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クオリア~十人十色の異聞奇譚~  作者: 色川玉彩
1 The normal chapter ~The abnormity all the time~
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健全なストーキング

良くない場所ってなんか空気でわかる

 隣町に来た。

 現在午後十時。空は真っ暗である。


 普段僕が利用している地元の駅から、もう一駅だけ学校とは反対側にある駅に降りた。この駅を利用することは、ほとんどない。遊びに来るところでもないから。

 この街は巷で「橋の向こう側」という言われ方をする。それはこの街と僕等の住む街との間に、大きな川が一本横切っているからだ。故に電車にしても車にしても、大きな橋を渡らなければ、この街には来れない。


 だから「橋の向こう側」、もしくは「あっち」と呼ばれている。

 どうしてその街本来の名前ではなく、そんな通称で呼ぶことがあるかと言うと、この街が、あまり良く思われていないかららしい。それはこの街が何の娯楽性も無い街だからでも、わざわざ旅の途中で立ち寄る場所ですらないからでもない。そんな価値の無い街など、多分にある。


 それは、この街の治安が、あまり良くないかららしい。


 さっきから、らしいらしいと言うのは、これは結局僕が両親からそう教えられているからに過ぎないからであり、僕自身、それを肌で感じたわけではないから。というか、この街に来ること自体、初めてである。橋を渡って、この街を通過してその先に行くことはあるが、この街に止まったことは初めてなのだ。


 話を戻すと、結局この街は忌み嫌われているのだ。

 どんな街にも、あまり近寄らない方がいい場所というのがある。それはやはり僕等若年層にはわからないしがらみであったりなんだったりが理由であるわけだが、この街は、この街自体が、そう考えられている。

 考えられていると言っても、別にそう声に出して皆が注意を喚起しているわけではなく、ただ何と言うか、できれば関わるな、と言った、暗黙の中でタブー視されている感じ。だから両親もこの話をする時に、僕に絶対近寄るなとは言わない。まぁしかしその言いにくい感じに話す両親の姿を見ていれば、僕自身、ああ止めとこうかな、と自分の中にそういう考えが生まれるのだから、不思議である。


 そんなこんなで、僕は人生で初めてこの街に来たわけだが、予想外に、この街は明るかった。もっとこう、殺伐としているような、どんよりした雰囲気があるのかと思っていたが、しかし駅前はとても賑やかで、多くの居酒屋やファストフード店に明かりが灯っており、そこには近くの大学生や、仕事終わりのサラリーマンなどが、楽しそうにたむろしていた。


「……ていうかむしろ、うちの街より発展してるんじゃないか」


 正直、親に騙されていた気分だ。田舎だと思っていたこの街が、しかし自分の街よりもよっぽど賑やかにしているのを見て、そう感じた。完全に僕の思い違いだったみたいだ。


「まぁそりゃそうか。今の日本にそんな日中犯罪が横行しているような治安の悪い街があるとは到底思えないしな。考えればわかることか」


 確かに居酒屋などで飲んだあとの大学生らがたむろっているのを見るに、彼等が時に喧嘩をしたり、罵りあったりして事件が起こることはあるのだろう。しかしそれがイコール治安の悪さというには、いささか無理があるように感じる。

 両親の過剰な心配。それに尽きると思った。

 よくよく考えれば、この街から僕と同じ学校に通っている人はそれなりに多い。

僕はどこかホッと安心して、前方を注視した。


 ではどうして僕がこの街に降り立ったのか。

 いつも通り塾の夏期講習が終わり、そのまま電車に乗って帰るところを、しかし僕が一つ駅を乗り越して、わざわざこの街に来た理由。


 それは黄泉路さんのあとをつけてきたからである。

 そうだね。ストーカーだね。


 もう否定はしない。これは完全なるストーキングである。僕は気持ち悪いさ。


「自己嫌悪だ」


 そう誰にも聞こえない声で呟いた。

 でも一つだけ誤解を解いておきたい。別に僕は彼女のことをどうこうしようと思ってストーキングしているわけではない。そんな度胸は僕には無い。

 僕が塾終わりに、黄泉路さんの後をつけたのは、それは彼女の無実を証明したかったからである。今現在、確かに連続殺人事件は起こっている。少しだけ調べてみた結果、その全てに黄泉路さんが少なからず関わっていることは確かだった。


 初めの事件は言うまでも無く、ここ最近の事件も、彼女の学校の生徒が数人殺され、そして彼女の通う塾のすぐ側で同じ事件が起こった。

 それに対し、何かしらの疑問を持つ事は、人として当然だろう。僕も彼女を好いてさえいなければ、疑ったと思う。それは否定しない。でも現状の僕は、彼女が好きなのだ。だから彼女の無実を証明してやりたい。人から疑われることなく、普通の女子として暮らせる日々を与えてあげたい。

 そうすれば、僕も堂々と彼女と付き合うことができるはず、である。


 いや、もちろん彼女の気持ちの問題もあるんだけどね。僕だけ一方的に想っていても、それはただの片思いだから。

 なんにしても、先ずは彼女の無実を僕が証明してやりたい。

 謂れの無い非難から、彼女を解放してあげたい。


 そう思って、彼女の後をつけた。昨夜、ああして新たな事件が起こった以上、近日中に第四の事件がある可能性は高い。そしてその事件は、高確率で彼女の身近で起こるのだろう。

