好きでした
好きって言葉を伝るのは大事。
虹倉三彩希が、上空で行われている非現実的な闘いに耳の痛みも忘れるほどに没頭していると、遠くの街灯の光で僅かに確認できる黄色と黒の二色の神と名乗る存在が重なりあった。
その後、少しの間その状態で膠着していたが、次第に鮮やかな黄色が黒に塗りつぶされ始め、夜空と同化していく。
同時に、黒い神から黒い羽のようなものが生え始め、それが徐々に肥大していく。
最終的にその黒い光の羽が辺りの薄暗い空を覆いつくしてしまいそうなくらいの大きさまで膨張し、そこで止まった。その黒い光が形取るのは、巨大な羽。上に大、下が小の羽が、左右で一対になっている。
そう、それはまるで――。
「……黒い蝶……?」
しばらくした後、その蝶のような羽はユラッと、夜空に同化するように消え去った。そしてその中心にいた黒い陰が、スーっと下に降りてくる。
警戒する。
そしてそこに降りてきたのは、黒い神と、その腕に抱えられている少女。黄泉路蜜。すでにその姿は、神を名乗る蜂を模した黄色い鎧ではなく、普通の女子高生である。髪の毛も黒く、以前と何も変わっている様子はない。眠っている様子以外は。
「し、死んでるんですか?」
三彩希は恐る恐る尋ねた。が、黒い神は何も言わず少女を地面に優しく寝かせた。
「は、はぁ……なんか、急展開過ぎて頭が追っつかないんですけど……結果オーライってやつですかね」
気を張っていたのだろう、三彩希はふぅと息を吐く。
「いて、いてててて……」
すると、アドレナリン全開で麻痺していた痛みが一気に襲い掛かってくる。そんな三彩希の様子を、黒い鎧を身に纏った黎がじっと見つめている。
「だから、なんかリアクション下さいよ。私耳千切れたんですよ!? 耳なし芳一か! みたいな!」
「……」
「ふざけてる場合じゃないですよね、すみません」
三彩希は、黎を纏う黒い鎧をまじまじと見た。
「鎧……にも見えますが、不思議な質感ですね。これが、神鎧? 心道でいう神様の力なんですか? 黄泉路蜜は神様に一人になりたいと願って、彼女の心の中の神様がそれを叶えてたってことですよね?」
黎は何も答えない。三彩希は一人頭の中を整理するように続ける。
「橙堂はそのことに気付き、黄泉路蜜が覚醒するように仕向けていた。白の世界とか、世界の浄化とかまだわからないことはたくさんありますが……う~ん。にわかに信じがたいですが、今は信じる他なさそうです。これが着ぐるみだったとしても、目の前で人や橋が一瞬でバラバラになって、空を飛んでいたのは事実なんですから。あぁ、どうしてこういう時に限ってカメラが壊れてるんでしょうか」
三彩希はポケットに入れたスマホを取り出す。しかしそれはうんともすんとも動かない。
「それにしても意地悪ですね、皇子代さんも。あなた何者ですか? このこと全部知ってたんですよね? 本当は黄泉路蜜が殺していたってことも」
「……ああ。でも、不可抗力だ」
ようやく黎から出た言葉。それは案の定、黄泉路を擁護するものだった。
「そうだ。警察に連絡しないと……」
三彩希が思い立ち、スマホをなんとか立ち上げようとすると、その手を黒い手が掴んだ。
がしりと、力強く。
「え、なんですか?」
驚いて黎を――その黒い仮面を見上げる。
「黙っていてくれって言っても、無理だよな?」
「無理でしょういくらなんでも! これだけの人が死んで、事件の犯人がわかったんですよ?」
「でも、黄泉路じゃない。こいつは何もやってない」
「そうかもしれませんが、事実は事実です。神様だ何だと言ったらおかしいと思われるかもしれませんが、これが真相だったんです。だったらそれを公表しないと。それはいくら皇子代さんに懇願されても変わりません」
そう言いながら黎の手を振り払おうとする。が、その手は強くつかんで離さない。
黎は、その顔を包み込む黒い仮面は、ただ無表情に三彩希を見つめている。
「その結果、誰が追い詰められることになる?」
「それは……黄泉路さんかもしれませんが……」
「お前は事実を提供しただけで、黄泉路を死に追いやったのは他の人たち、か?」
それは三彩希が、黎に会った初めのころに言った言葉だ。
自分に責はない。
「だからお前は何も悪くないってことか?」
腕を掴む力が、強まる。
ミシミシと、痛みが伴うほどに。
「ちょ、ちょっと、離してください」
「何度言ったって、やっぱりお前は変わらないんだな」
「い、いたっ」
その時、黒い鎧の、三彩希の手を掴んでいない方の腕から、キュンッと音を立てて、黒くて薄い刃が、一瞬にして伸びた。
刃が。
「え?」
それを見て、ようやく違和感が正しいものだと気付く。
その刃が意味するところは、一つなのだから。
「私を、殺すんですか?」
「言っただろ? 俺は、選択する」
「私と黄泉路さんの、どちらかを選ぶっていうことですか?」
「……」
答えない。それは、どうしようもなく、悲しい答えだった。
忘れていた感情が、苦しみがこみ上げてくる。
「で、でも……! 私は何も悪いことはしていません! 殺されるなんて――」
無言で見つめる黒い仮面に、三彩希は自分の嘘を理解させられる。
自分は事件の真相を暴くために、黄泉路蜜を、一人の少女を精神的に追い詰めた。例えそれが真相を暴く正攻法だったとしても、善か悪かを問われれば、充分に悪だと言える。
「そっか……これが……私の罰ですか」
そこまで悟って、三彩希は受け入れたように微笑した。
「最後に一つだけ、いいですか?」
「なんだ?」
「心道では、死んだら光になるんですよね。光になったら、どこに行くのでしょうか? 天国や、極楽浄土に行けるのでしょうか?」
「どうしてそんなことを聞く?」
「私はそこで、父に会えるでしょうか?」
父に会いたい。三彩希が死の間際に思ったことは、それだった。
しかし、三彩希の問いに、黎は少しだけ悩むように黙った後、口を開く。
残酷な、それでいて現実的な答えを。
「言ったろ。神様なんていない。だから天国も、極楽もない。父親には会えない」
黎がそう言うと、三彩希は少しだけ涙を浮かべながら、小さく笑った。
「ほんと、意地悪ですねぇ。嘘でもあるって言ってくれればいいのに」
三彩希の瞳から、その涙が一粒、零れ落ちた。
それが地面につく前に、黎はその刃を振るいあげる。
三彩希は、それを受け入れるようにゆっくりと瞳を閉じた。
「ごめん」
黎が最後に囁いた言葉は、少しだけ優しい声をしていた。
それを受けて、三彩希は少しだけ笑んで言った。
「好きでしたよ」




