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クオリア~十人十色の異聞奇譚~  作者: 色川玉彩
0 The yellow chapter ~Where bees are,there is honey~
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迫りくるもの

一難去ってまた一難。

それが人生

「無実な女の子を、他にそれらしい容疑者がいないからって、いつまで追い詰めるんですか? あの子が自殺したら満足ですか?」

「待て待て。そんなこと言うてへんやろ。君、ちょっと考え方破綻してるんちゃうか?」


 刑事が、少しだけいら立ったように反論する。しかし少年は、目を細くして刑事をさらに睨みつける。


「黄泉路を追い詰める前に、あなたがすべきはどうやって殺したか、それを解明することでしょう。全員バラバラの全身穴だらけで、しかも死因が熱中症。僕だったら、奇跡的な偶然が重なっての、自然現象かと思いますけど」

「……いろいろ、知ってるんやなぁ」

「友人がそういうのに詳しくて」


 ほうか、と刑事はぼりぼりと首のあたりを掻いた。


「確かに君の言う通りや。最も犯行が可能な唯一無二の人物が黄泉路蜜なだけで、その他のことは何もわかっとらん。だから、警察も黄泉路蜜からは手を引いとるし、今は橙堂を捜索しとる」

「じゃああなたも総意に沿うべきでは?」

「でもそれは間違っとる。俺の長年の勘がそう告げとるんや」


 刑事はそう苛立ち気味に言って、手帳を掌で二度叩いた。


「長年の勘って……そんな不確かなもので、か弱い女の子をいつまで追い詰めるんですか?」


 少年が、いつも通りの調子で攻勢を仕掛けた。彼は確かな敵意を持って刑事を睨め付け続ける。


「……そない怖い顔せんといてや。勘言うてもな、あながち捨てたもんやないで。端的に勘って言うだけであって、それ自体は長年の経験からくる比較的信頼性の高い感覚や」


 刑事はポケットの中からタバコを取り出し、口に咥えた。そしてどこかのバーのロゴが入ったマッチで火をつける。マッチ棒は地面に捨てて、足ですりつぶした。


「儂はな、この事件には何か大きなもんが絡んでると思ってる」

「大きなもの?」

「せや。常識を超えた、何か恐ろしいもんが関わっとる」


 そう言った刑事は、遠い目でふぅと小さく煙を宙に向かってはいた。


「答えが見えなくて現実逃避ですか」

「でもな、ついこの間まで放置されてた前の黄泉路家が、今朝見たら綺麗さっぱり撤去されとった。放置されてたこともおかしいんやが、それがなんでこのタイミングで引き払われたんか、ほんで誰が引き払ったのかもわかってないんやで? しかもそれを他のやつらは全く気にしよらん」

「それは不思議な出来事ですね」

「せやろ? それに、昨夜隣県との境の山中で火災があったらしい。廃村の傍にあったプレハブ小屋が全焼したそうや。幸い被害者は出へけど、調べによると、橙堂の車のタイヤ痕と同じもんがあった。あそこに頻繁に行き来しとったらしい」

「本人が証拠隠滅のために燃やしたんじゃないですか?」

「でもなんでそんな山中なんや? そこでプレハブ建ててなにしとったんや?」

「僕に言われても困ります」

「ま、そらそーやな」


 刑事は笑いながらタバコを腰掛けたガードレールで揉み消した。そして少しだけ興奮を押さえつけるように、小さな息をはいた。


「すまんな変な話して。遅刻の言い訳につこてもろてええさかい」

「警察も諦めるようなそんな難解な事件なら、刑事さんも忘れたらいいじゃないですか。他にも事件はいっぱいあるでしょう」

「ん? せやな……そうかもしれん」


 刑事は軽く微笑む。しかし今度は不気味な微笑ではなく、優しい微笑みだった。それは一刑事ではなく、ただのおじさんの。


「でもな、おっちゃんも定年近くなってきてな、こんなもやもやしたままやと引退したくてもでけへんのや。意地っちゅうんか、未練っちゅうんかわからんけどな。歯にものが挟まったような気持ち悪い感覚持ったまま、余生を楽しく過ごせる気がせんのや。せやろ?」

「だからって黄泉路に迷惑をかけるのは違うでしょう。あなたの意地は理解できますけど、でもそれで人生これからっていう女の子をいつまでも苦しめるつもりですか?」


 それに対し、刑事は何も言わなかった。何か遠い想い出を巡るように、ジッとアスファルトで舗装された歩道を見つめていた。


「ワシは許されへんのや」


 低く重い声で、刑事はそう言った。


「相手が精神異常者やろうが、超常現象やろうが、関係あらへん。罪犯しといて、のうのうと生きてける思うとんのかっちゅう話や。そんなんワシは絶対許さんで。世間が許してもワシは許さん。罪を犯した人間は、その罪を償わなあかん。そんなん子供でもわかるで。別に殺したから死ね、言うてるんちゃう。でもな、相応の処罰っちゅうんを受けるべきや」


