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クオリア~十人十色の異聞奇譚~  作者: 色川玉彩
1 The normal chapter ~The abnormity all the time~
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失敗報告

失敗じゃない。

性交への第一歩だ!成功への!

「あーあ、やっちゃった」


 そう、黒い空に向かって嘆いた。

 後悔というのか、反省というのか、僕はただ、思うがままに言葉を発した。

 僕の手の中には一本の細長いビンが握られている。

 中身は、一切減っていない。


 そうだ。

 僕は、逃げた。


 これ以上ないくらい最大のチャンスであったにも関わらず、逃げたのだ。

 それは何も良心の呵責からだけではない。

 正直、直前までは使う気でいたのだが、黄泉路さんとデートしている内に、その気持ちが失せていった。

 ただただ、使う気が失せた。


 だから僕は黄泉路さんに何もせず、ただ彼女を小久保駅まで送り、そして別れた。

 彼女はやはり、最後まで笑いはしなかった。

 僕に笑顔を向けてはくれなかった。

 それを見て、やっぱり使わなくてよかった、と思った。

 彼女と別れた後のあまりの脱力感に、しばし帰ることもせず呆然と立ち尽くしていた。


 しかしずっとそうしているわけにも行かず、僕はそこで先輩に連絡を取った。

 話を聞いて慰めてもらおうとか、事後報告をしようとか、そんないろいろが相まって、先輩に連絡せずにはいられなかった。

 一応、応援してくれていたしな。


 先輩に電話をすると、すぐ近くの家にいて、今すぐ出て来れるらしく、僕は先輩の指定する場所へと歩いていった。

 そこは小さな小さな神社だった。

 なんというか、本当に狭くて、形だけ取り繕っているかのような、そんな神社。何かしらが奉ってある小さな建物に向かって道が真っ直ぐにできていて、その道の両側を訪問者を導くかのように灯篭が立ち並んでいる。


 僕は誰も人の通らないその場所の入り口にある三段ほどの階段に座りこんで、先輩を待つことにした。

 それが現在である。

 僕がそこについて物思いに耽っていると、数分後に先輩が現れた。


「よう」


 片手を挙げて近づく先輩に、僕は立ち上がって軽く頭を下げる。

 先輩は今日は私服だった。赤いロングティーシャツに、黒のジャージズボン。

 おそらく家着そのままなのだろう。しかし夜で日差しがないとはいえ、真夏のこんな時にロングティーシャツとは、部屋はクーラーでガンガンに冷やすタイプなのだろうか。

 なんにしても、わざわざ急いで出てきてくれたのだ。恐縮である。


「悪いな、こんな格好で」

「いえ、全然大丈夫です。こっちこそ急に呼び出してすいません。勉強してましたか?」

「いや、今日は休みにしてたんだ。さて、ま、座れよ。話を聞こうか」


 先輩は僕の横に座り込んだので、僕もその場に座り込んだ。


「で、どうだった? 愉しかったか? デートは」

「はい。愉しかったですよ。デート、って言っていいかは未だに甚だ疑問ですけど、最後の方は思ったより、緊張しないで済みましたし」

「そうか。それは僥倖、僥倖。初デートは大成功だったわけか」

「はぁ。そう言っていいんですかね。多分。デート自体はよかったと思います」

「で、使ったのか?」


 そう、当然の質問がやってくる。


「すいません」

「……そうか」


 僕の低いテンションに合わせてか、先輩も僕を茶化すことはせず、静かなトーンでそう呟いた。


「これ、ありがとうございました」


 僕はポケットに入れていた媚薬ビンを、先輩に差し出した。


「やっぱ僕、チキンなんですよ。こんな大胆なこと、できる人間じゃありませんでした。だからこれ、返します。本当にありがとうございます。わざわざこんなの用意してもらっちゃって。情けない限りですけど、でも、これのおかげで多少は大胆になれたかなって、思います」


 本当に。

 これを持っていただけで、僕は少し、変われた気がする。

 それは醜い下心だけど、でも、おかげで黄泉路さんと真っ直ぐに向き合えた。

 先輩は少しそのビンを見下ろしたあと、それを手に取った。


「そうか。やっぱり、お前はそうだよな。実は俺もこうなるって、思ってたよ」

「でも直前までは使う気満々だったんです。ただ、デート中にあの外国人の女の人に会って、説教されて」

「会ったのか? 連続殺人犯に?」

「ああいえ、やっぱり彼女はそんな悪い人じゃなかったです。どっちかって言うと、黄泉路さんを守ってくれてるみたいで」

「その女が何か言ったのか?」

「憧れは盲目だって。僕は、見るべきものを見ていないって」

「……そうか」

「どうして先輩が暗い顔するんですか!」

「いや、すまない」


 笑ってほしい。むしろ一緒になって説教してほしいくらいなのに。


「だから一度、自分が本当に黄泉路さんを好きなれるのかを確認してからにしようかなって思いまして」

「そうだな。それが正しいと思うよ。他人のことって、意外と知らないからな」

「本当、お恥ずかしい限りです」


 だよな。僕ってそう言う人間だものな。

 もう初めから、この結末は見えていたんだよな。

 僕も、先輩も。


「あ、そうだ。その薬、いくらしたんですか?」

「どうしてだ?」

「いや、僕のためにわざわざ用意してくれたんですし、お金払いますよ。そういうのって、やっぱり高そうだし」

「いや、いいよ。気にすんな。そもそもお前のためだけってわけでもなかったんだ」

「遠慮しないで下さいよ。お金、払わせてください。今回協力してくれた気持ちです」


 僕がそう言って鞄の中から財布を取り出すと、


「えいっ」


 ごくり。

 先輩が、ビンの蓋を開けて、その中身を全て、飲み干してしまった。


「え……ちょっ、先輩?! 何してるんですかっ?!」

「あー。やっぱマズイなこれ!」


 先輩は快活にそう言って、口元から垂れる液体をその手で拭った。


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