普通の少年
もういくつ寝ると還暦かな
『――えー、とは言いますものの、やはり三年生には最後の夏休みでありまして、えー、同時に、えー、二年生も翌年に受験を控えた夏休みであり、えー、大半の高校生にとって、えー、この夏休みはこの先の未来を左右する分岐点となるわけでありまして、えー、あー、うん。もう、いいや』
毎度の如く、話すのが死ぬほど嫌いな校長が話すのを放棄し始めて、それに必死に鞭打って話させようとする教頭という見飽きたシチュエーションが繰り広げられているのは、僕の通う西藤高校の終業式である。
僕にはあの人が校長になれたのが、未だに信じられないでいる。話すのが嫌い、というよりはもうあれは生きるのがメンドクサイ、という感じだ。
校長の話からわかるように、今日で一学期が終わり、夏休みに入る。
本来ならばドキドキワクワクな心持ちでこの日を迎えるのだろうが、残念ながら僕はたいして嬉しくは無い。
「……受験かぁ……」
隣に立つ銀髪の少女が、そう憂鬱に呟いた。
彼女は小島古都。通称コジコト。中学から一緒の女の子である。
「ねぇジンジン聞いてる?」
「喋ってると怒られるよ。それとジンジンって言うなって言ってるでしょ」
付き合ってると思われるだろう。
いや、彼女自身その容姿がとても可愛らしくどこかのアイドルグループの五番手くらいにでもいそうなくらいなのだが、しかし容姿が優れているからと言って全ての男が好きだと言うわけではない。そしてそれは僕に当てはまる。
出会った当初はハーフみたいで可愛い子だとは思ったが、なんというか友達として付き合っていく上で、男と女ではなく、双子の兄妹のような関係になってしまったため、恋愛感情まで発展することなく僕は今に至った。
まぁ彼女もそれ故に僕のことを親しくあだ名で呼ぶのだが、そんな部分を何も知らない周囲が理解してくれるとは思えず、必然、僕等が付き合っているという噂がちらほらと聞こえてもくる。
僕としては、不愉快だ。とまでは言わないが、困ったものであることは確かだ。
「だって受験だよー。んー。やだなぁ……」
「別に絶対に大学に行く必要はないだろ。やりたいことがあるなら、大学なんか行かないで自由な道に行けばいいさ」
「それは、そうだけどー。ジンジンの本音は?」
「大学は行っとくべきだ。社会の底辺になりたくないなら、最低はね」
そう、この夏は一年半後の大学受験に向けて、勉強三昧の日々となる。僕も周囲の流れに逆らわず、塾の夏期講習にも申し込んである。
しかもそれが今日から始まるというのだから、休まる暇なんて全く無い。
「嫌だなぁ、勉強」
「僕だって好きってわけじゃない。でもやらなきゃならないだろ?」
「どうして?」
「だって、ほら、世の中、それが普通だし」
「普通、か……。なぁんか、しっくりこないなぁ」
古都は一瞬怪訝な顔でこちらを見、納得行かない様子でそう言った。
「なあ古都。この夏が受験生にとってなんて言われてるか知ってるか?」
「知ってるよ。夏休みは受験の天保山でしょ?」
「低ッ?!」
それは何の苦労もいらないじゃないか。まぁ別に高さの問題ではないからいいのかもしれないが、しかし天保山に制するほどの価値は見出せない。
「あれ違ったっけ。夏は受験のライジングサン?」
「一周回ってむしろ正しいだと?!」
まさか横文字を入れてくるとは思わなかった。
天王山よりも意味が分かりやすくて使いやすいかもしれない。
「あ、終わった」
古都の言葉に舞台を見ると、確かにようやく校長の嫌々の演説が終わったところだった。
どれだけ面倒だったのか、校長は最後は膝立ちで演説台に腕を乗せて喋っていた。
そんなに面倒なら、もうやめてしまえよ。
教頭が変わってマイクで話をし、ようやっと終業式が終わった。
教室に戻ると、そこでは夏休みの宿題配布や、夏休みにある勉強合宿の案内。そしてこの夏の重要性などを、担任の教師が本気で心配してくれているのかどうか、よくわからないテンションで淡々と話を進めていた。
