思議な現象を信じる人間が一定数いるってことさ」

「それは、どういう意味ですか? 何の話をしてるんですか?」

「まぁそう急かすな、半ゴリ」

「やっぱり半ゴリは嫌です。ジンという名前があるのでそれでお願いします」


 咄嗟に本名を言ってしまったが大丈夫だろうか。

 名前がばれるというのは、後々厄介になりそうだ。


「ジン。ジンか……ふふふっ。面白い名前だね。それは初めて面白いと思えたよ」

「そうですかね? 普通の名前ですけど」

「いや、こっちの話。じゃあジンは、神様は信じるかい?」

「今度は神様ですか……それ、仲のいい先輩も訊いてきました。困ったときにお願いするくらいには信じてますよ」

「これ以上ないくらいに期待した通り完璧につまらない答えだね。驚嘆に値するよ」

「よくそこまで人を嘲笑する言葉がすらすら出てきますね! いいから本題に入ってください!」

「もっと無駄な会話を楽しまないと。とはいえそろそろ目的地だね。仕方がないから進めよう」


 実際、この数百メートルの間、何も話が進んでない。マイペースを自負する僕でも、さすがに苛立ちを隠せない。まぁ彼女の言い分から察するに、現場とやらにつくまでの時間稼ぎだったのだろう。


「つまり、その神様……仏も入れてあげようか。神仏を心の底から信じる輩がいるのもまた事実だ」

「宗教ですか?」

「そうだね。世界中に信者を持つ、大手の宗教団体はいくつかあるが、君が知らないだけで数多の宗教がこの世界には存在する。その一つに心道しんとうというものがある」

神道しんとうは有名じゃないですか」

「神の道じゃない。心の道と書いて心道。発音だけが同じだけで、似ても似つかない邪教だよ」


 その時のイロさんの言葉は、珍しく感情の籠ったものだったように思う。

 本当に、気のせい程度だけど。


「彼らは人の心に神様が棲んでいると本気で信じている。だから常に心の中に語りかけるのさ。自らと向き合い、神と向き合う」


 心の中に神が棲んでいるというのは、ある意味で真理だと思う。

 まさに、神は心の中にしかないのだから。

 ただそれは、神を信じるとはまったく逆の、むしろ否定してしまうものではあるが。


「神と向き合った結果、人間は導きと言う名の力を得る。願いを叶える力を」

「力……? 超能力みたいな?」

「うん、これは見てもらった方が早い。今からそれを見せてあげよう思ってね」

「?」


 ようやく、イロさんは足を止めた。

 そこはすぐ傍に電波塔が屹立する、ぼろっちいアパート。今時こんなアパートが成り立つのかと思うくらいに木造で、この暗闇の中だと見逃してしまいそうな程に存在感が希薄だ。周囲はコンビニも何もなく、ましてや民家もない。あるのは田畑とこのアパートだけ。

 そんなまるで隔離され忘れ去られたかのような建物を、イロさんは見上げている。


「あの」

「すぐだよ。多分、ここだと思う」


 イロさんの言葉の意味がわからず、同じようにアパートを見上げる。

 するとその瞬間だった。



 二階建ての木造アパートが、一瞬にして炎に包まれた。



「!?」


 火がつき延焼する過程をすっ飛ばして、本当に瞬きをしたら次の瞬間にアパート全体が炎に包まれていたのだ。


「え、え……こ、これは!?」

「火事だね」

「落ちつている場合なんですか!?」

「大丈夫。中に人はいないよ」


 どうしてそんなことが分かるのかはさておき、イロさんが眉一つ動かさず落ち着いている様子を見ていると、自然と自分も落ち着いてくる。

 燃え盛るアパートを改めて見つめる。人がいなく危険性も無いとなれば、それは確かに大きなたき火でしかないのだろう。木造もあってかよく燃える。


「これって、向こうで起こっていた火事と同じ?」


 そう、すぐさまリンクする。


「おそらく」

「ということは、放火魔が……」

「先程、君に世の中の不可思議現象を信じるかと尋ねたね」

「え、あ、はい」


 唐突に話しを変えられ一瞬困惑する。

 ようやく本題に、この問題の核に入ってくれたのだろう。


「そして君は信じないと言った。イリュージョンも、宇宙人も、神様も、そんなものはありえないと」

「それのなにがおかしいんですか」

「じゃあ、君はあれをなんだと称する?」


 じっとアパートを見つめるイロさんの視線を追う。

 既に崩壊し始めているその場所から、炎の中から、何か、黒い影が近づいてくる。

 それを目にした途端、僕の中で漠然とした焦りと恐怖が満ちはじめた。

 僕の脳が瞬きを許さず、ただじっと、その近づいてくる黒い影を見つめた。

 そしてその奥から現れたのは、真紅の騎士。

 騎士。その表現で合っているとはずだ。

 真紅の鎧のような、スーツのような、遠くからで判然としないが、全身をそれで覆った人間が近づいてくる。炎の中から現れたと言うのに、それは熱がる様子もなく、そして焦げ一つない。

 その全身は、真紅に鈍く光り輝いている。

 まるで、炎の化身とでも言わんばかりに。


「イロさん、あれは……?」



「ようこそ。異世界へ」




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