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クオリア~十人十色の異聞奇譚~  作者: 色川玉彩
1 The normal chapter ~The abnormity all the time~
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万事休す

慌てた時の言い訳ってなんであんなにテンパるのか。

 隣町に来ていた。橋の向こう側である。


 まぁこの歳なので、父に止められたからと言って、じゃあ行くのをやめるというほど素直な年ごろではない。

 もちろん別に父に言われたから反骨精神で来たわけではない。

 初めから今日もこの街に来る予定だったのだ。


 昨日の件。確かにあの場で僕は何も言えず、何もできず、その場に立ち尽くすしかできなかったが、しかしやはり納得したわけではない。

 また黄泉路さんの近く、しかもすぐ家の近くで事件が起きた。これを警察が無関係とするだろうか。するわけがない。より彼女への疑いが濃くなったに違いない。そしてあの金の髪をした外国人の女。彼女が何者で、そして何をしていたのか。本当に殺人犯なのか。それも結局全てわかっていない。


 結局、僕は何もわかっていないし、黄泉路さんの状況は何も変わっていない。

 やはり、何かしらの核心が必要である。

 今、何が起こっているのか、その核心を知りたい。僕はそれはもちろん何の能力もない一般人だけど、でも知りたいものは知りたいのだ。ここで知らないフリをして逃げても、その先僕はずっと今回のことが頭に残り続ける。


 だからもう一度、異常に出会いたかった。

 そう思い、僕は毎度塾の終わりに黄泉路さんの後をつけ、この街まできている。

それも初日を除いて今日で三日目である。

 もう僕のことはストーカーと呼んでくれて構わない。否定もしない。肯定もしないが。


 この三日間、しかし黄泉路さんの様子が変わることはなかった。今までどおり一人で真っ直ぐに家まで帰り、帰って一時間あまりで消灯。就寝。その繰り返し。家のすぐ側であんな事件があったにも関わらず、それを気にする様子も無い。

 本当に神経の図太い人だ。

 まぁあの事件以来、この辺りにも警察は巡回しているようなので、むしろ安心というところだろうか。僕としては警察に感づかれないように黄泉路さんの後をつけるのは、なかなかスリリングであった。

 職務質問を受けたら、どうしようか。言い逃れの言葉を考える。


 すると、ぽん、と黄泉路さんの家を見つめる僕の肩を、誰かが叩いた。

 どきり。


「君、こんなところで何してるのかな?」


 その言葉に、心臓が天まで跳ねた。僕は恐る恐る後ろを振り返る。


「せ、先輩?」


 僕の肩を叩き、お巡りさんのような言葉をかけてきたのは、大山先輩だった。

 先輩は僕を見て、にやにやと笑っていた。


「びっくり、しましたよ……本当」


 僕は息を吐いて肩を撫で下ろす。止まっていた心臓が、遅れて鼓動を始めた。


「いやいや。見つけたのが俺でよかった。もし警官にでも見つかったら、絶対勘違いされるぞ? ストーカーとして」

「……す、スカート?」

「惚けるな。ストーカー」

「その名で呼ばないでください」


 行為は同じだが、それを是とした覚えは僕には無い。

 先輩はガードレールに腰を乗せる僕の横に同じように座り、同じように黄泉路さんの家を見上げた。


「お前の恋の相手ってのは、黄泉路蜜の事だったのか」

「先輩、知ってるんですか?」

「そりゃお前、結構有名だろ。美人だし、頭が良いし、ほら、あとはあれ、悪い噂もあったろ」


 先輩はあえて言葉を濁してそう言った。それは先輩の優しさなのだろう。だから僕もそれをあえて何かと言わせることはしなかった。


「先輩はどうしてここに?」

「俺もこの街に住んでるんだぜ? 知らなかったのか? まぁ俺の家はもっと東の方だけどな」


 そうだったのか。全く知らなかった。


「それでな、今日たまたま早めに帰ろうと思って電車に乗ったら、お前を見つけてな。しかも降りるべき駅で降りないから、怪しいな、と思って後ろからつけてたんだよ。気付かなかったか?」


 全く。そうか、黄泉路さんをつける僕をつけてたのか。二重尾行ってやつだな。してやられた。前方に集中しすぎて、後ろに気が回っていなかったのか。


「しかしまさか真面目そうなお前がストーカーとはなぁ……。いや、真面目故に、か」

「ちょっと待ってください。ぜひ言い訳させてください」


 懇願した。本当に。真剣に。懇願した。


「やめろよ。男なら潔く罪を償え。それが誠意ってやつだろ? 俺をガッカリさせるな」

「何ですか、その僕がいかにも落ちぶれてしまったのにそれを認めようとせず醜くも正当化を図ろうとしている三流敵キャラみたいな設定は! 本当にこれには理由があるんですって!」

