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クオリア~十人十色の異聞奇譚~  作者: 色川玉彩
1 The normal chapter ~The abnormity all the time~
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異常との遭遇

間違いなく殺人犯と出逢ったら逃げる。

 僕は自分の目を疑った。


 何が起こっているのか、それを理解しようと、頭を働かせていたため、その非現実に僕は固まったように眺めていることしかできなかった。


 その赤い血を、潮を吹くように吹き出しているそれは、首の無い人間。ブランコの足の部分にもたれるようにぐったりと、力なく座り込んでいる。その首なしが吹き出す血のせいで、本来は青色でできているはずのそのブランコの支柱が、赤く染められている。


 そしてその首なしの目の前。いや、すでに目は無いのだが、その前に、一人の女性が立っていて、その遺体を見下ろしていた。

 何の感情もなく、ただ考え事をしているかのように、見下ろしている。


 ――それはなんと言うか、美しかった。


 月明かりに照らされ、無表情にそれを見下ろす彼女は、綺麗だった。

 一瞬、電車の中で黄泉路さんを見ている時のような、そんな感覚に囚われた。

 でもそれはやっぱり一瞬で、すぐに目の前の彼女が異質な存在であると認識する。

 髪を両端で括りおさげにしており、その髪の色は綺麗な金髪で、顔立ちも肌の色も外国人のようだった。黄泉路さんと似ていると言えば、そのすらっとした背の高さと、目つきの鋭さくらい。服装は涼しげな白い半袖のTシャツに、グレーのランニングタイツ。寝る前の運動にランニングに出てきた、それくらいの格好。ただその容姿が金髪の外国人であることから、モデルが撮影用に着用しているだけのようにも見える。

 ただその服はあれだけ吹き出ていた血飛沫を一滴も浴びておらず、まるでその現場に他所から切り抜いてきた写真を合成させたような、そんな違和感を憶える。


 違和感だらけだ。いや、全てが違和感と言っていい。


 血飛沫が止み、しばらくじっと遺体を見下ろしていたその女が、こちらを見ることなく、背を向けてその場を立ち去ろうとした。

 その光景は、やはり異常だった。

 それこそ本当にコンビニに出かけた際に、道端で猫が死んでいたが、特別それをどうするわけでもなく見下ろして、見飽きてそのまま帰ろうとしたような、そんな彼女の行動。

 しかし死んでいるのは猫ではなく人だ。

 しかも、血飛沫が舞っていたのを見るに、今、直前に殺されたのだろうから、その犯人は、彼女しか考えられない。


 そう、首切り連続殺人の真犯人。


 しかし、本当にそうなのだろうか? 人は人を殺して、あそこまで悠長に構えていられるだろうか。そもそも、どうやって殺したのだろうか。彼女は何かしらの刃物を持っているわけではなさそうだ。

 どうやって、何を、どうしたら、こんな状況になったのか、そして彼女が連続殺人犯の真犯人であるかどうか、それは僕にはわからなかった。

 でも、


「ま、待てっ!」


 そう叫んで、去ろうとするその外国人の女を、呼び止めた。

 公園を挟んで向かい側の小道にいるその女が、僕の声にピタリと立ち止まり、そして、こちらを振り返った。

 年齢は大学生くらいだろうか。透き通るような金の瞳。透き通っているのかと見まがうほどの白く美しい肌。僕はまた彼女に惹き込まれるような感覚に陥った。でも同時に、何かこの世のものとは思えないような、どこか生気の無い人形を見ているような、そんな寒気を感じた。

 

