あの女はやめとけ
客観的意見ってだいたい合ってるから大事。
耳を傾けるべし。
「黄泉路蜜ってのは確かに容姿は美人だしな。主席で入学してるはずだし、頭もいい。日本女性らしく黒髪で、大人しくて、和服が似合う清楚なイメージもある。男なら好きにならない理由が無い」
「めちゃくちゃ褒めるね」
乍がこうして素直に人を褒めるのは珍しい。
「事実だからな。それにしてもあの黄泉路って、悉く男子を振ってるんじゃなかったか? 全員玉砕してるとか」
「そうなのか。僕は名前をこの間知ったところだから」
「何だ、あんなに有名なのに、知らなかったのか」
有名。
殺人犯、と噂される少女。
「その噂自体は何度か聞いたことがあったけど、でもそれがあの子の容姿と結びつかなかったんだよ。まさかそんなことを噂される人間には見えないからな」
本当に、今でも信じられない。
彼女は僕と同じ塾に来て、一週間経った今でも、大人しく真面目に勉強している。とても噂通りの女子とは思えなかった。
ただその噂もあってか、あまり人が近づかず、未だに友達らしき人はいないみたいだ。
でも彼女自身がそれを気にしている様子も無く、僕はどうして彼女がそこまで疎まれるのか、それが全く理解できないでいた。
「聞いた話だと、その黄泉路さん、喋ってすらくれないらしいよ」
「おうっ! ビックリしたなぁもうっ!」
急に、ずっと中庭をうろうろしていた古都が、ベンチに座る僕を下からしゃがみ込むように見上げていた。開けられたボタンの間から、胸の谷間がチラリと見える。汗ばんでいてなかなかにいやらしい。
まぁ兄妹みたいなものなので、そこまで興奮するわけではないが。
「喋ってすらくれないってのは?」
「何かね、ぜーんぶ、無視されるらしいよ。友達がいないっていうか、作る気が無いって感じっ。皆は黄泉路さんがテングダケになってるって言ってるらしいけど」
「天狗な。キノコかよ」
友達を作る気が無い。全てを、拒絶している。
そう。彼女は、そんな感じだった。
「でも頭が良くて顔がいいからって、学校生活で他の生徒を敵に回すようなことをわざわざやるか? 普通。三年間も辛い思いをするのなんか耐えられる気がしない」
「俺も同意見だな」
僕の言葉に、乍が賛同する。
「聞いた話じゃ、その両親を殺したとか噂されてる事件までは、普通の子だったらしいしな。だから多分、事件絡みで思うところがあったんだろうよ。周りに変な目で見られれば、誰だって疑心暗鬼になる。人間ってのは、はっきりしないものを遠ざけたがるからな。だから多分、黄泉路が回りを避ける前に、周りが黄泉路を避けたんだろうよ」
多分、そうなんだろう。僕もそう思う。
殺人犯と噂される。それは事実だろうがそうでなかろうが、噂になった時点で、社会的に大きなハンデを抱えてしまったと言っていい。その犯人が捕まっていないとすれば、なおさらだ。殺人犯である可能性を持つ少女を、人は心から受け入れることはできない。その結果、その人と距離を置く。人によっては、心無い言葉をかける。
そんな相手に心を開くのは、無理だ。
だから彼女は周囲を避けているのだろう。面倒にならないように。
「でも最近、変わったんだよなぁ。目つき、というか顔つき全体が柔らかくなった」
僕は何気なく、電車の中の彼女を思い出して、そう呟いた。
「変わった?」
「うん。なんていうか、その周囲を遠ざける雰囲気が無くなったって言うか、そうだなぁ。具体的に言えば、目つきが鋭いことには鋭いけど、優しくなって、ああそうだ、少しだけ笑ってるようにも見えるかな。ちょっと色っぽいというか、唇に艶が出たみたいな」
僕は思ったことを、そのまま乍に告げる。
抽象的すぎて、伝わっているかどうか、わからないけど。
「あー、そうか」
「ん? どうかしたか?」
何かを一人で納得する乍に、僕はそう尋ねた。
「いや、何でもねぇよ」
「何だよ、言えよ」
「馬鹿だなぁ、ジンジンはっ!」
しかし僕の追及に嬉々として応えたのは、乍ではなく古都。古都は僕を下から見上げつつ、人差し指を立てた。その顔はかなり笑っている。こんなにキラキラした古都は、久しぶりに見た。
「それは――んぐっ!」
もう少しで全てを言い切りそうだった古都の口を乍がその手で塞いだ。
「おーっし。そろそろ休みも終わりだし、戻るぞ」
もごもごと抵抗する古都を脇に抱えながら、乍はすたすたとこの場を後にしようとする。
「おいっ! なんだよ! 言ってよ!」
僕が後ろからそう言って駆けつける。
しかし古都はハムスターのように乍の手に噛み付いているだけで、乍は乍で、何でもねぇの一点張りだった。
「だから何でもねぇよ。気にし過ぎだ。それよりもジン」
「何だよ?」
「これはあくまで俺個人じゃない、ただの客観的意見なんだが、その女だけは止めとけ」
「どうして?」
「本当か嘘かは置いておいて、殺人犯と噂されて、しかもあれだけ周囲に忌み嫌われてる人間だ。それと付き合うことが、どれだけ難しいことか、それは分かるだろ」
「……わかる、けど。でも――」
「お前は、全部を敵に回してでもあの女と付き合っていくだけの勇気や、度量がある人間じゃないだろ」
「……」
乍の言葉に、僕は何も言い返せない。
いつも、僕は彼に口喧嘩で勝てない。
それは、事実だから。
「だからやめとけ。偽善は、それを与えられた人間も、そして行った人間も、誰も幸せにはしない。まして下心なんか、すぐに逃げ出すに決まってる」
乍はそれだけ言うと、再び前を歩き、教室に戻っていった。
残された僕は、少しだけそこで立ち尽くした後、チャイムが鳴るのを聞いて、教室へと戻った。




