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クオリア~十人十色の異聞奇譚~  作者: 色川玉彩
0 The yellow chapter ~Where bees are,there is honey~
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『がはっ……!』


 川底に叩きつけられた黄色い神は、そのまま地面にへばりつくことなく、再び黒い神の引力に引き上げられる形で、浮かびあがった。その手足はぐったりと、地球の重力に逆らわず下を向いている。鎧は所々砕けていて、今の一撃がどれだけのものかを物語っていた。


「こういう時は丈夫でいいな。すぐ壊れなくて済む」

『ふ、ふふふっふふふふふふふっ』


 黄色い神が笑う。それは無邪気な少女のような、可愛い笑い声。

 だが、不適。


『本当に、そう思っているのですか?』

「……何がだ?」

『この子の両親を殺したのが、神のせいだと、私のせいだと、本当にそう思っているのかと聞いているのです?』

「はあ?」

『偉大なる母を除き、神とは人間の心、そしてその具現化、神鎧。つまり我々の個は、つまりその人間の個』

「だから、何が言いたいんだ」

『この殺人衝動は、初めからこの黄泉路蜜の持つものということです』


 言われることを予想していたのだろうか。黒い神は特に何も反応しなかった。

 ただ沈黙する黒い神に、しかし黄色い神は苦笑しながら言葉を続ける。


『この少女の考えは正しい! 結局少女の両親を殺したのはこの少女自身なのです! 私という仮面を被っていただけで、両親を殺すのを選択したのはこの少女自身! そしてそれをあなたは知っている! 知っていて少女に嘘を付いた! その偽りが、本当に幸せに繋がるとでも!?』


 黄色い神は、受けたダメージと強力な引力でほとんど身動きが取れない。取れないにも関わらず、黄色い神は喜々としてそう言い放った。絶望的な終わりを前に、勝機なんて、もはや無いから。


「ふざけんな」


 しかし、黒い神はそんなものには揺らがない。

 神の言葉に、神は揺らがない。


「殺されそうになって責任転嫁か!? ああッ!? 神を名乗るくせにみっともないな! どうせなら命乞いされた方がまだマシだ!」

『分かっているんでしょう? そんな言葉で誤魔化してもこの少女の真実までは誤魔化せない! いくら綺麗な心を持っていても、この少女が罪深いことに変わりはない!』


 瞬間。黄色い神の胸に、黒い神の手が置かれた。


『あ、あぁっ!』


 ただ置かれただけのその黒い手に、黄色い神は絶望を見たように奇声を上げた。


「んなもん誰でも持ってんだよ! 人間は皆、ムカついて、憎んで、恨んで! でもそれを抑え込んで、誤魔化して生きてんだよ! それの何が間違ってる!? それが生きるってことだろう! それが人間ってもんだろう! そんな人間から心の箍を奪って、凶器を与えれば、誰だって人を傷つけちまうに決まってんだろうがッ!」

『あアあアアぁぁ……!』


 胸に置かれた黒い手から、黄色い神鎧が徐々に黒く、変色していく。


「皆そんな感情抱えてる! でもそれでも毎日笑って、怒って、泣いて、人並みに頑張って生きてんじゃねえのかよ! それが幸せってやつじゃねえのかよッ!!」


 じわじわと、黄色い神鎧への黒い侵食は進んでいく。黄色い光が、その光を奪われていく。


『ふ、ふふふっぐふっ……ふふふっ』


 黄色い神は、その胸に置かれた黒い手を、その手でがしりと掴んだ。そして顔を持ち上げ、黒い神の顔に寄せた。


『そ、それが幸せだと、何故わかる? 自分の理想を押し付けているのはどっちだ! この世界には神に救われることによって幸せになる人間だっている! 貴方が幸せだと思っていても、その人間にとっては不幸であることなど多分にある! そんな人間になんと言う!? 生きてるだけで幸せなのだから、贅沢を言うなとでも言うつもりか!』

「覚えてるか? 俺がそいつに言ったこと」

『な、に?』

「幸せの絶対量は決まっている。そう話したよな」

『ふ、ふふふっ。だからこの少女には不幸でいろと? お前が幸せになると、他の誰かが不幸になるのだからそのままでいろと、そう言うことですか? そんな言葉で騙して、それでこの少女に納得しろと!? 私より貴方の方がよっぽど残酷ではないか!』


 笑うように叫ぶ黄色い神。その間も、その黄色い鎧は、黒く黒く侵色していく。

 その美しい黄色が、蝕まれていく。


「そうだ。誰かが幸せになれば、その分他の誰かが不幸になる」


 しかしそれに対し黒い神は、静かに宣言した。



「だったら、その不幸は全部、俺が貰ってやるよ」



『な、に……?』

「人間の不幸も! 罪も! 罰も! そんな嫌なもん全部俺が背負ってやる! そしたら全員幸せになれんだろうがッ!!」


 黒き神――いや、心の黒い少年、皇子代黎は、雄々しくそう言い放った。

 そこには迷いも、躊躇もない。ただ初めからそうするつもりだったかのように、彼は言い切った。自分が不幸を背負い、人々を幸せにするのだと。それで万事が解決するのだ、と。

 黒い神の侵食はどんどんと進んでいく。鮮やかな黄色で彩られていたはずの黄色い神の全身が、すでにほとんど黒く塗りつぶされてしまっていた。


『ふふふっ。やってみればいい……でも人間の不幸は……重い、ぞ……』

「知ってる」

『ふふっふふふっ。愚かな人間……』


 黒い侵食はすでに仮面の全てを覆いつくそうとしていた。

 黄色く眩いその光を、失おうとしていた。


「神よりマシだろう」

『ふふっふふふっふ……後悔……し、ろ……』


 そうして捨て台詞を吐いた黄色い神を名乗ったその存在は、その鮮やかに輝く黄色 を完全に失い、黒い、黒い塊となって動かなくなった。

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