オタクって何?
どうしようもない存在です。
少し暗くて、良い雰囲気だ。シアターに入る手前の券売所やグッズコーナーの辺りには、僕らと同じ、若い男女のカップルが何組もおり、僕は少しだけ姿勢を改めた。
おそらく周りは僕と黄泉路さんをカップルだと見るだろう。
つまり、今僕は一人の女性を連れる男として、胸を張らなければならない。周りの男に負けるような、弱々しい自分であってはならない。
という見栄っ張りだ。男なら、そう勇んでしまうものだろう。
ただ少し、周りの視線が気になった。それは奇異の目ではなく、おそらく羨望の眼差し。それほどに、黄泉路さんは可愛いのだ。いや、僕もあまり主観的で大げさなことを言いたくなかったから抑えて表現していたが、黄泉路さんは恐ろしく可愛いのだ。
もう本当に、マジで。
恐ろしく、なんてこんなありきたりな表現を使うと、安っぽい、それこそ言いすぎな印象を与えてしまうだろうから、僕はあえて言わなかったが、彼女は恐ろしい程に可愛いのだ。何度でも言おう。
そこらに歩いている女の子なんか、相手にならないくらい美人で、スタイルもよくて、男子なら誰もが羨むのは必然である。
それだけに、自分の地味さが酷く悲しい。
せめて身長があと十センチ欲しい。そうすれば彼女と歩くバランスもいいし、服も格好良くビシッと決められるのに。
――と、僕が勝手に一人で悦に浸っていると、急に、ぎゅっ、と黄泉路さんが僕の服を掴んで、僕の背後に隠れてしまった。
超接近だった。
残念ながら、彼女の胸が当たる事はなかったが、それでも急なその接触に、僕は心臓を躍らせる。
「よ、黄泉路さん?」
僕がそう声をかけると、彼女は僕の体を隠れ蓑にするようにして、低い体勢から前方を覗くように睨んでいた。
何かから、隠れるように。
小動物のように隠れる彼女の視線を追って僕も前方を見たが、しかしそこには大勢人がいて、彼女が誰から隠れているのか、それがわからなかった。
「知り合いでもいましたか?」
「……うん。ちょっと……ごめんなさい」
「ああ、いえ。でもこれだけ暗いんだから、きっと大丈夫ですよ。相当近づかないと、わかんないですし」
こういうものは、あまり親しい人間に見られたくないものだ。それが例え引け目を感じていることでなくても、だ。それが思春期というもので、僕も同じ状況なら、極力出会わないように避ける。
少しすると、彼女は僕の背中に隠れるのをやめた。今、何かの映画が始まるのに合わせてシアターに入っていった人々の中に、知り合いがいたのだろうか。
「もういいんですか?」
「う、うん」
おそらく黄泉路さんは一刻も早くこの場を離れたいのだろうが、しかしそんな理由で止めるとも言いだせない。僕は彼女のその気持ちを理解できたが、でも別の映画で、別のシアターに入ってしまえば、出会うこともあるまい。時間もずれて出てくるわけだし。
そう思い、そのまま券売機の前に進んで、お目当ての恋愛映画のチケットを買った。始まるのは今から二十分後らしく、丁度良かったので、僕らは近くのソファに腰をかけた。
僕らが見る映画。その概要は、オタクの男に恋をした一般的な女性がいて、彼女は何とかその男を落とそうとするが、男は三次元には興味が無いと言ってその美人のヒロインを受け入れないらしい。数多の男をイチコロで落としてきた女のプライドを傷つけられ、女はそこからオタク男子に好かれるための努力が始める――と言ったことが、大体のところパンフレットに書いてある。あとCMで見た情報も加味してみた。
何か昔に見たことがあるような設定だったが、これはこれで面白そうだった。しかもあまり注目されずに始まったこの映画は、最近テレビでも取り上げられるほど人気が出ているらしく、その見た目からは想像できないシリアスでリアルな恋愛模様が、恋に焦がれる女の子の心をくすぐる、らしい。
しかしまぁ、オタク設定である主人公が人気のイケメン俳優であること自体、リアルで無い気もするが、これは仕方の無いことか。これだけ格好良ければ、オタクだろうがなんだろうが、モテる気がする。しかも普通の一般女性が、アプローチされてもその三次元とやらに興味の持てない程の重度のオタクをどういう過程で好きになると言うのだろうか。
甚だ疑問である。
結局、本当のオタクなんかとはかけ離れた、普通の人が考えた作品なのだろう。
でもまぁ、その分、見る楽しみもあったりする。
黄泉路さんも興味があるのか、ジッとパンフレットに視線を落としている。ジッと、どこか必死に暗記するように。……そんなに興味があるのだろうか?
「ねえ。オタクって、何?」
ふと、彼女がパンフレットに目を落としながらそう尋ねてくる。
「オタク、ですか。なんだろうな、こう一つのことに夢中になってる人間というか、言い換えれば過度なマニアの蔑称ってとこですかね。それでこの場合は、多分アニメとかゲームとかそういったもののオタクのことでしょうね」
「そうなんだ……マニアか……」
彼女はそれだけを聞いて再びパンフレットに視線を落とす。今から全部映画で見るというのに、彼女はそれを食い入るように眺めていた。少し変わった子なのかな。と思う。
ただこうしていると、次第に自分の中の緊張や不安が消えていくのがわかった。
「黄泉路さん。そろそろ、時間です」
緊張の解けた僕は、先ほどまでとは違い、かなり落ちついて彼女にそう言えた。
映画の始まる十分前になり、シアターの入場時間が来て、僕らは周囲の流れに沿うようにチケットを使ってシアターに入っていった。




