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クオリア~十人十色の異聞奇譚~  作者: 色川玉彩
1 The normal chapter ~The abnormity all the time~
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運命

運命なんてない。

と最近ちょっぴり思う。

「ごめんなさい。私、携帯電話を持ってないんです」


 という黄泉路よみじさんのまさかのカミングアウトに僕は驚きを隠せなかったが、しかし持っていないのならしょうがない、と僕は待ち合わせの場所と時間をしっかりと決めて、彼女と別れた。


 そして今日は、待ちに待ったデートである。

 ん? デート、とは限らないのか? 向こうがどんなおつもりで来てくださるかはわからない。ただまぁ僕は完全にそのおつもりであり、そして完全に心がお浮ついてしまっている。


 あ~、緊張する。

 今朝から空えづきが止まらず、何度も吐きかけた。朝ごはんも入らなかった。

 やはり情けない。ただ人生初デートなのだから、仕方が無いとも言える。……よね?


 とにかく心配性の僕は、三十分も早く待ち合わせ場所に来ていた。それでもちゃんと出会えるのか不安で、何度も携帯をチェックしたが、その度彼女は携帯を持っていないのだということを再認識し、ため息をつく。昔の人はよくこんな不安な状況に耐えられたな。


 待ち合わせ場所は彼女の町の駅前――にしたかったのだが、当の黄泉路さんがそれを嫌がり、結局急行電車の止まる、小久保駅で待ち合わせする事になった。

 小久保駅は僕等の通う塾からもう一駅、離れた場所にある駅。ここは高架駅で、つまり地上から高いところにある駅であり、そこからは街並みが見渡せる。大型ショッピングモールや、大きなパチンコ屋の看板など、この街はこの辺りだと一番栄えている場所かもしれない。この駅の特徴として、面白いことに、自衛隊の駐屯地が見下ろせたりする。たまに朝などこの駅を電車で通れば、建物の屋上で朝の体操をしている自衛隊の皆さんが見れたりもする。ご苦労様です。


 そう心の中で言って、僕は肩掛けカバンを背中から胸に回してきてその中に手を入れる。

 周りに誰もいないことを確認し、僕は鞄の中のあるものを、外には出さずあくまで鞄の中で確認し直した。

 それは、一本のビン。香水でも入っていそうなその細いビンは、しかし香水ではない。残念ながら僕はそんなものをつけるほどお洒落さんじゃないのだ。香水なんて、クサイとしか思ったことが無い人間である。


 ではこのビンに入っている透明な液体は何か。

 それは昨日の晩。黄泉路さんと別れた後にまで遡る。



          〇



 黄泉路さんとデートの約束を取り付けた僕は、しかしそのまま帰るわけではなく、駅のホームで改札を出ることなくベンチに座っていた。

 誰もいない駅のホーム。そこに次の電車が到着する。

 そこからぱらぱらと人が降りてくる中に、大山先輩を見つけた。


「よう。タイミングはばっちりだな」


 先輩は片手を上げて僕に近づいてきた。

 僕は昨日の先輩の指示の中で、今日、黄泉路さんをデートに誘った後、ここで待って先輩に報告をする約束をしていたのだ。


「どうも」

「何だ何だその顔は、上手く行ったんだな?」

「……はいっ」


 自然と、声が弾む。

 まだ夢見心地だった。さっきまでのことが、そしてこれから起こることが、本当なのかどうか、それを自分の中でまだ消化しきれていなかったのだ。ふわふわと、メリーゴーランドに乗っている気分。


「やるなぁお前。これはもう、脈アリ確定だな」

「そ、それはまだまだわかんないですよ。明日になってデートしてみないと」

「って言いながら手ごたえは感じてるんだろ? お前は素直な奴だからな、表に出す自分を律することはできても、心の中までは大人しくしていられないやつだ」


 たしかにそうである。

 先の黄泉路さんとの会話の時も、僕はあくまで平静を装って、舞い上がっている様子を見せないようにしていた。でも心の中では、全裸で走り回るくらいに舞い上がっていた。

 先輩には何でも見抜かれている。医者を目指している過程で、心理学でも勉強しているのだろうかと思うほどだ。先輩の前で嘘はつけない。


「まぁ座れよ」


 先輩はそう言って立っていた僕の横を通りすぎて、さっきまで僕がかけていたホームのベンチに腰をかけた。


「ジン。お前、女の子とデートしたことはあるのか?」

「いえ、お恥ずかしながら」

「だろうな」


 先輩は少しだけ笑った。そこに嫌味はなかった。


「先輩は、ありますか?」

「んー。無いことも無いけど、あれはデートって言えるのかな。どっちにしろ、ここ最近は全くだ。今は勉強の方に集中したいからな」

「先輩が言うと、そうなんだって納得できますね」

「なんだ。どういう意味だ?」


 目を丸くして先輩は僕を見る。


「ああ、いや、ほら世の中には異性と付き合えないことを隠すために、付き合うことを自ら拒んでるみたいに取り繕う人っているじゃないですか。少なからず」

「あー。いるな。結構いる」


 ははっ、と小さく笑う。


「でも先輩は本当に勉強に忙しいんだろうな、今は異性に興味が無いんだろうなって感じがします」

「馬鹿だな。ジン。男で女に興味の無い奴がいるかよ?」

「はい?」

「だから、虚勢手術でもしてない限り、人間が性に興味を持たないわけがないだろ? 性に興味が無いと言っているやつは総じて嘘だ」

「断言しますね」

「断言するね。生物ってのはな、子孫繁栄のために生きてるんだ。だから俺たちの中には子を作れって言う至上命令が常に下されてる。だからどうあがいたって、それこそ虚勢手術のような特殊な措置を施さない限り、性を求めてしまうものなんだよ。そして全ての生物はその欲望からは逃れられない運命にある」

「運命、ですか」


 運命――それは結果からみる、逆説的なものでしかない。


「そうだな、確かに運命なんて言葉、結果論でしかないよ。でもな、もし本当に初めから定められているものがあるとするなら、そしてそれを運命と呼ぶのなら、人間が性を求めること、誰かを愛すること、それは運命だ。どこかの誰かと出会い結婚した。その相手と出会った事が運命なんじゃない、異性と出会い子を成すこと、その行為自体が、運命なんだよ」


 そして運命からは誰も逃れられない。と、先輩は続けた。


「まぁ複雑な時代ではあるから大声では言えないが……遠回しになったが、結局、じゃあ俺も性には興味津々だぞ、ってことだ」


 先輩はそう言って三度笑う。僕は人間レベルの違う先輩の、自分と変わらない部分を知って、少しだけ近づけたような、そんな安心感を得た。


「なるほど。でも先輩、最近は少子化で悩んでますよね」


 絶賛、少子高齢化社会に進展中だ。いや、後退中か。

 今は女性もキャリアウーマンとして働く人が増え、同時に男性に生活力の無い人間が増えているせいで、子供を作る余裕が無い人が多いらしい。そのせいで子供が減っているとか。それは生物としての本能、運命を鑑みれば、相反すること。

 僕がそう言うと、先輩は手でジェスチャーをつけながら、


「そう。じゃあどうして本能で異性を求めることを運命付けられている人間が、今こうしてその本能を裏切るような真似をしているかというとだな。それは、人間が心を持ってしまったからだ」

「……心?」

「そう、心だ。ここにあるだろ、お前も」


 そう言って先輩は僕の心をぽんぽんと叩いた。


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