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クオリア~十人十色の異聞奇譚~  作者: 色川玉彩
1 The normal chapter ~The abnormity all the time~
62/90

頼りになるパイセン

こんな先輩欲しかった

「だってお前、彼女のために真犯人を見つけようとして、ストーカーまがいのことまでして、ジンってそんな熱い人間じゃないだろう」


 熱い人間じゃない。熱心な人間じゃない。

 皆僕にそう言う。

 確かにそうなんだけれど。でも、褒められているわけではないのであまり嬉しくは無い。

 僕って、そんなに薄情な人間に見られているのだろうか。


「まぁそうなんですけどね。なんていうか、ムカつきません? ただの疑いだけで、まるで本当の殺人犯みたいに見られてるのって。可哀相でしょ? あの子は、何もしていないのに。絶対苦しいし、寂しいに違いない」

「そうかなぁ……俺はそう思えないけど」

「はい?」


 先輩は僕を見ずに、そう言う。


「俺も黄泉路蜜と塾でたまにすれ違ったりするんだけどな、なんていうか、そんな悩んでるようには見えなかったぞ? むしろ活き活きしているようにも見えたけどな」


 活き活き、してる?

 それは確かに、僕が最近感じていたこと。彼女の変化。

 確かに彼女は最近、顔つきが変わった。

 誰も寄せ付けない孤独感を無くし、なんというか普通の女子らしい、顔つきになった。


「でも、友達もいないし、周りからは距離を置かれてるんですよ?」

「そうだけどさ、でもそれってそんなに大事なことか?」

「はぁ?」

「だってさ、別に周囲の人間全てに好意を持たれる必要なんてないだろ。人の幸せなんて人それぞれなんだから。じゃあ聞くけど、お前は今幸せか?」

「幸せかって聞かれれば、まぁ普通、ですかね」

「だろうな。そんな顔してる。じゃあお前はどうすれば幸せになれる?」

「それは――」


 それは、どうなのだろうか。

 僕が幸せだと思える時、おそらくそれは――


「例えば黄泉路蜜と付き合えた時じゃないか?」


 僕が言うのを渋っていると、その前に先輩がそう言った。


「まぁ、そうでしょうね」

「周りの人間が自分をどう思っていようと、自分が満足できる相手が自分を信用してくれるだけで、それで人は幸せなんだよ。もちろん人それぞれではあるが」

「ということは?」

「てことは、黄泉路蜜は多分、自分が満足できうるだけの信頼を得ているんじゃないか? この人、もしくわこの人たちが信頼してくれるなら、それでいいんだって。だから、周りが自分をどう思おうと、何も思わない。不満に感じない」


