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クオリア~十人十色の異聞奇譚~  作者: 色川玉彩
1 The normal chapter ~The abnormity all the time~
72/90

殺人犯の女

クーポンの魅力に気付いたら大人

 休日のショッピングモールは人が多く煩わしい。

 人混みをかき分けながら大急ぎで走り、ぐるりと中央の吹き抜け部分を遠回りしてようやくフードコートが見えてくる。


 人人人人人。


 うざったいほどの人の黒い頭の中で、あからさまな異質を見つける。さらさらの金色の髪と、赤いパーカー。まるでアメリカ人アーティストのMVの撮影中のように、フードコートの一席に座っている。僕はまっすぐに近づいていく。僕が鼻息荒く近づいていくと、その外国人風の女はサーティーワンアイスクリームを片手に僕を見上げた。なんとトリプルである。


「なんだい? ここは私が使っているから相席は勘弁してくれ」


 彼女は――先日黄泉路さんの家の前で出会った、連続首切り殺人犯は、抑揚の無い声でそう言った。僕はその言葉を無視して、テーブルを挟んで向かいの席へとついた。案の定、その女は不快そうに眉をひそめた。


「とぼけないでください」

「とぼける? 何を?」

「また黄泉路さんの近くにいる。やっぱり彼女の命を狙っているんですか?」

「……はて? 君は、以前会ったかな?」

「なっ」


 忘れていたのか。つい先日のことなのに。人殺しの現場を見られた相手だぞ。


「この間、黄泉路さんの家の前の公園で会ったでしょ!? ほら、その、首切り殺人の現場を……たまたま目撃して」


 僕がそう声を落として言うと、彼女はそれでも本当にわからないと言いたげに僕を見つめながら一度アイスクリームにかぶりついた。


「ああ。あ~、人と会ったのは思い出した。でも、そんな顔だったかは覚えてない」

「なんでですか!」

「だって、何の特徴もない普通の顔、覚えろという方が無理がある」


 傷ついた。今のは傷ついたぞ。普通だけどさ!


「そもそも私は人の顔を覚えるのが苦手なんだ。みんな同じに見える」

「僕は虫ですか」

「えっ、虫なのかい?」

「違いますよ! そんなことより、なんでこんなところにいるんですか!?」


 僕が誰だとかそんなことはどうだっていい。


「なんでって、アイスクリームのクーポン券があったから」

「クーポン!? 殺人犯が!? クーポン!?」

「何をそんなに驚く。殺人犯だってお得にアイスを食べたいさ」

「今殺人犯だと認めましたね!?」

「認めてない。あくまで一般論の話をしただけだ」


 ふわふわと、これぞまさに暖簾に腕押しのように、僕の言葉を避けられる。なんだか話しているのに、通じている気がしない。


 建物中央の吹き抜け越しに見える服屋さんを見ると、まだ黄泉路さんが買い物をしているのが見えた。とはいえ異変に感じ取られる前に戻らなければ。長いうんこだと思われる。


「黄泉路さんの命を狙ってる、わけじゃないんですよね?」

「想像に任せるよ」


 またこうやってはぐらかす。僕はそう思いながらも、近くで談笑している警備員さんの姿を捉える。


「通報してもいいけど、こんなところで殺人犯がいると言えば、パニックで大勢の人が死ぬと思うよ」


 読まれていた。飄々としているようで、きちんと僕の視線の動きまで把握している。

 怖い。やっぱり、侮れない。


「しませんよ。だって……」

「だって?」

「なんとなく、あなたは悪い人じゃないと思うから」

「なんだそれは。君はいとも容易く人に騙されそうだな」

「うぐ……ちょ、直感ですよ直感! そもそも連続殺人犯がこんなところで顔も隠さずのんびりとアイスを食べてるわけがない」

「灯台下暗し。こそこそするから怪しい。堂々としていれば誰も怪しまないものさ」

「あ、あなたは疑われたいんですか? 疑われたくないんですか? どっちなんですか」

「どっちだっていい。君に任せるよ」


 ちょっとむかついてきた。

 僕が馬鹿だからって適当なことばっかり言っていればいいと思われているな。


「そもそもこんな人ごみで殺すわけがない。やるなら夜道とかだし、こんなところにいる必要がない」

「ほう。推理か。私は常々思うんだが、漫画で探偵が推理を披露するシーンは、すこぶる気持ちがいいと思うんだ。あれは癖になると思う。コナンや金田一もあれにハマっているんじゃないかと思うね。脳汁があふれ出ている」

「知らん!」

「私もあれをやってみたいんだが、なかなかそういう状況にならないんだ。一度吹雪の中のペンションに泊まってみようかな」

「だから知らないですよ! 何の話ですかっ!?」

「何の話だっけ」

「あなたが殺人犯ではないってことです!」


 と、つい大きな声を出してしまい、周囲の家族連れにぎょっとした目で見られる。彼らはまるで子供を守るようにそそくさとその場を後にした。


「僕の直感に従えば、あなたはおそらく黄泉路さんを守ってる」

「なにから?」

「わからないけど……何か危ない人たちから?」

「ほう?」

「そうだ、きっと殺人犯が他にいて、黄泉路さんを狙っているんじゃないですか? それから黄泉路さんを守っているんだ。最近黄泉路さんの近くで起こった事件はすべて、その結果なんじゃないかって」

「期待された目で見られても困るよ。私は別に正解も不正解も言わない。君が思うままに思い込めばいい」

「じゃあそういうことにします。そうであってほしい」

「どうして」

「目の前の人が殺人犯だったらめちゃくちゃ怖いじゃないですか」


 怖すぎるからな。次の瞬間首が飛ぶなんてごめんだ。


「せっかくの縁だからね。何か答えられることがあるとすれば、少なくともその推理は一つ間違っている」

「え」

「殺そうと思えばいつでも殺せる。人混みの中ならそれはそれで殺しやすい」


 え、こわっ。そんな綺麗な瞳で言わないで。


「あれ、でもそれはつまり、遠くから見ているだけって言うことは、殺す気がないということですよね」

「おっと。余計な事を言ったかな」


 言って彼女はぺろりと最後のコーンをたいらげた。


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