緊張の会話
口が乾く
「黄泉路さん、ですよね」
「はい」
「と、隣座って、大丈夫、ですか?」
「……別に、いいんじゃないかな?」
黄泉路さんは辺りを見渡してそう言った。
僕は『黄泉路さんの隣に』と言いたかったのだが、おそらく『ベンチに座って良いか』と聞かれたと思ったのだろう。どうやらあまり意味が伝わっていないらしかった。
案の定、僕が黄泉路さんの横に座ると(隣と言っても人二人分は空いている)、彼女は再び視線を落として前を向いた。関係終了の合図である。
このままではマズイ。話が進まない。
「よ、黄泉路さんって、四季創ですよね?」
僕が横顔の彼女に語りかけると、彼女は、また僕を見て、数秒見つめたあと、
「どうして?」
「ど、どどど、どうして?!」
どうしてと聞かれたら、何と答えれば良いのかな? わからない。まさかそんな訊き返しが来るとは予想だにしていなかった。焦る――が、なんとか頭を回転させる。
「あーっと、いや、可愛い制服だから、聞いてみただけで……」
「そうなんだ」
話終了。
またもや行き詰ってしまった。行き詰まり、息詰まる。
彼女はなんというか、すごい端的に答えるらしく、こちらが展開させないと、話が進まない。いや、でもそれは赤の他人に対しては当然なのだろうか。
「あ」
黄泉路さんが、急にそう小さく声を上げる。そして、
「……君は、えっと、どこの学校、なの?」
黄泉路さんは何とか搾り出すかのようにそう僕に尋ねてきた。無理矢理、話を伸ばすかのように。声がとても小さい
直前の「あ」という、何かを思い出したような声が気にはなるが、僕は彼女から話を続けてくれたことに舞い上がり、何とか楽しく会話をしようと言葉を探す。
「あ、僕は、西藤高校です。知ってますか?」
「聞いたことは」
「知り合いとかいますか?」
「ううん。誰も」
はっきり言われた。それはつまり、西藤高校の制服を纏う僕のことも、気にも留めていないということだろう。
いや、まぁそりゃそうなんだろうけどね。わかってはいたことだけど、悲しいものだ。やっぱり僕の一方的な出会いであったのに間違いはなさそうだった。
「朝、学校に行く電車の中でよく見かけたりもするんですよ、実は」
「そうなんだ」
……あれ? やっぱり話が広がらない? 僕の返しが悪かっただろうか。
黄泉路さんも黄泉路さんで僕を見る目をパチパチとさせて、話が先に進まないことに困惑しているようだった。ここは僕が話を延ばせと言うことだろう。
「黄泉路さんは、どうして夏期講習に?」
「勉強の教え方が、知りたくて」
「勉強の、教え方?」
受験勉強ではなく、勉強の教え方? 言い間違え、じゃないよな……。
「勉強の教え方って?」
「講師って勉強を教えるのが得意じゃない? だから、それを学ぼうかな、って」
「じゃあ別に受験勉強じゃないってこと、ですか?」
「そうだよ。だってまだ二年生じゃない」
そうだよ、って……当たり前じゃん、みたいな顔されても、普通そんな目的で塾には来ませんよ。
なんというか、彼女の価値観は僕と少しズレている気がする。考え方が浮世離れしているというか、世間知らずと言うか、まぁそんな感じがするだけの話なのだが。
「よ、黄泉路さんは先生でも目指してるんですか?」
「ううん。どうして?」
再び彼女は端的にそう答える。ただ最後に質問を返してくれたことに、少しだけ進展を感じた。
それにしても先生を目指しているわけではないのか。勉強の教え方を学ぶのは、誰かに教えるため……じゃないのか普通? でも黄泉路さんはどうして僕がそんな考えに至ったのか、本気で分からない顔で僕を見つめる。彼女のジッと見る目に耐えられず、僕は視線を逸らした。
少しだけ、沈黙が走る。
「ごめん、なさい」
「え……」
彼女は突然、そう申し訳なさそうに謝った。




