異世界体験ツアー
ブルブルベリベリアイアイッブルベリアイアイッ
先輩は心配だ。今はこんなことをしている場合ではない。ただしかし、彼女がここいるということは、つまりそういうことなのだろう。
現状、先輩の安否を確認する術は、先輩からの連絡待ちしかない。警察や消防も来ているのだから、既にできることは僕には無い。そう割り切って、僕が金髪の女のあとを追うと、ようやく人ごみを抜け出し、彼女に追いついた場所は、人のほとんどいない、暗い住宅街の間だった。
「おい、あんたっ!」
ようやく声の届く場所まで来て、金髪女の背中にそう声をかける。
すると彼女はゆっくりとこちらを向いて、
「やあ。少年。どうかしたかい?」
と、相変わらずのマイペースでそう喋った。
「どうかしたかって……」
そしてやはり、彼女の緊張感の無い喋りに、こちらのリズムも狂わされる。
「あ、あんなとこで何をしてたんですか?」
「何って、野次馬だね」
「……じゃあ、あの火事に関してはあなたは関係ないんですね?」
「えー。嫌だな。こう見えても私は火が嫌いなんだよ。知らなかったのかい?」
知るか。
それと、こう見えても、って何だ。むしろ苦手そうだよ。
「ところで、君は誰だったっけ?」
彼女は本当にわからないようにぐらりと首を傾げた。金色の煌びやかな髪の毛が揺れる。
「さっきショッピングモールで話したじゃないですか!」
「はて、そうだったか」
「記憶障害ですか……」
「ふむ……話した記憶はあるが……私は人の顔を覚えるのがどうにも苦手でね。失礼だが基本的に皆同じ顔に見えるんだ。わかるのは年齢層と性別くらいかな」
「それさっきも言ってました」
外人、だからだろうか。
やはり遠い外国の人間というのは見分けがつきにくいものだ。僕らからすれば、彼女のようなヨーロッパ風の白人女性は、似通って見えるものだ。まぁあれだけの美人、おそらく僕なら間違えないだろうが。
何であれ、その逆も然り、ということだろう。
あれだけ日本語が巧くて、日本に馴染んでいるから、相当長い間暮らしているだろうに、それでもわからないというのは、結構悲しいものである。
「それに少年。顔も特徴が無いしな。はっきり言って覚えにくい。普通過ぎるな」
「それも聞いた!」
どうして1日で2回も傷つかなきゃいけない!?
今心の中であんたの容姿を褒めた僕の優しさを返せ!
「それで、またぞろ何の用だい?」
「なにって、あなたがここにいるってことは、何か危険なことが近づいてるってことでしょう?」
「ひどいな。人を死神みたいに。私だって普通に生活して普通に野次馬くらいするさ。何も見ていないのに感覚だけで決めつけるのは良くない」
本当にめんどくさそうな顔をして彼女は言う。
僕はその顔に少し苛立ちながらも、
「……あなたは何なんですか、一体。黄泉路さんの周りで何が起こっているんですか」
「さぁね。君にそれを教える義理は無いよ。プライバシーってやつだね。良い言葉が出来たものだよ。堂々と他人を拒絶できる」
ふふふ、と彼女は小さく笑う。僕には何が面白いのかわからないが。
「もう行くよ」
そう踵を返す女に、僕は逃がすまいと一歩踏み出した。
――と。
「そろそろやめておいた方が良い」
背を向けたまま、女が言った。自然と足を止める。
「何を?」
「それ以上、踏み込むのをさ」
そう言われて足元を見る。地雷でも埋まっているのだろうか。
「地雷なんて埋まってやしないよ。そういう意味じゃない」
考えていることがバレバレだった。恥ずかしい。
「反発心か? それとも抵抗かな? だったらまだいいが、君のそれはおそらく、勢いだろう。何も考えず、ただ流れに任せて普通の外側を覗こうとしている」
「普通の、外側……?」
「好きな人への暴発的な告白くらいなら笑って済ませられるけれど、この先は一歩間違えれば死だよ。もう戻れない」
彼女は、ポッケに手を突っ込みながら僕の前に立ちふさがるように立ち尽くした。
ただそれだけなのに。
どうしてか、足が止まる。
彼女がとても遠く、暗く見える。
「テンションで乗り切れるのは少年漫画だけだ。現実はそんなに甘くはない」
「普通の外側って、なにがあるんですか……?」
「残酷で、理不尽で、救いのない、常人には耐えがたい非日常だよ。君みたいな平凡で地味で無意識で救いを求めているような人間には、耐えがたい異世界さ」
平凡で地味は余計だ。それは自覚しているけど。
異世界――漫画やアニメでしか聞き覚えのある言葉だけれど、おそらく彼女が言っているのがそういう意味でないことは明白だった。それはまるで極道の世界を覗き見てしまうような。そんな警告なのだろう。
「でも、やっぱり僕はあなたを放ってはおけない。きちんと真実を見極めたいんだ。黄泉路さんのために。あなたがそう教えてくれたんですよ」
やれやれ、と女はその綺麗な髪をふわりと揺らしながら呆れ気味にため息をついた。
その目は酷く冷めていて、彼女がふざけているわけでないことを思い知らされる。
「君もあの首無し遺体のような無残な姿になるかもしれない。そうなっても納得できるかい? それでも、覗いてみるかい? 非日常を」
初めて彼女から出た、好意的な意見。そんな訊かれ方をされたら、躊躇わずにはいられない。僕には捨てられないものがたくさんある。
家族も、友達も、青春も、日常も――そして恋愛も。
黄泉路さんの顔が頭に浮かんだその時、僕の心に絡みついていたものが光に溶けるように消え去った。右足を持ち上げ、一歩前に出す。
その後、金髪の女を見つめた。
「このまま事件を有耶無耶にはできません。黄泉路さんの無実と無事を証明しないと」
「そうか。残念だ」
「意地でもついていきます」
「いつでも逃げ出していいよ」
「逃げません」
「だいたい死ぬ奴はそう言う。まぁ逃げられないと思うけど」
「不穏なこと言わないでくださいよ」
「あーあー。あ~あ~!」
「残念そうな声をあげないでください!」
ここはかっこよくすんなり行かせてくださいよ。
どうして決意を鈍らせるようなことばかりするのか。
「ま、私はやるべき警告はしたからね。むごたらしく死んでも私を恨まないでおくれよ。アバン先生のように後から生き返るなんて期待してくれるなよ」
「むごたらしく、て言う必要あります?」
「よし、行こう」
「行こうって、どこに行くんですか?」
「異世界への体験ツアーさ」