 とまぁただの勘だけどな、と先輩は続けた。


「幸せなんて人それぞれであって、ジン、お前の価値観がそのまま黄泉路蜜に当てはまるわけじゃあない」

「でも、でもですよ、先輩。それでも人殺しだと疑われ続けるよりも、無実で潔白な身である方が良いでしょう?」

「どちらかと言えば、な。でも世の中にはどちらでも良いこともある」


 そう言われれば、何も言い返せない。

 だって僕には黄泉路さんの気持ちはわからないから。

 彼女の心の内なんて、読めないから。


「というか、ジン。そんなの直接喋ればわかることだろ。何か喋ってて気付いたこととかないのか?」

「……」

「ジン?」

「……さ~て、そろそろ帰ろうかな」


 僕がそう言って立ち上がると、先輩は僕の服をグッと掴んで引き戻した。


「お前、まさか黄泉路と話したことも無いのか?」

「…………はい」


 ぼそり、と僕がそう肯定すると、先輩は頭に手を当てて言葉を失った。


「ってことはお前、本当にストーカーじゃないか、それじゃ」

「……お恥ずかしい限りです」


 呆れ顔で言う先輩の顔を見れない。

 本当に、お恥ずかしい。


「お前は中学生かよ」

「高校生です」

「だろ? だったら話くらいできるだろ。お前の口は言い訳を漏らすためについてるのか?」

「いや、話す機会も無かったもんで、共通の知り合いもいないですし」

「ジン。お前が黄泉路蜜に対して何かしてやりたいって言うなら、それはまずはお前が偏見無しに彼女と会話してやることじゃないのか?」


 先輩のその言葉に、僕の思考は停止した。

 何か言い訳を、と巡らせていた思考に杭を打たれたような、そんな感覚。


「お前が周りと一緒の態度を取ることが、一番不誠実だろ」

「僕は違いますよ! 僕は、黄泉路さんを怖がってなんていないですし、殺人犯だなんて疑って――」

「お前の心の内を、黄泉路蜜がわかると思うのか? 黄泉路蜜からすれば、お前も周りと同じ、自分を避ける人間の一人に過ぎないんだよ」

「……」


 何も言い返せない。

 それは先輩の言うことが、恐ろしいほどに的を射ているから。

 そう。僕は、スタートから間違っていたのだ。

 何が、無実を証明することが彼女のためだ、だ。

 そうなんだ。僕は初めから彼女に普通に接することをすべきだったんだ。こうやって彼女の無実を証明して、そして彼女を救ってやるなんてのは、そう、自己満足。

 全くを持って、金髪の女の言う通りだった。彼女を救ったあとの、見返りを求めていたに過ぎない。僕は、僕のために、行動していたに過ぎないのだ。


「でも、正直それができたら苦労は無いというか、僕はそこまで女性に対して積極的じゃあないですよ」


 これは所詮、やはり言い訳なんだが。


「まぁ確かにお前はそんな類の人間じゃない。だったらそうだな……例えば、黄泉路蜜の連絡先を教えてもらうというのはどうだ? 同じ塾の講習を受けてるなら、友達だろ? そういう態で聞いてみろよ」

「それは考えたんですけどね。でも彼女がスマホをイジってるとこを見たことが無いんです」

「マジか……でも持ってないってことは無いだろう……」

「そうですけど、でもお恥ずかしい話、先ずは話をすることから始めなきゃいけないんですよね」


 というか先輩にマジ恋愛相談。恥ずかしい限りだ。

 でも、何と言うか少しやる気が出てきた。自分にとって実現可能なゴールが見えたから。


「だったらジン。俺がお前に命令してやる」

「はい?」


 先輩が勢いよく立ち上がって、僕を見下ろしながらそう言った。


「基本的にな、そう言った積極性の無い人間っていうのは怖がってるんだよ、物事が上手く行かなかった時のことを。お前だってそうだろ? どうして黄泉路蜜に話しかけられないかって、彼女が自分に好意を持ってくれないかもしれないからだとか、何を話せばいいかわからないだとか言う心配もあるだろうし、そうなった時、周りが自分をどう思うか、自分を可哀相だとか、振られた男だとか蔑まれることを恐れてる。違うか?」

「……ま、まぁ……そうです、ね」


 歯切れ悪く肯定する僕。痛いところを突く人だ。

 本当に頭が良い人なんだと思った。心の内も、結局全部読まれている。


「怖がるのは当然だし、そういった用心深さはもちろん人として必要な能力だけど、それでも全ての物事にそんな気を遣う事は間違ってる。頭が回るが故の失敗だな。人間は時に当たって砕けろの精神でやらなきゃならないこともある。それに対するリスクなんて、実際的に何のデメリットも無いだろ。考えてもみろ、ジン、お前が黄泉路にアプローチしてフラれたとして、そんなことを皆が頭の中にずっと留めておくと思うか? 思うんだったら自意識過剰だ。そんなもの、一日やそこらで終わる。一年もしたら、誰も気にも止めないぞ。というか忘れてる。所詮人生において支障の出る問題じゃあない」


 それは確かにそうなのだが、フラれたという仮定は、やめて欲しい。


「それでもまぁ、お前はやっぱり踏ん切りがつかないのは目に見えてるからな」

「……ははっ」


 僕はそう無理矢理笑ってみた。よくわかってらっしゃる。


「だから俺が命令してやるよ」

「命令?」

「そう。ジン、お前黄泉路蜜をデートに誘え」

「デ、デート?! いきなりですかっ?!」

「そうだ。デートだ。明後日は日曜日で夏期講習も休みだろ? だったら丁度良い。明日の帰り、誘え。夏休みなんだからそれくらいできるだろ」

「で、でもいきなりは……」

「だから、命令だ。俺がお前にそう命令したんだ。先輩として、命令を断れない後輩にな。だったら、お前はそれを言い訳にできるだろ? 黄泉路蜜にフラれたとしても、あれは先輩が無理矢理やらせたことだからって、周りに言い訳すればいい。そうすれば、お前の自尊心も傷つかずにいられる」


 なんという逃げ口の作り方。それは確かに僕にとってはほぼノーリスクな提案だ。

 僕は何も心配することなく黄泉路さんにアプローチできるし、失敗しても、まぁ黄泉路さんと付き合えないことは悲しいが、でも僕は堂々と周りに言い訳できるだろう。

 元から別に好きでもなかったんだけどね。先輩が言うから。って。

 


 ――ダサすぎるだろう。そんなもの。



 僕は臆病だが、でも汚い人間になりたくない。卑怯でありたくはない。自分の自尊心のために、他人を巻き込むなんて、絶対に嫌だ。だったら僕は、自分が蔑まれる方を選びたい。それが例え辛いものだとしても。


「わかりました。やってみます。でも、それは先輩の命令だからじゃありません。だからそれを言い訳にもしません。僕は、僕の意思で、黄泉路さんをデートに誘ってみます」

「お前ならそう言うと思ったよ」


 これも、先輩の想定通り、か。僕がこうして思い改めることまで、予測していたのだろう。その上で、こんな馬鹿みたいな提案をした。

 本当に、この人には適わない。

 結局僕は、先輩のおかげで、歩き始められたんだから。 



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