 ならばそれを僕が見ていればいい。彼女が人を殺すところを、見届ければいい。そして彼女が何もしていないのに、事件が起これば、彼女の無罪は証明される。偶然真犯人の姿を見られれば、それはそれで一件落着となる。

 彼女が何もやっていないと、証明される。


 だからそのために僕ができることは、彼女の動向を探ることだけだった。彼女のあとをつけ、彼女が家に帰るまで、何もしていないということを僕が見届ける。

 次の事件が起こるまで。

 昨日、悩んだ末に、すこし背徳感に苛まれはしたが、そう決意した。

 多分彼女の無実を証明しないことには、自分の勉強に全く集中できる気がしなかったから。これは自分のためでもある。


 そういう経緯のもと、僕が健全な理由で彼女をつけていると、彼女は賑やかな駅前を、しかしほとんどどこに立ち寄るわけでもなく歩いていき、真っ直ぐ道に沿って駅から離れて行った。

 初めは賑やかだと思ったこの街も、しかし少しずつ駅前を離れて行くごとに、静かに、そして暗い雰囲気が漂ってくる。こんな時間で、車もほとんど通らない。

 あまりの人の少なさに、僕は離れて後ろを歩いているのがバレるのではないかと思ったが、しかし彼女は全く後ろを振り向くことなくスタスタとおそらく家の方向に向かって歩いていた。


 やはり彼女は姿勢がいいな、とその後姿を見ながら思ったりもした。

 頭の中もほとんどストーカー状態だった。


 僕はあくまで正義の行為なのだと頭を振って不純な思いを吹き飛ばす。

黄泉路さんは駅から十分ほど歩いたところで右折し、大きめの道路から外れて、細い、より暗いところへと入っていった。

 こんな時間にあんな可愛らしい女子高生が外を歩くべきじゃない。そう心配に思ったが、しかしそれをあまり気にせず堂々と歩ける黄泉路さんの精神の図太さにも驚いた。


「そうか、注意してくれる家族も友達もいないのか」


 誰だって親が言うことから学ぶのであり、暗い道を、しかも連続殺人が横行している中で一人で歩くなと注意されなければ、わからないことなのかもしれない。

 しかしもしかすると、彼女が犯人であるが故に、襲われる心配が無い、と考えているからこその堂々さかもしれない。


 僕はそう考えてすぐに頭を振った。

 いけないことを考えてしまった。

 あくまで可能性の話だとはしても、それは良くない考えだった。


 しかし道路を横断する際に車なんかほとんど走っていないのに左右を確認して小走りにはしる黄泉路さんは素晴らしく可愛いかった――ってダメだダメだ。だからそれじゃあただのストーカーなんだって。不純な考えは本当にやめよう。

 そう僕は思い直って、彼女に続いて細い小道に入っていくと、そこはまた一風変わった、周囲に木々がたくさん生えている、鬱蒼とした世界が広がっていた。

 さっきよりも静かで、人の気配が全くしない。


 そこでふと、皆がこの街を危険視する意味が、わかった気がした。

 彼等の言う治安の悪さというのは、この辺りのことを言っているのではないか。確かに駅前の明るい雰囲気は、ここにはもう全く無い。僕が想像していた田舎、そのままの世界が広がっている。確かにここでは、良くないことが起こりそうだった。


「ん?」


 暗い小道を僕の五十メートルくらい先を歩いていた黄泉路さんが、ふっと、視界から消えた。慌てて小走りでその消えた場に近づくと、右手に小さなアパートが建っていた。

 おそらくこの小さなアパートが、彼女の家なのだろう。

 いよいよ、知り合いでもないのに家に辿り着いてしまった。

 もはや言い逃れのできないストーカーである。


 暗い背景の中、ジッと目を凝らして見ると、彼女は二階建てのアパートの二階、その一番端の部屋の鍵を開けて、入っていくのが見えた。

 無事、帰宅である。

 やはり何も起こらなかった。

 彼女の家の窓から小さい灯りが点いて、彼女が家にいることを僕は確認した。


 しかし彼女、一人暮らしだったのか。両親が死んでいるのは聞いていたが、しかしじゃあ誰が彼女を養っているのだろう。祖父母かな。だとしたら一緒に住んであげればいいのに。黄泉路さんがあまりよく思われていないからか? だったら彼女を塾に通わせるなんてことも認めないような気もするが……それは僕にはどうにもわかりきらない事だ。


 とかなんとかアパートを見渡せる場所で三十分くらい立ち尽くしていたら、黄泉路さんの家の灯りが、消えた。その後彼女が家から出てくることもなかったので、おそらく就寝したのだろうか。彼女はどんなパジャマを着て寝ているのだろう――ってこらこらこら。


 ここまで見届ければ、大丈夫だろう。

 僕もそろそろ帰らなければ、終電が無くなる。さっきから母親からメールが来まくりだし、早く帰らなければ面倒だ。

 今日どこかで事件が起こっていないだろうか。そう期待するのは不謹慎ではあったが、でもそう期待せずにはいられない。僕が今一番大事なのは、他人の命ではなく、黄泉路さんの無実なのである。


 今来た道を引き返し、僕は早足で先の大きな道路に出ようとした。

 その途中、小さな三角形の公園が右手に見えた。ブランコと、滑り台くらししかない、本当に小さな公園。

 その公園が僕の視界に入り込んできたとき、同時に、僕の目にその異常が飛び込んできた。


 それは、赤。


 公園を照らす月明かりの木漏れ日の中。


 赤い赤い血が。


 噴水のように。


 舞っていた。


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