関西弁の刑事
関西弁ってこわい。わかる。
「殺人? いつ誰が殺されたんですか?」
「まだ身元は確認できてないよ。発覚したのも本当についさっきでね。まだニュースにもなっていないはずだよ」
そうだ。そんなニュース僕は見ていない。
「殺されたのは、おそらく昨日の晩かな。まだ正確には出ていないけど。そこで訊きたいんだけど、君の通う塾っていうのは何時までやっているのかな?」
「それは人によって違いますけど、大体最後の授業は十時半ごろに終わります」
「最後の授業は結構な人数が受けるのかな?」
「どうでしょう。多分今は夏期講習の時期なので、二年生と三年生の夏期講習の受講生と、あとは最後まで自習室に残っている人くらい、ですかね」
「君は?」
「昨日なら、僕もいました。終わったのは九時半過ぎでした」
「その時、何か変な人を見かけたとか、変な物音がしたとかはなかったかな?」
「……いいえ。全く」
僕は昨日のことを思いだしながら、しかし何も気付く事はなかったと確信し、そう告げる。すると、二人の刑事は難しそうに小声で会話をし始めた。その声でも、やはり初老の刑事さんは終始苛立ち気味に話していた。
「あの、事件ってことはもしかして、例の連続殺人事件、ですか?」
僕はどうしても気になっていたことを、尋ねた。今この辺りで殺人事件とすれば、それとリンクさせるのが、当たり前だ。
すると若い刑事さんは一瞬困惑したように僕を見て、
「いや、まだわからないよ。そもそも前の二件の事件が連続殺人と決まったわけでも――」
「そうや。連続殺人。四件目の事件や」
若い刑事さんが話している最中、低い、渋い声が、そう割り込んでくる。
「ちょ、それはマズいですって……」
断言する初老の刑事に、若い刑事が苦言を投げる。しかし初老の刑事は止まらなかった。
「どうみても一緒やろが。首から上、すぱっと綺麗に吹き飛ばす事件の犯人が何人もいてたまるかいな」
はぁ、と諦めたかのように若い刑事は頭に手を当ててため息をついた。
「でや、坊主。ワシが聞きたいんはそんなことやないねん」
初老の刑事は見下ろしながら高圧的に訊ねてきた。年齢なのか、性格なのか、相手に遠慮するという謙虚さは持ち合わせていないらしい。
「君はあの塾に、黄泉路蜜、っちゅう女の子が通ってるんは知ってるか?」
その言葉に、彼女の名前に、僕は素直に言葉を失った。
どうしてここで彼女の名前が出てくるのか。そんなことは、全く予想していなかった。
「し、知ってますけど、どうしてですか?」
「それ以上は本当にマズイですって!」
若い刑事が静かにそう叫んだ。キョロキョロと周囲を見渡す。
しかし初老の刑事に対して強くいけないのか、その弱々しい静止は全く意味をなさず、初老の刑事は無視して言葉を続けた。
「ほっとけ。ワシはワシのやり方があんねん。坊主、この事はあんまりおおっぴらにせんといてくれるて約束してくれるな? 守秘義務、っちゅうやつや。分かるな? 勝手に話洩らしたら、捕まるんやぞ?」
「……ええ。わかりました。大丈夫です」
「ほら、これでええやろが」
「もうっ、知らないですよ」
もちろん守秘義務がそんなことではないことを僕は知っている。それはそういう立場にある人間に課される義務であり、僕のような何の力も持たない一般人に、そんな義務は無い。
しかしそんなことはどうでもよく、僕は話を先に進めたかった。
彼女が、黄泉路蜜の名前が出された、その理由を。
「黄泉路さんが何か、関係があるんですか?」
「何や、知り合いか?」
「知り合い……ってほどじゃありません。同じ塾で同じ授業を受けてるだけ、です」
そう認めざるを得ない自分が、少しだけ情けなくなった。
結局僕は、未だに彼女と知り合いにすらなれていない。
「そうか。で、その黄泉路蜜がこの塾に通い始めたんはいつからや?」
「え……夏休みの初め、夏期講習の時からですから、一週間ほど前からですかね」
「何でこの塾に通い始めたとか、わかるか?」
「何でって……そりゃ受験のためじゃないんですか?」
