神に願ったことそれはーー。
人の心には色が着いている――三彩希は橙堂の書いた調査本の内容を思い出していた。
善人ほど白に近い澄んだ色をしていて、悪人ほど黒く淀んだ色をしている。
心道ではそう教え、そう信じられてきた。
それ故、黄泉路蜜の眩しいほどの黄色はつまり、彼女が善人であることを指している。もし彼女の本質が非道な悪人であれば、彼女の神は汚く濁った色をしていただろう。
だがしかし、真に黒い心など、存在しない。
心道において、最高神は白神である。真に純白の心を持ち、絶対なる善である存在。そしてそれは幸の象徴でもある。この世界に、白っぽい心を持つ善人はいても、白神以外に真に白い心を持つ存在は存在し得ない。
それほどに正の極致。絶対的存在。
それと同じく、その正反対、真に黒い心を持つ存在などあり得ない。
心道において、黒き心を持つ存在と言えば、悪魔であったり、魔物であったり、憎悪の権化であったりと、得てして負の極致として描かれることが大半だ。白が幸の象徴ならば、黒は不幸の象徴。
そう、あくまで象徴。
それほどに人間の心とは簡単に黒く濁りはしない。たとえ殺人を犯し反省など一切しない極悪非道な人間であろうと、その心は汚く濁ってはいても、黒くはないのだ。
それ故に、おかしい。
微塵も他色を感じさせない、真に黒い存在は、おかしい。もしそんな心を持つ人間が存在したとすれば、それはもはや人とは呼べない。この世の極悪非道な行為を全てやり尽くしてもあきたらない、悪魔のような負の極致の存在であって然るべきだ。
だからそもそも、黒い心を持つなどという、仮定すら成り立たない。
成り立たないはずなのに、しかし今、黄色い神の目の前に、黒い神が存在している。しているからには、それを否定はできない。
『それは……なんです?』
おもむろに黄色い神は尋ねた。
「神様だって言っただろ? お前と一緒。そうなんだろ?」
黒い神は、小馬鹿にするように返した。
『そんな心を……そんな神を宿す人間など存在しえない』
「じゃあなんでもいいさ。どうせ俺もお前も、存在しないんだからな」
黒い神は、おもむろにその鈍く黒く光る腕を、黄色い神に向かって伸ばした。
『近寄るな!』
黄色い神はそう叫んで、両腕に生成した刃を黒い神に向かって振り抜く。それを黒い神が腕でガードすると、それに触れた瞬間、黄色い刃は溶けるようにして消えてしまった。
『ッ!? ……どうして……』
黄色い神は理解できないと、同じように刃を何度も生成し、それを黒い神に向かって投げた。するとそれは簡単に黒い神に綺麗に突き刺さった。しかしその突き刺さった黄色い刃が、ずるずると黒い神鎧に飲み込まれていく。まるで溶けるかのように、吸い込まれていく。
「俺にお前たちの光は届かない」
黒い神はそう言い、右腕を水平に上げた。するとその黒い腕から、黒く長い刃が生成される。それはそう、黄色い神が備えていたそれと同じ。
「吸収、している……?」
心道において、神とは光の化身である。白神が太陽の化身であるように。その子である神々もまた、光の化身であると言える。それ故に、彼らの力であり、彼らの具現化である神は、色が着き、神々しく光輝いている。それは簡単な化学の話。
だがしかし、その黒い黒い存在は、異質だ。光を感じない。いや、黒という色に、光という言葉は矛盾する。何故なら黒い光など、存在し得ないからだ。
黒と言えば、闇。
光が存在しえない、光のない極致が、黒である。
だからその黒い黒い存在に、いくら光を当てても、それはすべて無へと還る。絵の具のどんな色に足しても、黒が交われば全て黒くなってしまうかのように。ブラックホールに光を当てても、全て飲み込まれてしまうように。同じように、黒い神は、神々の光を吸収しているのだ。だから効かない。
神々の光は、黒い神に届かない。
それは、光を喰らう存在。
つまりそれは神を否定する存在。
神にとっての、絶望。
負の極地点。
完全なる例外――。
『黒い心など、ありえない! そんな神は、存在しない!』
目の前の現実を否定するように、黄色い神は叫ぶ。
「だからなんでもいいんだよ、こんなもん」
しかしそれをも黒い神は笑って切り捨てる。そんなことなんだっていい、と。
黒い神が殺気を放った。それに敏感に気づいた黄色い神は、慌てて残った左手の刃を振るう。しかしそれはやはり黒い神に触れた途端、黒く溶けて消えてしまう。
『どうしてっ!』
「何度も言わせんな。てめえらの光は、俺には届かない。てめえらの救いも、全部」
黒い神はそう言って黄色い神へ黒い刃を振るった。黄色い神はそれを後方へ跳ねて避ける。だが彼女の鎧の胸の辺りが、黒く横に切られていた。まるで存在そのものを否定するように。
――単純な話だ。そう三彩希は解釈する。
話し手がいれば、聞き手がいるように。
人が生まれれば、いずれ死ぬように。
全ての物には、対となる存在、概念が必ず存在する。であれば、始まりの神である白神の対となる存在、終わりの存在である黒い神がいても、おかしくはない。
『ふふふっふふふっ』
三彩希と同じ考えに至ったのか、黄色い神はそう笑った。
「何か、可笑しいか?」
『可笑しいですね。だって神を否定するものが、神に願ったんでしょう? だから貴方は神の加護を得た。貴方の存在そのものが、神の存在を認めているではないですか。ふふふっ。あなたは何を願ったのですか? 神に。私たちに』
「……」
黒い神は、沈黙を選んだ。黒髪の少年が――皇子代黎が神に願ったこと、それは何か。
しかし黄色い神は返答を待たなかった。
黄色い神は、両手の甲を胸の前で合わす。まるで合掌のようだが、手が逆だ。そして足の先を少しだけ上げ、パンパンッ、と二度地面を鳴らした。
瞬間。
世界が。
黄色に。
彩られた。




