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クオリア~十人十色の異聞奇譚~  作者: 色川玉彩
1 The normal chapter ~The abnormity all the time~
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話しかける

好きな人に話しかけるのは難しい。

大体向こうが興味ないから。

 とは言ってみたものの。

 僕は結局チキンなわけで。

 どうにも黄泉路さんに話しかける事ができないでいた。


 わかって欲しい、この気持ち。

 いつも通り塾で同じ授業を受けている。今は一時間目の授業が終わり、休憩時間である。

 ここに来るまでは意気揚々とやってやろうと思っていたが、彼女を見た途端、怖気づいた。塾の教室は学校ほど広くない。一番広い部屋でも、学校の教室の半分あるか無いかくらいだ。そんな圧迫感の中で、僕は周囲の視線を無視して、彼女に話かけることなんてできやしない。

 やはりというか何というか、情けない限りではある。


 しかしまぁ、塾内で話しかけてみようというのは、僕が勝手に設けた縛りであり、先輩との約束では、塾終わり、その帰宅路で話しかけようという予定だったのだから、まだまだ余裕はある。

 これもまた、言い訳なのだが。


 黄泉路さんは、やはりこれだけ時間が経っても、友達を作っているわけではなさそうで、でもそれは友達を作る気が無さそうだということがわかった。彼女自身、この塾においての友人関係に何かしら不満があるようではなかった。そんな空気を読んでか、周りの女子も、彼女にわざわざ親切に話しかけることもなかった。まぁここは学校と違い友人関係を作る場ではなく、純粋に勉強をする場だからそんな親切心を起こす必要もない。だから周囲の人間は彼女に話しかけることはなかったが、だからと言って件の連続殺人犯として彼女を中傷したり、過度に避けたりすることもなかった。彼女は完全に塾に馴染んでいる。


 休み時間は次の授業の教科書を眺めて予習している時もあれば、意外にも少年漫画を読んでいる時もあった。雑誌ではなく、単行本の方。しかもその漫画は、僕が見たことが無いくらいの古いものもある。手塚治虫とかいった古さではなく、おそらくドラゴンボールとか、そんなリアルに僕らが単行本で知らない微妙に昔な世代の漫画を、有名どころからマイナーどころまで、彼女は楽しそうに読んでいる。本自体もそこそこ古い様子から、古本屋で購入したか、もしくわ誰かから借りたものだろう。


 彼女が漫画を読むこと自体意外だったのだが(文学少女ならピッタリだ)、それも少女漫画じゃなくてバリバリの少年漫画なところが、より意外だった。その漫画をキッカケに話を進めようと思ったりもしたのだが、残念ながら僕はあまり漫画を読まないので、下手に話かけても墓穴を掘ると思い、やめた。


 彼女が読んでいた漫画のタイトルをいくつか覚え、それを読んでみようかと何度か駅前の書店に立ち寄ったりもしたのだが、そこでもすぐに思いとどまった。なんと言うか、それもそれで気持ち悪いから。やることがあまりにも女々しすぎる。ちなみに書店には置いてない漫画もいくつかあった。それくらいには、古いのだろう


 僕がそうやって結局女々しく彼女を遠目に観察していると、あっという間に講習の時間に終わりが来た。もちろんほとんど頭には入っていない。


 実は僕、今年の夏期講習は諦めたのだ。


 別に急いで受験勉強に備えるほど行きたい大学があるわけでもなく、ただ流れで参加しただけなので、そこに何も問題は無い。必死に頭に詰め込まずとも、ここで流し聞きした知識が、今後の勉強に必ず役にたってくるだろう。要はそういう方向に切り替えただけの話。とても集中して勉強する気分では無いのだ。

 無理。もう。本当に。無理。

 恋患い――なのか? なんか違う気がするが、まぁいいか。


 授業が終わると、いつも通り、黄泉路さんは席を立ち上がり、何も余所見をすることなく真っ直ぐに教室を出て行った。僕も自然を装って、彼女を見失わないように後を追った。出口のもたつきで出くわさないように、距離を取りながら。

 ここまでは昨日まで何度も繰り返したことなので、たいして緊張することでもなかったのだが、さて問題はここからである。


 彼女に話しかけねばならないのだ。

 もはや僕の使命と言ってもいい。いや、言いすぎなのだが、それくらい言ってもいい。


 など頭の中でうだうだと考えていた今この頃、結局徒歩一分ということもあり、僕等はすぐに駅に着いてしまい、ホームへと入った。彼女はいつも通りベンチに座った。

 今だ――そう僕の直感が告げる。

 この時間帯、この小さな駅のホームにいるのは僕と彼女だけである。この駅を利用する塾生はたくさんいるが、僕等は相当早くに建物を出たので、まだ他の人はいない。

 いうなれば、このタイミング以外無いというくらいの、シチュエーション。


 僕は歩みを止めず、ほとんど余計なことを思考しないように無心になって、それこそ本当に当たって砕けるつもりで、彼女の座るベンチへと近づいた。

 チキン返上だ。僕はベンチに座り視線を落とす黄泉路さんの横に立ち、ぎゅっと拳を作った。


「あ、あのっ!」


 直立不動でそう言った僕を、黄泉路さんは一瞬誰に言ったかわかっていない様子で僕を見上げる。


「ちょ、ちょっといい、ですかぃっ?!」


 どうしてこうも大声になるのだろうか。

 我ながら緊張しすぎである。つい江戸っ子みたいになってしまった。


「……はい?」


 黄泉路さんは僕を二、三度瞬きして見つめたあと、そう、とても柔らかい声で、僕に言った。想像していたよりも物静かで、刺々しくないその声。

 やっぱり、可愛い。

 僕はこれ以上は焦るまいと、大きく息を吸った。


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