「じゃあ黄泉路は毎回ちゃんと授業に出とるんかいな? 昨日はどうやった? 早退したとか、来てなかったとか、何か様子がおかしかったとか、なかったか?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
矢継ぎ早に質問をしてくる刑事さんを、僕はそう言って制した。
「それは、どういう意味での質問ですか?」
「どういう意味てなんや」
再び刑事は僕を不機嫌たっぷりの目で見下ろした。この刑事さん、やっぱり怖い。そのキツイ関西弁も相まってか、まるでヤクザにでも威圧されてるような、そんな圧迫感を感じる。この刑事に目をつけられたら、僕ならすぐに根を上げる自信がある。
「まさか、黄泉路さんがやったなんて、考えてるんですか?」
「……」
刑事は視線を僕から外し、小さく舌打ちをした。
「彼女はずっと授業を受けてましたよ。教室を出た時間も、僕とほぼ同じです。もちろんここを通りましたけど、黄泉路さんはまっすぐ通り過ぎています。間違いなくそんな殺人なんかしてないですよ」
「……なんや、えらい詳しく知っとるやないか。君、怪しいな」
「ええっ!? ち、ちが、違いますよ! 帰る時はみんなこの道を通るんです! 同じ夏期講習を受けてるので塾を出る時間も同じで……」
慌てて否定する。理論的には間違っていないはずだ。あとは僕の顔と声色が平常であることを願う。
しかし刑事さんの訝しむ目はいっそう濃くなり、
「まぁええわ。いち参考意見として受けとっとこ」
「参考って……絶対彼女じゃないですって!」
「……なんや、君、えろう黄泉路蜜の肩持つなぁ。別に知り合いでも何でもないんやろ?」
「なっ、肩を持つとか、そういうことじゃないですよ! ただ事実を言っただけで――」
「ほな、なんでそこまで詳しく黄泉路蜜のこと観察しとるんや」
「そ、それは……」
「君は、どう思ってるんや? あの子が、三年前の殺人犯やて疑われてること」
三年前。彼女の両親が惨殺され、彼女が犯人だと噂されていること。
「それは……でも、所詮噂ってだけで、彼女がやっていないのは明白なんでしょう?」
「でも今んとこ犯人があの子以外考えられへんのも、事実や」
「あの橙堂って教師が犯人なんですよね?」
「あくまで容疑者や。でも生きとるかもわからん奴や。罪被せられて殺された可能性もある」
「だ、だったらまずはそれを明らかにしてくださいよ。それが警察の仕事でしょう?」
僕が勇気を出して非難すると、刑事さんは何かを思い浮かべるように視線を上にあげて、鼻で笑った。
「わーっとるわ。だから今こうやって怪しい人物のことを調べとるんやろが」
どうして。
どうして皆こうなんだ。
彼女が何をした? あんな華奢な女の子が、連続首切り殺人? しかも証拠を一つも残さずに? できるわけないじゃないか。そんなもの、誰がどう考えたって、不可能だろう。
「悪いな。坊主。君は無関係そうやしもうええわ、ありがとさん。勉強、頑張りや」
何も言い返せず黙る僕に、刑事はまるで興味を無くしたかのようにそっぽを向いてそう言った。まるで読み終わった本のように、彼は僕から興味を無くしたようだった。
「本当に、すいません。ご協力感謝します」
その場に残った若い方の刑事さんが、優しい笑顔で僕にそう言い、頭を軽く下げてくれる。ただそれでも僕の中の煮え切らない何かが、解消されることはなかった。
「またお話を訊かせてもらうことがあるかもしれませんが、その時はお願いします。では、くれぐれもお気をつけて。できれば夜は出歩かないようにしてください」
そう言って若い刑事さんは初老の刑事の後を追っていった。
僕はその場に取り残される。このまま振り返って塾に向かわなければならない。
ただそんな気分ではなかった。
――無関係。
その言葉が、何故か妙に心に引っかかった。心に小さな傷をつけた。
「……くそ」
誰に毒づいたのか、あの刑事か、それともこんな世の中か、はたまた、僕自身にか。
多分、全部だと思う。




