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クオリア~十人十色の異聞奇譚~  作者: 色川玉彩
1 The normal chapter ~The abnormity all the time~
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夏休みなのでとりあえず塾

塾に通っとけば安心なところある。

 そのまま三人で話しながら帰り、家に着いたのだが、しかし何度も言うが僕は一応受験生の一人でもあるため、一時間ほど家で休憩をした後、再び電車に乗りなおして、僕の通っている塾へと向かった。


 塾は学校と自宅との丁度間くらいにあるため、掛かる時間も半分ですむ。

 定期券を使って改札を出て、すぐに百八十度ターンするかのように曲がり、駅のホームに沿う形で進むと、塾がある。徒歩一分。もう塾と駅とを、直接繋いで欲しいくらいだった。


 しかし駅の真横にも関わらず、この塾は日当たりの悪い、人気の無い場所に位置しており、塾に行く人間以外はそこを通らないほどである。そのため、どこか暗い雰囲気がある。個人的にはこの暗さが、俗世を離れて勉強するのに最適だと思ったので、この塾選んだ。


 嘘だ。

 母親が勝手にこの塾を申し込んでいただけだ。それなりに実績のある塾でもあるらしい。というか間違いなく、学校までの定期券の範囲内だからだ。

 まぁ結局勉強など誰に教えてもらうかではなく、自分でどれだけやるかなので、僕はどこでもよかった。ただ勉強しなければならないという環境が欲しかっただけだ。


 専用のカードキーを挿し込んで建物に入ると、まだ講義の時間ではないのに、ちらほらと塾生がいるのが目に入った。僕は自主勉をしようと早めに来たつもりだったのだが、それは皆考えることが同じらしかった。こういうのを見ると、もっと早く来てやらなければいけないのかな、と内心焦ったりもする。

 やはり環境というのは大事だ。できない人間にとっては。


「よう。ジン」


 自習室の鍵を借りようと、僕が職員室のドアを開けると、その中にいた背の高い男子生徒が僕を見て声をかけてくれた。


「先輩。こんにちは」


 彼はこの塾に通う一つ上の大山おおやま文明ぶんめい先輩である。

 僕とは違う制服を着ており、その通り、別の鳴動めいどう高校に通っている。僕等の学校よりも2ランクほど頭の良い進学校だ。ここら一帯の高校の中でもトップと言っても過言ではない。その中でも大山先輩は群を抜いて頭が良く、かといって偉そうにしない、僕みたいな馬鹿な人間にも分け隔てなく接してくれる。

 そんなところが、僕が彼を目標としている理由でもある。


 たった一つしか違わないのに、どうしてここまで大人なのだろうか。自分とどうしてこうまで人間レベルが違うのか、それが不思議でしょうがない。友人間では比較的大人だと思われている僕でも、先輩の前では子供であることを実感せざる終えない。


「何だ、今日は随分と早いな」


 自習室の鍵の貸し出し欄に名前を書く僕を先輩が横から見てそう言う。


「今日で学校も終わったので、本格的に勉強モードです」

「受験生って、お前はあと一年半もあるだろう」

「そうですけど、まぁ、なんとなく。心配性なんです。僕は。周りに勉強を始めている人がいたら、自分もやらなきゃ、って焦るんですよ。そしてその焦りのせいで、遊んでいても落ち着かないんです。何も身に入らない。だったらもう割り切って勉強しちゃおうかなって」

「なるほどね。ま、間違ってはいないけどな。お前らしいっちゃらしいか。でもこの時期から勉強詰めってのは、相当な大学を狙ってるのか?」

「いえ、それが全く考えてないです。それに別に勉強詰めにするつもりもないですよ。今日は気分が乗ったから来てみただけですし。大学は、まぁ最低四私大には合格できるくらいに考えています」

「そうか。でも四私大も最近はバリューが落ちてきてるからな。生意気に先輩からのアドバイスをしとくなら、国立を狙っとけ。漠然と就職する時にはそっちの方が断然有利だと思うぞ」

「ありがとうございます。考えときますよ。それにしても先輩も早いんですね」


 僕は進路の話はあまりしたくなかったので、そう言って話をすり替える。


「まぁな。俺の方が受験生だしな。一生に一度の大学受験さ」


 先輩は嘆息しながら片手でジェスチャーを取った。


「でもこの間、模試の結果でA判定が出たんじゃなかったでしたっけ」

「模試は結局模試でしかないさ。『IF』だからな。なんつって」


 僕は先輩をジト目で睨んだ。


「はっはっはっ。マイケルだマイケル。ジョーダンだ」


 先輩はほとんど完璧な人間なのにも関わらず、こうしてたまにしょうもない駄洒落を挿んでくるところがある。初めは僕も愛想笑いをしていたのだが、最近はこうしてジト目で返すことにしている。

 ま、愛嬌があって良いのだが。そしてこういった親しみやすい部分も、僕にとっては尊敬できる部分である。


「でも確かにそうですよね。先輩の夢を考えたら、もっと頭の良い人がいるでしょうし、気は抜けないですね。医者、でしたっけ」

「そういうことだ。それにな、俺の勉強は受験で終わりじゃないからな。大学に入ってももっと学ぶことがある。それを考えたら、勉強を休むなんてありえないんだよ」


 さっきまで下らない駄洒落を言って笑っていた先輩が、一転クールな、本来の彼相応の顔つきでそう呟く。


 あと何年も、何十年も勉強をし続けるのか。僕には、考えられないな。

 はっきり言って、僕の中のゴールは大学入学だ。それまでは頑張るつもりだが、しかし、その後は熱心に勉強することもないだろう。本当に先輩には頭が下がる。


 彼は僕の尊敬する、目標とする人物ではあるけど、しかし同時に彼には絶対に成れないこともまた明白な事実だった。

 成れないからこそ、憧れる。人とはそういうものだ。

 そして逆に自分に似た、同じような人間を毛嫌いするところがある。

 同属嫌悪というやつだ。


「おっと悪いな。これから自習だろ」

「いや、全然大丈夫ですよ。どうせ今日から始まる夏期講習までの時間つぶしですしね」

「ああ、今日からなのか。ま、俺もなんだけどさ。あーあ。しょうがない。俺も篭るか」


 先輩はそう言って両腕を左右に伸ばし、職員室を出て行った。

 その後を僕も追い、クーラーのよく効いた静寂なる自習室へと入った。


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