正直、教師としては面倒なんだと思う。
これはいつも思うことだ。学校の教師にしても、塾の講師にしても、毎年毎年同じことを教えるというのは、明らかに苦であろう。しかも教える相手が総じて馬鹿な子供なのである。さらに反抗期なやつも大勢いるときた。
ストレスが溜まらないわけがない。
生徒からすれば、人生で一度の出会い、そして学びなのかもしれないが、教師からすれば毎年毎年ゼロから馬鹿を教育していかなければならないのは、常に同じゲームを定期的にデータを消去して1からレベル上げをしているのと同じではないだろうか。
なので、僕は明確な将来の夢というものは無いけれど、教師にだけはならないと決めている。もっと言えば、教師というものは、なりたいものが無い人間、もしくわなりたいものになれなかった人間が仕方が無くなるものだと思っている。
もちろんただの偏見だ。
いくらでも反論してもらって構わない。
「それじゃあ成績を返すぞ。名前を呼ばれたら前に取りに来るように」
担任の男の教師がそう言うと、周囲がざわついた。
まぁ確かに学生にとっては、どうしても興味を持たずにはいられないものだろう。正直僕も気になる事項である。
さて、今回はどうだろうか。
名前を呼ばれ、席を立って教師から成績表を受け取った。
「ジンジン。どうだった?」
後ろの席から古都が僕の成績表を覗きこんでくる。
だからジンジンって言うなって……まぁもう今更だな。このクラスの人間は僕等がただの仲のいい友達であることを理解している。それ以上の関係でないことも。
「む~。ジンジン成績良すぎだよっ! 裏切りものっ!」
古都はそう言ってむくれ上がる。
「いつ僕が古都と手を組んだ? それに、古都の成績が悪すぎるんだろ」
「私は悪くないよっ! 悪いのは相対的に成績がいい皆なのっ!」
どんな理屈だ。こいつ、将来はヒステリックなモンスターペアレンツになりそうだ。
「ていうか今は絶対評価だけどな」
「ふんだっ」
まるでブリッ子のようにそうイジケて古都は自分の席に落ち着いた。彼女のことをあざとい痛い子だと思わないであげてほしい。これは彼女の素なのだ。
素でブリッ子。変な言い回しだが、これが事実なのだ。
可愛らしい容姿の上に、こんなあざといくらい可愛らしい仕草をする彼女を、周囲の女子が良く思うわけもない。僕も最初は作られた女の子だと思い、一歩引いて付き合っていた。
しかしこれが彼女の天然であり、なんら下心のない等身大の彼女であることに気付くのに、そう時間は掛からなかった。それをどれだけ口で説明しても伝わるとは思えないが、僕やクラスの女子たちが、今では彼女になんら嫌味を持っていないことだけは確かである。
話を戻して、確かに今回の僕の成績は、以前に比べて良くなっている。
自分でも驚きだった。
これは確かに受験に向けて良い兆しであり、僕本人としても喜ぶべきことではあるが、しかしおそらくこれは何も僕の受験に対する意気込みの表れではない。
「なんだジン。お前、三年になったら理系クラス行くつもりか?」
不意にそう言ってきたのは、古都ではなくこのクラスにおける僕の男友達であるところの、紫央乍である。
目つきの悪い、ヤンキーみたいな顔立ちではあるが、別にヤンキーでも不良でもない。髪も黒いし短髪だし、素行も悪くない。
悪くない、というのは別に良くはないということで、その生来の悪オーラ的なものが、彼の周囲に勝手に敵を作り、それに応対するために彼自身も荒い対応をすることが多くなってしまったのだ。そのせいで、人によっては彼を不良だと言う人もいる――僕も初めはそう思っていた――が、実際は良い人である。自分から問題を起こすことは、まず無い。
悪いとすれば、その目つきと口調だけだ。
そして実は成績も良い。
「まぁ多分そうなるの、かな」
僕は自分の成績表に視線を落としてそう答えた。




