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クオリア~十人十色の異聞奇譚~  作者: 色川玉彩
1 The normal chapter ~The abnormity all the time~
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決行

薬盛るのはまずい

 そんなこんなで結局15分近く黄泉路さんと離れていて戻ると、ちょうど彼女が会計を済ませているところだった。普段こういった場所に服を買いにくることが無いのだろうか、彼女はこれから一年間服を買えないと決められているかのように悩んで、上から下まで、あらゆる衣服を購入していた。と言っても夏もので薄手であり、荷物の量はそこまで重くなさそうだ。男らしく持ってあげると申し出ると、「別に軽いからいい」と言われ、僕はおずおずと引き下がった。

 まぁ、本当に軽そうだったしな。


「すみません、なかなか戻ってこなくて。お手洗いがどこかわからなくて……」

「あ、そうだったんだ。お買い物に夢中で気付かなかった」


 彼女の返答に、心が愕然とする。

 ようやく夕食時になり、僕らは四階にあるレストラン街に行って、適当に一つの店に入った。二人で席に着き、僕らは店員さんに各々オーダーを頼んだ。


「疲れましたか?」

「ううん。大丈夫」


 黄泉路さんもこの数時間でようやく慣れてくれたのか、心なしか僕に対する会話の仕方が自然な感じになっている気がする。

 もちろん、笑ってはくれないが。


 今回のデートでわかった事は、彼女は愉しくないから笑わないのではなく、ただ単にあまり笑顔を見せるタイプでは無いということだ。それに気がついてからは、彼女を愉しませようだなんて重荷に考えず、できるだけ自然と彼女と向き合うことに集中した。


「結構服、買いましたね」

「うん……最近ああいうお店は行けなかったから……つい」


 彼女は言っていた。あまり話すのが得意ではないと。

 確かに、世の中には服屋の店員の接客が苦手であまり好かないという人も少なからずいる。僕も正直、放っておいてほしいと思うタイプだ。

 まぁもっと簡単に言えば、人付き合いが苦手なのだが。


 ふむ。しかしそれにしては彼女、どうして僕の誘いを受けてくれたのだろうか。それはやはり、特別な想いでも、抱いてくれているからだろうか。

 なんて妄想してみる。

 それをここで聞ける雰囲気ではあるが、しかしそんなことを聞くのも野暮な気がする。

 あまり、そういうつまらない話題には持って行かない方がいい。


「そんなに服買って、夏休み、どっかに行くつもりですか?」

「ううん。そんな予定は無いけど。どうして?」

「ああ、いえ。そんなに服買うのって、何か着る予定でもあるのかな、って思って」


 僕が何気なくそう言うと、彼女は少し押し黙って、


「あるよ。着る予定」


 僕が冷たいお茶の入った湯のみを掴んだと同時、彼女はそうはっきりと言った。

 どこかに出かける予定は無いが、新しい服を着る予定がある?

 僕は少し、湯のみを握る手を強めた。


「へー。それって、どんな予定なんですか?」


 深入りだ。

 完全に今、僕は余計なことを聞こうとしている。

 先輩に止められていた事だ。あまり、相手の事情にがつがつしない方がいい、と。軽く聞き流すくらいにしておけと、そう言われた。でも、それを思い出すよりも先に、僕の口がそう言葉を放っていた。


「秘密」


 黄泉路さんから返ってきた言葉は、とてもイジワルで、とても愛らしい言葉。

 でも、それが僕にはとてももどかしい。

 そうしていると、すぐに注文した料理が僕らの前に運ばれてくる。

 僕はチキンカレーライスで、黄泉路さんはホワイトソースの掛かったオムライス。

 黄泉路さんは丁寧に手を合わせて、小さくいただきますと呟いた。


「黄泉路さん、どうして、僕の誘いを受けてくれたんですか?」


 スプーンを持ち上げた彼女に、そう訊ねた。

 訊ねてしまった。

 何を焦っているのか。これじゃあ結果を先走るつまらない男じゃないか。しかし口からはみ出てしまったものは仕方がない。

 急なその質問に黄泉路さんは目をパチクリとさせ、困ったように一瞬固まって、


「君に、誘われたからだよ」


 そう答えた。

 そんなもの、知っている。

 だからどうして、僕の誘いを許可したのか、それを知りたい。

 僕に好意を抱いてくれているのかどうか、それを知りたい。 


 でもそれを深入りして聞くことを、僕は出来なかった。

 今日のデートを良い想い出として残すために、するべきではないと思ったし、僕の臆病な心が、それを拒んだ。

 何より、その彼女の答えが、僕には逃げているようにしか聞こえなかった。

 本当のことを言っていないような、僕に気を使っているような、ともすればただ被害妄想だと言われてもしょうがないくらいの、そんな微妙で無根拠な勘。


 僕は猜疑心に苛まれている。


 それは誰が見ても明らかだった。彼女の一挙一動を、気にしすぎている。それを自分でも理解している。

 だから深くは聞かない。聞きたくない。

 だから僕は。

 だから僕は、こんな下らない質問はこれで最後にしよう、と彼女に聞いた。


「黄泉路さん」

「なに?」

「今日は、楽しかったですか?」

「……」


 彼女は、僕の目を見て、再び少しだけ考えた後、


「うん」


 と小さな声で答えた。


「そうですか。よかった」


 僕は笑って彼女にそう返した。

 それに対して彼女はやはり笑顔で返す事はなかったが、僕にとってはそれでよかった。

 ここで笑顔を見せられれば、それはある意味、僕に残された首の皮一枚を完全に断ち切ることになってしまったのだから。

 僕はそこから余計なことを考えずに、黄泉路さんと与太話を繰り返した。あっという間に時間が過ぎ、互いにお皿の上のものを綺麗に平らげた。


「ごめんなさい」


 黄泉路さんはそう断ってすっと立ち上がり、座る僕の横を通って店の奥へと消えていった。おそらくお手洗いだろう。

 僕はそれを見えなくなるまで見送り、隣に置いた自分の鞄に手を伸ばした。


 鞄の中には、もちろん液体の入ったビン。

 それを鞄の中で握って、考えた。

 これでデートは終わる。

 今彼女は席を外していて、目の前にはまだお茶の入った彼女の湯のみが置いてある。

 周りには誰もいないし、席も店員に見えないように隅っこの物陰に隠れる場所を選んだ。

 今、これ以上のチャンスは、無い。

 そしてこれ以上、考えている時間ももうない。

 すぐに彼女は戻ってきて、僕らはこの席を立つことになるだろう。


 考える。


 でも、僕の中でもう答えは決まっていた。

 考えるまでもなく、僕がこれからやる事は決まっていた。

 僕はこれから、今日この時を永遠に後悔することになるのだろう。

 そう、確信できる。


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