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クオリア~十人十色の異聞奇譚~  作者: 色川玉彩
1 The normal chapter ~The abnormity all the time~
69/90

計画開始

計画してると大体失敗する

 それが、昨日の話。

 そして、今日、デート当日に至るわけだが、僕は鞄の中のバナナの絵のラベルが貼られた媚薬ビンを確かめるように眺めていた。中の液体が艶やかに光る。


「おはよう」


 意識を集中させていた僕に、前方からそう、声が掛けられる。

 どきりっ、と心臓がポップコーンのように弾けそうになったが、それをなんとか抑え、僕はゆっくりと振り返った。


 そこに彼女はいた。

 黄泉路さんは黒いワンピースを着ていた。とてもシンプルな、でもそれ以上の装飾を必要とさせない、そんな格好。二の腕の上辺りまでの袖口。脛あたりまでの伸びている裾がひらひらと揺らめいている。前に両手で鞄を持ち、夏らしく、長い髪を少し持ち上げて後ろで縛っていた。


 僕が言葉を失って見とれていると、彼女は返事をしない僕をきょとんと見下ろしていた。


「あ、お、おはようございますっ!」


 慌ててそう返事をして、僕は席を立った。もちろん例のビンは鞄の中に閉まってチャックを閉めた。

 黒い服なのにも関わらず、彼女のどこか透き通るような清楚感に圧倒されつつ、自分の地味で冴えないファッションに心の中で後悔する。どう考えても、釣りあわない。彼女はヒールを履いているせいか、今は僕よりも背が高く見える。


「あ、電車、来ましたね。行きましょう」


 僕は緊張のあまり悠長に構えることができず、慌てて取り繕うように、丁度来た電車に乗ろうとホームの黄色い線の手前に立った。すると黄泉路さんもゆっくりと僕の斜め後ろ辺りに立った。

 僕らが電車に乗り込むと、昼過ぎという時間帯もあり、急行電車の中は思いのほか空いていて、僕らは何となしに一番広いスペースのあった椅子に座った。


 ――無言。


 僕は緊張のあまり何も話せないでいた。というよりも、何を話せばいいのか、それを頭の中で考えていて、答えが出なかった。

 このままではマズイ、と横に座る黄泉路さんに視線を向けると、しかし彼女は、ぼうっと無表情で前方の窓から外を見るようにじっとしているだけだった。その座り方も背筋をしっかりと立てて、どこで教育されたのか、とても凛としていた。

 亡くなった両親が、厳格な人物だったのだろうか。

 そう考えてみれば、彼女はどこかお嬢様のような、箱入り娘のような、そんな雰囲気を感じさせる。


「今日は、どこか行きたいところとかって、ありますか?」

「無い、かな」

「そう、ですか」

「どこに行くつもりなの?」

「えっと、一応、市内まで出て、そこに映画館も入ってるショッピングモールがあるんで、そこでウロウロとしようかなっと……思ってるんですけど」


 昨日頑張って考えた結果が、これである。

 一から十まで予定を決めるのも、それはそれで堅苦しいというか、用意しすぎな気がして避けた。先輩からのアドバイスもあり、僕は初デートとしては無難なものを選ぶことにしたのだ。彼女の趣味趣向も何もわからないのだから、あえて無難なデートプランにして彼女の動向をリアルタイムで探りながら、その都度、対処していこうというものである。


 まぁ媚薬を持ってきている人間の言う台詞ではないが。

 何が無難に、だ。思い切り攻める気満々じゃないか。


 そんな背徳感を抱きつつも、僕は何とか彼女と会話をしつつ、二十分ほど乗ると、電車は中央駅へとついた。

 やはり中心地ということもあってか、それなりにビルも立ち並び、人々も大勢横行している。僕等の暮らす南部地域が、やはりど田舎なんだと理解させられる風景でもあった。


 僕は慣れないこの場所で、しかしあまり迷う仕草を見せないように何とか標識を確認しながら進み、改札を出てすぐのエスカレーターを下り、そのまま歩くと、電車の中から見えた大型ショッピングモールが姿を現す。最近出来た、まだ綺麗な建物なのだが、場所が場所なだけに、予想以上に人が少ないと嘆いているらしい。最近は静かだった中央駅周辺も、まるで東京の電気街のように家電量販店が立ち並び、旅行に来る外国人にとってはありがたい一石二鳥の出来事なのだろうが、そのせいで場所によっては客を取られてしまうという自体が起こるわけで、まぁ、この辺りも、いろいろと大変そうになってきている。