その女はゆっくりと顔だけをこちらに向け、ぱちぱちと二、三度瞬きをして僕を見て、おもむろに口を開いた。


「やぁ」


 女はそう、おっとりと口を開いた。


「今私を呼び止めたのは、君かな?」

「……そう、です」


 殺人現場を目撃されて、女はもっと慌て出すかと思っていたのに、それでも彼女はマイペースに話す。僕はその想定外の応対に、態度を改めた。


「なんだい?」

「な、なんだって、それは……」


 この状況で、あくまで知らないフリを通すつもりだろうか。

 その自然は、あまりにも不自然だったが、しかし同時に本当に知らないんじゃないか、と思わせるような、そんな印象があった。


「あ、あんたが、連続殺人犯、なのか?」


 僕はそう、面倒な問答を飛ばし、核心へと一気に飛び込んだ。

 というかそれ以外の質問が、出てこなかった。


「連続、殺人……ああ、最近流行りの……君は、どう思う?」

「は……?」

「だから、君はどう思ってるのかと聞いたんだよ」


 彼女は何を言っているのだろうか。質問を質問で返された。

 否定も、肯定も、しない。


「どうって……今、そこで死んでる人は、あんたが殺したんだろう?」

「そう思うのかい?」


 また間髪いれずに質問返し。

 頭がおかしいのか、この女。


「そうとしか、考えられないでしょ」

「じゃあそうなんじゃないか?」

「じゃあそうなんじゃないかって……馬鹿にしてるんですか?」

「はて。どうして怒るんだ? 不思議な奴だ」


 彼女はそう言い、本当に理解できないような顔で僕を見た。


「君がこの状況を見て、私を連続殺人犯だと思ったんだろう? だったらそれでいいんじゃないか? 何が不満なんだ?」

「な、何が不満って……」


 全く読めない。彼女の真意が、読めない。

 問い詰める側であるはずの僕が、今確実に問い詰められている。

 僕は、何をどうしたらいいのだろうか。


「じ、自首、してください」


 そう。僕が彼女に求めることがあるとすれば、それ。

 この事件を、解決する方に向かわせる。


「嫌だ」


 断言。即答。


「で、他に何かあるかい?」


 彼女は少し鬱陶しそうにそう言う。


「どうして、こんなことを?」


 このままでは彼女がこの場を去ってしまいそうだったので、僕は急いでそう言って話を繋げた。


「答える義理はない」


 また即答。

 はっきりしてらっしゃる。


「なんだよ、その態度は……罪悪感とか、無いんですか?」

「ああ、それならあったよ。もう忘れてしまったけどね」


 殺しすぎて良心などもう残っていないという事か。

 サイコパスだ。


「もういいかい? 帰って見たいテレビがあるんだが」


 彼女はそう投げやりに言う。


「ふ、ふざけるなっ! 殺人犯なら、殺人犯らしくしろよ!」


 本当にわけがわからない。僕が一人で興奮しているだけ。

 一人舞台をやらされている感じ。


「……ふむ、そうか。じゃあそうだな。口封じに君を殺すとしよう」

「えぇッ?!」


 彼女はスッとその右手を腰の後ろに回し、そこから白塗の懐刀を取り出した。全長三十センチほどの、鞘も柄も白い、シンプルな刀。

 彼女はそれを手で持ち、鞘から刀を抜き、ゆっくりと、こちらに向かって近づいてくる。


 僕は勇んでいた勢いをすぐに失い、彼女が近づいてくるのに対して、ゆっくりと後ろに下がった。荒れる息遣いの中、なんとか思考を巡らせ、現状の対処法を考える。

 逃げる、わけにはいかない。そもそも逃げ切れる自信があるわけでもないし、何よりここで逃げれば、彼女を犯人として警察に突き出すチャンスが得られなくなる。それはつまり、黄泉路さんの無実を証明する場が、失われてしまう。

 こんな偶然、そうあることではない。だから、逃げられない。


「どうして……こんな事……」

「どうしてだと思う?」


 また、間髪入れずに質問が返ってくる。そして歩みを止めない。

 彼女はまともに僕の質問に応える気が無いらしい。


「誰が人殺しで、どうして人を殺したのか。それはそんなに大事なことか?」

「な……に?」


 彼女は僕の目の前で刀を止めて、そう言った。


「結末として、人が一人、いや数人か、殺された。それだけのことだろう?」


 彼女の言わんとするところが、わからない。

 何か達観したようなことを言っている気がする。それしか分からない。

 こういうタイプは、苦手だ。


「その結末に、誰がどうして殺したかなんて過程を知る必要が、どこにある? しかも赤の他人の君に。知って何が変わるというんだ?」

「そのせいで……そのせいで、犯人扱いされて苦しんでる子がいる。だったら、その人の無実を証明するために、知る必要があるだろ! 少なくとも、その子の人生は、大きく変わる!」


 刀を突きつけられ、萎縮していた僕の心が、強く、動きだした。


「どうして変わる? 変わっても悪い方に転ぶかもしれないだろう? どうしてその子の無実を証明することが、その子の為になると言い切れるんだ?」

「そ、そんなの当たり前だろ? 人殺しだって疑われ続ける人生より、無実だと証明された人生の方が、幸せに決まってる!」

「そうその子が言ったのか?」

「え……?」

「その疑われている子、とやらが、君に、助けて欲しいとそう言ったのか?」

「それは……」

「現状に満足していないと、そう言ったのか?」


 言っていない。

 そもそも、話すらしたことないんだ。彼女の気持ちなんて、わかるわけもない。

 でも、そんなの、当たり前じゃないのか?