 ワシはそのために刑事をやっとる。と威圧的な声で、そう言い切った。その眼差しは本物で、本当に悪を憎んでいる目だった。

 正義の目、だった。

 彼に目をつけられた犯罪者は、その時点で不幸だというしかない。少年はそう思った。


「……なんてな。悪い、子供相手に熱くなってしもたわ。恥ずかし。思うように捜査が進まんで、イライラしとったんかもしれんな。いや、ほんますまん」

「いいえ、立派ですよ。悪は絶対に裁かれるべきです。それがたとえ、合法でなくても」


 それは本心からの同意の言葉だった。


「ワシもそう思うけどな、でもそれは心ん中にしもとけ。それを信念にして、君も周りの人間を救ってやってくれや」


 刑事はガードレールから立ち上がり、もう一度黎の肩を叩いた。

 その時、刑事のポケットから音が響いた。それは典型的な携帯の着信音で、いわゆるガラパゴス携帯だ。刑事はその着信を取り、二、三話したかと思うとすぐに電話を切った。


「何か進展があったんですか?」

「いや。被害者の女の子の家からパソコン類が一切消えとったんやけどな、なんやらクラウドやなんやってところに、幾らかのデータは残ってるみたいや。それがわかったって連絡。ただログイン? ってのがでけへんからこれかその方法を探ることになった」

「へぇ。最近は便利になりましたね」

「ほんまにな。儂はようわからんから、部下に任せっきりやけど。ほなありがとさん。長話に付き合わせてすまんな。ワシは行かな」


 そう言って別れの挨拶として手を挙げ、刑事は軽快な足取りで逆方向へと歩いていった。


「そや、最後に質問してええかな?」


 が、歩き出してすぐに足を止める。

 刑事はおもむろに振り返った。


「なんすか。どうぞ」

「昨日の夕方から夜にかけて、君、何しとった?」

「……」


 その唐突な質問に、少年は少しだけ躊躇ったように黙った。

 黙ってしまった。


「今度は僕ですか? やめてくださいよ」


 しかしすぐに取り繕う。


「悪いな。職業病やねん。堪忍してや。それで、何しとったか教えてもらってもええかな?」

「それは任意ですか?」

「そやな。答えへん権利はある」


 しかし答えないという回答が持つ意味も出てくる。刑事はその皺の寄り集まった瞳で訴えかけた。


「……僕は、まっすぐ家に帰って妹と遊んでいましたよ。証言する人はいませんが」

「そうか。妹さんおるんかぁ。可愛がってるんやな」

「天使なので」


 少年がおふざけを込めて言っても、しかし刑事は口調ほど笑ってはおらず、じっと少年を見つめていた。

 何かを見定めるように。

 怪しむように。


「ま、ええわ。なんでも怪しく見えてもうてあかんな」


 すぐに刑事は、にははっと豪快に笑った。


「また何かあったら話聞かせてもらうかもしれんけど、そん時はよろしゅうに」


 刑事は片手を挙げてもう一度別れを告げる。


「もう二度と会わないことを願ってますよ」


 と、刑事の背中に少年は言葉を投げる。

 刑事はその言葉に何も返事することなく、そのまま駅の方向に向かって歩き続けた。少年はその刑事の年相応に丸い背中を見つめながら言った。


「でもこの時俺は知る由もなかったんだ。次の日、この刑事が、無残な姿で発見される事になろうとは……」

「おい、勝手に殺すな!」

「それは残虐な殺人犯による、第三の殺人か。はたまた神を冒涜した天罰か。それを知るのは、まだまだ先になりそうだ」

「続けるなや! 不吉なこと口にすんなや兄ちゃん!」


 少年の勝手なモノローグに、ずかずかと刑事がUターンして戻ってきた。しわを激しく寄せ詰め寄る。


「冗談でしょ。わざわざこっちまで来てツッコミにこなくていいですよ」

「誰のせいや! 失礼なガキやで!」

「どうもすいません。じゃあ、失礼します」


 そう言って今度は少年の方から刑事に背を向ける。後ろを振り返ると、刑事ももう向こうに向かって歩いて行っていた。

 少年は、去っていく刑事の背中をただ鋭い視線で見つめていた。


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