 不景気にも関わらず、賑やかなのは良い事だとは思うが。

 だとしても、あまり昔ながらの風景が失われるのも、それはそれで悲しい。

 さらに言えば、この辺りに住んでる身としては、ただでさえ多い旅行客が、更に増えて踏んだり蹴ったりだろう。


 と言ってもそんな旅行客で溢れ返った賑やかな場所は、駅を挟んで反対側の方であり、僕らの来たこちら側は、かなり静かである。なので少なからずこの喧騒を鬱陶しいと思っている地元民はわざわざそんな所へ行かず、ゆっくりと買い物を愉しむためにこちら側に来ることが多い。


 僕は、もちろんあまり人ごみが好きではないのもあったが、ただこちら側を選らんだのは、いろいろと都合がよかったから。僕らの向かうショッピングモールでは、同じ建物の中に映画館もあるし、それが嫌ならばショッピングに切り替えれば良い。本屋もあるし、玩具屋も家電屋さんも服屋も、なんでもある。そういった融通の効く場所だった。


 ――何より、近くにホテルがある。


 もちろんそんないかがわしいホテルではなく普通のホテルであり、お値段もまぁそこそこではあるが、しかし部屋に入ってしまえばそれはラブホテルだろうがなんだろうが変わりはない。ホテルはホテルである。

 実はこの用意周到さも、先輩の差し金だったりする。

 いや、本当に適わないな、あの人には。先輩さまさまである。


 僕はショッピングモールに向かう途中にそびえ立つそのホテルを横目で確認しつつ、角を曲がってそのショッピングモールへと入った。夏休み、それも休日ということもあり、中はそれなりに人がいたが、案の定、人でごった返すということはなかった。

 ぐるぐると見渡すように顔を動かす黄泉路さんを見て、


「ここは、初めてですか?」

「うん」


 彼女はしばし珍しそうに辺りを見渡していた。

 ただ、ここまで来ても、特に彼女はやりたい事もなく、おそらくただ僕に着いてきているだけになってしまっていた。

 自分の中の、焦りがとても強くなる。


 デート中の女の子が、こんな無表情で、いいのだろうか。元々表情表現の少ない彼女ではあるし、そのあたりは覚悟していたつもりではあったが、しかし僕は不安を隠しきれないでいた。

 黄泉路さんは愉しんでいるのだろうか。

 このデートを、好意的に思っているのだろうか。


「どうかした?」


 エスカレーターに並ぶ形で立つ僕の顔を見て、彼女はそう訊ねる。


「あ、いえ。映画、見ようと思うんですけど、何か好きなジャンルとかありますか?」

「映画……あ、恋愛映画が見てみたい、かな」


 今日、初めて黄泉路さんが、自分からやりたい事を言った。

 恋愛映画か。それはなんというか、肯定的に受け取っていいのだろうか。ある意味僕らの今の状況を、理解してくれているというか、つまるところ彼女も今の状況をデートと解釈してくれていると、この言葉から解釈するのは、少し早計だろうか。

 いや、早計じゃない。そう思いたい。


「へ、へー。恋愛映画とか、好きなんですか? やっぱり、女の子らしいですね」

「うん。最近、観るようになったの」

「そうなんですか。確か今凄い人気が出てる恋愛映画がやってたはずですし、それ見ましょうか」


 僕は意気揚々と映画館のある階まで昇り、少し暗くなっているその場所へと入っていった。


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