 俺が、一人で先走っているだけ、なのか?

 それが普通じゃないのか?


「君はとても人間らしいな。至極人間臭い」


 唐突に金髪の女はそう乾いた笑いを見せた。


「だってそうだろう? 君はそうやって客観的な建前を利用して、その子への情愛の念を満たそうとしている。君の本音を当てようか? 君はその疑われている子のために殺人犯を突き止め、無実を証明し、そしてその子からの感謝の言葉、感謝の思いをもらい、そして結末として君はその子の心を自分のものにしたい。違うか? その子の幸せのため、なんてお涙頂戴の犠牲心なんてものは所詮建前。綺麗事。そう、偽善さ。君は結局自分のために今を行動しているに過ぎない」

「それ、は……」

「何も取り繕う必要は無いよ。私は褒めているんだ。君はとても人間らしくて、羨ましい、と。そういった下心は人間として当然さ。何も恥じることは無い。それを否定する人間なんて、その時点で話す価値も無い」


 僕は何も言い返せなかった。

 否定したい気持ちはある。ただ、自分がそれをすぐさま否定できなかったこと、それ自体がそれが間違っていないという証拠でもあった。

 自分のその浅ましさが、酷く虚しい。


「殺人犯だと思っている私に、勇気を出して声を掛けたのは素晴らしい。そしてこうして刃物を向けられて逃げなかったのも素晴らしい。君は本当にその相手の事を想っているんだろう。生半可な想いじゃできないことだ。それだけでも一般人とは違う」

「……」

「じゃあそれでいいんじゃないか? 君は頑張って、自尊心を満たせた。胸を張って自分は頑張ったんだと言えばいい。誰も笑いはしないさ。私も、そしてその子も」


 そう言って金髪の女は僕に向けていた刀を降ろし、鞘に納め、そしてまた腰の後ろに仕舞いなおした。


「頑張ったね、有難う。そんな言葉を君の想い人は掛けてくれるだろうさ。自分のためにそこまで頑張ってくれた相手を蔑ろにはしないだろう。それで君の目的は達成される。それでいいだろう? 君の求める結末には至れるんだから」


 彼女はその金髪を揺らしながら僕の背を向け、


「疑問はあるだろう。納得もいかないだろう。でもね、知らなくて良い事というのは、この世界には多分にあるんだよ。この事件に関してもそう言った少々複雑で非凡な事柄が絡んできている。君にそれだけは教えておくよ。それで納得してほしい。まぁしなくても普通の君にはどうしようも無いことだけどね。ただなんであれ、君には無関係の話さ。普通の人間には、関わりのない、関わるべきでない話。だから君はただただ一般人をやっていればいい。その方が、君は幸せだ」


 そう告げた。

 僕には、関係の無い話だと。

 無関係だと。

 僕は部外者で、何の力も、そして何の必要性も無い、存在なのだと。

 ただの、一般人。


「一つだけ、聞かせてほしい」


 去ろうとするその女の背中に、僕は声を掛ける。


「……なんだい?」

「この連続殺人事件の犯人は、黄泉路さんじゃないんですね?」

「さぁ。君がそう思うなら、それでいいんじゃないか」


 そう最後まで結論を濁して、少しだけ微笑んだ。悔しいけれどひどく美しい。

 僕は彼女が暗闇の向こうへ消えていくのを、ただ呆然と見ていることしかできなかった。

 そして僕は一人、殺害現場に残される。

 今起こったことを、整理する時間が必要だった。

 僕はおそらく、異常に触れたのだと思う。非日常に、出会ってしまった。

 それは本当に僕なんか一般人には理解できない、手の届かない場所。

 だから今のはイレギュラーな遭遇で、僕は間違った世界に足を踏み入れてしまっただけ。

 そしてそれが、自分がどうしようもなく何の価値もない一般人だったのだと理解させられるキッカケとなった。


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