「わかってるわかってる。最初は皆、そう言うんだよ」

「悲しい顔で僕を見ないでっ!」

「……まぁ理由を聞いてやらんでもないが、場合によっては本当に警察に突き出すしかないぞ?」


 先輩は冗談の空気を一転、真面目な顔でそう言う。

 僕は一呼吸置いて慎重に口を開く。それは黄泉路さんの無実を証明したいためだと言う事。決して下心故のストーキングではなかったという事。それをとても言い訳がましく先輩に伝えた。


「なるほどな。確かに黄泉路蜜の周囲を張るのが最も効率がいいかもしれない。そして実際に彼女の近くで事件が起きなかったとしても、それはそれで彼女の無実が証明される。で、結局この四日間で収穫はあったのか? ん? というか四日前って言えば、すぐそこで四件目の事件があったじゃないか」

「……」


 僕はそこで口を噤んだ。自分はあの時、あの場所にはいなかった。そういうことにしていたから。しかしここで下手に嘘をついても、おそらく頭のいい先輩のことだ、すぐにその嘘がばれるだろう。嘘がばれた後に何を言っても、言い訳にしか聞こえない。


 そうなれば、僕は先輩すら敵に回すことになってしまう。

 それは、おそらく最悪だ。

 だから僕は正直に話すことにした。それに先輩ならば、なにかしらの助力を期待できる気がしたから。


「実は僕、四日前、見たんです。殺害現場を」

「何?」


 先輩は僕の言葉に、案の定眉をひそめる。


「今日と同じように後をつけて、黄泉路さんの帰宅を見守って、そして帰ろうとしたら、すぐそこの公園で、その被害者が殺された直後を」

「……それは、警察には?」

「言ってません」

「どうして?」

「いや、ほら、実際僕自身良い事をしていたわけじゃあないですし。警察にどうしてこんなところにいたのかと聞かれた時に……ね」

「ああ確かにストーカーしてましたとは言えないか」

「……はい」


 僕はいろいろ反論したかったが、しかし後ろめたいことをしていたのは事実であったので、何も言い返さずに頷いた。


「それでも、もうそれはいいとして、じゃあジン。お前はその時犯人を見たのか?」

「はい。見た、と思います」

「思う?」

「ええ、その人が犯人かどうか、確信は無いんですけど」

「どんな人間だったんだ?」

「……信じてくれるかどうかはわからないですが……」


 僕はそう前置きをする。本当に、自分でも今では信じられないから。


「凄い綺麗な金髪の女の人で、金髪に染めてるんじゃなくて、あれはナチュラルな髪の色だったと思います。それに顔つきも外国人みたいでした」

「金髪の……外国人の女?」


 先輩は難しい顔でそうつぶやく。


「少し話しましたけど、性格も変わってましたね」

「話したのか?!」

「……は、はい」


 それはまぁ、驚くか。殺人犯と現場で会話するなんて、常識的ではない。

 本当に、よく殺されなかったものだ。


「何かこう、殺人を犯してるような人じゃなかったんです。どうも落ち着いてるというか、そこまで狂ってる人には見えなかったですね」

「よく、殺されなかったな」

「それなんですよね。だからこそ、気になったというか。こうちゃんと確信を持ちたいんですよ。この事件の核心を知りたい。だからこうして毎日黄泉路さんの後をつけちゃってます」


 最後は少し茶目っ気たっぷりで言ってみた。

 でも先輩の顔は全く笑っておらず、僕を咎めるような顔でジッと見るだけだった。

 ミスった。


「その女は、何か言ってたか? 気になることとかを」

「……そうですね。何ていうか、僕には理解できない、要領を得ないことばかり言ってましたね。お前が私を殺人犯だと解釈したならそれでいいんじゃないか、とか、こっちを試すようなことばかり……正直、理解しきれませんけど」


 本当に、何度考えても理解しきれない。あの人は僕に何を言いたかったのだろうか。

 いや、そもそも何も言いたくなかったのかもしれない。そのために、要領の得ないことを言って、その場を誤魔化していた。その可能性も充分在りうる。だとすれば、恐ろしく頭の回る犯人だ。


「……どうかしました?」


 僕の言葉に黙って考え込む先輩にそう声を掛けた。


「ああいや、俺もこの辺りに住んでいるからな。そんな外国人の女がいれば見たことあるはずだと思って考えてたんだが……やっぱり知らないな、そんな人間は。こんな田舎で金髪の外国人、しかも目を見張るほどの美人となれば目立つだろうに」

「ですよね」

「もしかしたらすぐそこのミッションスクールの関係者かもしれないな」

「この辺りに住んでる感じには見えましたけど」

「ん~」

「先輩?」

「ああごめん。地元にそんな凶悪犯がいたらと思うと、真剣に考えてしまって……しかしそれにしても、そこまで好きか? 黄泉路蜜のこと」

「え?」


 先輩が唐突に話を変えた。


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