神の世界
皆さん感染防止には最大限の注意を。
唖然と三彩希が周囲を見渡す。
そこは先程までの川辺ではない。どころか、三彩希の知る世界ではなかった。
見渡す限りの黄色が、世界を埋め尽くしている。しかしよく見れば、まるで剣山のように、黄色い棘があたり一面を埋め尽くしていた。
そこに三彩希と、黄色い神と、黒い神が三者だけ。
「なに、ここ……」
『こここそが、心の中。美しいでしょう?』
「待って、ここって、黄泉路蜜の心の中ってこと?」
三彩希の問いに応えず、黒い神は一歩踏み出した。
すると、地面から生えていた長い棘の一つが、キュンッと同じ音をさせて飛び出た。それは黒い神の背後から腰あたりに刺さった。黒い神がもう一歩踏み出すと、今度は別の棘が飛んできて刺さる。棘と言っても、50センチはあるものだ。
しかしそれでも黎は止まらない。体に突き刺さった黄色い棘をそのままに、一歩ずつ黄色い神に近づいていく。黒い神に突き刺さった黄色い棘は、ズルズルと飲み込まれる。
それでも、黒い神が棘を飲み込んでしまうよりも早く、次々と黄色い棘が突き刺さる。あまりの勢いに、淀みなく歩いていた黒い神の体がよろけた。それに追い打ちをかけるように棘が襲い掛かり、黒い神はついに地面へと膝まづいた。
すると手を突いた黒い神を杭で打ち付けるように、手足に上から棘が刺さり地面から動けなくされる。だがそれもまた、すぐに黒く塗りつぶされて溶けていく。
『うふふっ。本当に神を、光を喰らっているんですね』
「言ったろ。俺にお前らの光は届かないって」
『では、熱さには耐えられる?』
黄色い神が両手を前に差し出した。そして両手の指先を器用にくねくねと動かした。すると、周囲に棘がプラネタリウムで映し出された星々のように浮かび上がり、その先端が黒い神を向く。
そして――。
『熱殺黄球』
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッッッ―――――!!
粉塵を上げながら、幾百、幾千もの黄色い棘が、黒い神へと突き刺さる。あっという間にその姿は棘の中に埋もれて見えなくなった。
そして出来上がったのは、黄色い棘で出来た、まるで繭のような球体。
「皇子代さん……! 皇子代さん!!」
黎の名を呼びながら、三彩希は思い至った。
聞いたことがある。ミツバチは何十倍も大きいオオスズメバチには到底敵わない。しかしその天敵を倒すために、山ほどの仲間でオオスズメバチの身体を包み込む。これによってできた蜂球は、その内部の温度を急激に上げ、その熱でオオスズメバチを死に至らしめるという。
黄泉路夫妻や金城たちの死因が熱中症だったのはこのためだったのだ。
今、黒い神を包む黄色い棘の繭の内部は、人間には長時間耐えがたい高温となっているだろう。それはつまり、黄色い棘で直接的に死なずとも、殺される。
『うふふっ。うふふふふふふふっ。死んだ。また一人死んだ。ようやくこれでまた一人になれる。孤独を、味わえる!』
「何がおかしい」
声。
それは、どこからともなく聞こえてくる。
次の瞬間、巨大なテント程はあった棘の繭が、黒い神を包み込んでいたそれが、まるでチョコレートのようにして溶け、そして中心に向かって吸い込まれて消えた。
その中心には――
『なにっ』
誰もいない。
「どこを見てる?」
いたのは、黄色い神の背後――。黒い神が、黄色い神に後ろから優しく抱きつくように、耳元で囁いたのだ。黄色い神が、そのことに遅れて気付き、慌てて距離を取る。その仮面は笑っているが、しかし明らかな焦りがにじみ出ていた。
『どうして……どうして死なない!?』
「どうしてだと思う?」
また背後から囁かれる。おかしい。三彩希が、瞬きをして目を開けたら、すでに黒い神は再び黄色い神の背後を取っていた。まるでコマを切り取って無理矢理繋げたかのように。
『おかしい……おかしい! そんなことはあり得ない!』
黄色い神が、再び両腕を前に差し出した。
――と。
黒い神が、トントン、と地面を二度足で叩いた。すると、その足元から瞬く間に黒が広がっていく。黄色い世界は一瞬にして黒に侵食され、そして形を崩していく。風景がどろりと絵具に水を垂らしたように歪んでいき、そして剥がれ落ちていく。
気が付けば、三彩希は先程と同じ、川辺へと戻ってきていた。
『どうして……私の、私の心が……』
声に見上げると、上空で黄色い神と黒い神が対峙しているところだった。
「心? 違うだろ。あれはただの妄想だ」
『うるさいっ! 私を、神を愚弄するなッ!』
黄色い神は、既に神である余裕など皆無に、ただ焦りのまま苛立ち気味に叫んだ。
「何か、勘違いをしていないか?」
飄々と話していた黒い神の声に、明らかな凄みが加わる。
その時、黄色い神はあることに気が付いた。距離が開いていたはずの黒い神との距離が、さっきよりも近付いている。どちらも移動をしていない。ただ、その場に浮いていただけ。しかしジリジリと、黄色い神は黒い神の元へと、引っ張られていた。
『ッ!』
それはまるで、地球の重力に引っ張られる人間のように。
あの黒い神を中心に引力が働いているように。
「何処に行く? 放たれた光は二度と光源に戻ることはない。神が摂理に逆らうなよ」
離れようとするも、黄色い神は少しずつ少しずつ黒い神に引っ張られる。
『くっ!』
「ほら、見てみろ」
黒い神は黄色い神の、更にその後方を指差した。
そこに見えるのは今やもう沈みきる寸前の――太陽。
それは神にとっての母なる存在――白神。
『あ……あ……』
大いなる光に、黄色い神は手を伸ばす。母を求めて。
しかしそれは、止まってくれはしない。人々の意思に関係なく、そして神々に関係なく、自然はただ自然のままに流れていくだけ。
辺りは次第に太陽の光を失っていき。そして母なる光は、無情にも去っていった。
――世界は、闇に包まれる。
「さあお前たちのママはもうおねんねの時間だ。子供のあんたらもさっさと寝る時間だぞ?」
『くっ……!』
「安心しろ。特別にお前は、俺の中で眠らせてやる……パパの腕の中でな」
そう、黒い神は両手を広げた。子供を優しく包み込む父のように。
『ふざけろッ!』
黄色い神が怒鳴った。
ただ困惑し、ただ焦る。神にも理解しえぬ存在。黒い神に向かって。
『私は神ッ! 全てを超越する存在! 人間の上に立ち、人間を導く存在! 救いを求めたのはお前たち人間ではないか!? それがどうして責められなければならない!』
「だから勘違いすんなっつってんだろ」
黒い神は、静かに諭した。
「神がいて、人がいるんじゃない。人がいて、神がいるんだ」
『……神を人が創造したとでもいうのか!?』
「創造じゃねえな。想像だ。いや、妄想でいいな。とにかく神様なんてものは存在しない。お前らはただの寄生虫だ」
黄色い神は激昂し、引き寄せられる引力に逆らわず、黒い神に襲い掛かった。
大きく振り上げた右手の刃で、黒い神を狙う。
しかし――黒い神はその刃を気にも留めず、大きくほぼ垂直に振り上げた右足を上から下へと振り下ろし、鎌のように黄色い神を蹴り落とした。上空数十メートル。恐ろしい程の勢いで、黄色い神は川に叩きつけられる。三彩希の上から水しぶきが襲い掛かった。




