死神
虹倉三彩希は、呆然としていた。
目の前のわけの分からないやり取りに、頭がついていかなかったということもある。しかしそれはそれで、彼女なりに解釈していた。
絶望的な人生を歩む人に、少しでも希望を与えるため、願いを叶えるという神。
そして、何も考えずただ願いを叶えてるだけでは人は救われないと、その神を否定する黒い髪の少年。
互いの考えは、食い違う。
食い違うから、争いあう。
でも互いに人の幸せを望んでいる。
価値観の相違――そういうことだろう。
だから彼女が呆然としていたのは、そういう事ではない。呆然としていたのは、今の目の前の光景にだ。
黄色い神と名乗る蜂のような鎧。それもそれで理解できなかったが、その目の前。それはまるで、景色を絵の具で黒く塗りつぶしたような、まるでそこだけぽっかりと次元に穴が開いてしまったような、そんな人型の黒い物体がある。
黒くて黒い、人型のシルエット。
物体と呼んでいいのかも、わからない。しかしそれは確かについさっきまで皇子代黎なる人物だったものだ。だからおそらく物体であっている。
しかしにわかには信じがたい。
何故なら、そこには光が届いていなかったから。それほどに、黒くて黒い。暗黒物質とでも言うのだろうか。もし宇宙にブラックホールが存在したなら、そしてそれを地球から見上げたなら、空にまるでぽっかり穴が開いたような黒い陰だけが存在するのだという。
おそらく今、その状況。
黒くシルエットだけを示していたそれは、しかし次第に光を受け入れ、その詳細を明確化させる。黒いそれは、黄色い神と似たような鎧で全身を覆っていた。しかし黄色い鎧とは違い、所々で尖った、より攻撃的なデザインになっている。よく見なければ、見逃してしまいそうなくらいそれは黒で覆われていた。
その姿は、色と形は違えどおそらく黄色い鎧と同種に思えるが、しかし三彩希が感じた決定的に違うものがある。
――その仮面には、何も無かった。表情を示すものが、何も。
黄色い仮面のように、笑っていない。全く表情を感じさせない、そんな仮面。その仮面は黄色いそれのものよりも長く頭の後ろまで伸び尖っていて、その存在の重厚さを表しているように感じる。
『なんですか……それは?』
黄色い神は、先ほどの余裕とは打って変わった様子で、焦りを見せていた。もちろん表情は笑っているが。
「何でもねえよ」
黎は――黒い鎧は、ただつまらなさそうに吐き捨てる。
こんなものに名称なんかない。
わかりやすい二つ名なんか持ち合わせてはいない。
だってそんなもの必要ない。
こんなもの、存在しないのだから――と、黒い鎧は続けた。
黒い鎧は、ゆらりと両腕を左右に平行に持ち上げ、奇妙な構えを取る。
「なにか呼称が欲しいってんなら、そうだな、俺は――」
――死神だ。




