やっと殺せる
「何度も言わせんな。あんたは人殺しなんかじゃねえよ」
カラカラと自転車を引きながら、皇子代黎はしかめっ面にそう答えた。その顔に、今この状況を不自然に思う様子はない。
「……ありがとう。でも思い出したの。あの時、私が両親に真実を告げられた日、私は、この姿で両親を殺した。この手で……」
黄泉路は血に染まった自分の黄色く長い刃を見つめた。
「お父さんの首を飛ばした時の感触も、お母さんの足を切り落とした時の感触も、思い出しちゃった……そして昨日の事も……やっぱり私が殺し――」
「違うっつってんだろッ!」
黎は黄泉路の声を遮るように、大声でそう叫んだ。その声が強く木霊する。
「いつまでもウジウジ言ってんじゃねえよ! あんたは何もしてない! それは厳然たる事実なんだよ! 警察がそう判断したんだ! だからあんたは思い込んでるだけ! 自分が人殺しの娘だからって、だから人を殺すのも当然だって、そう思い込んでるだけだ!」
「でも……」
と、黄泉路はべっとりと血のこびり付いた刃を掲げる。どろりと黒い液体が刃を伝っている。そしてそのあと、人としての形を失った血みどろの死体に目線を落とした。
黎は自転車をその場で止め、頭を掻き毟りながら、
「それも勘違いだよ。そこに転がってるそれはゴミだ。粗大ゴミが分解されてゴミクズになっただけだろ。それの何が悪い? むしろあんたは社会貢献したんだよ。素晴らしい! むしろありがとうを言いたいね」
と至極だるそうにそう言って、パチパチと拍手をした。
「何よ、それ……」
そんないつもと変わらない黎の飄々とした言動。
しかしそこに確かな優しさがあった。
黄泉路は無理矢理そう振舞ってくれる黎に呆れながらも嬉しさを隠せなかった。
しかしその時、黄泉路の身体が大きく揺れる。
――どくん。
「かはっ……だ、め……逃げてっ!」
その鼓動は再び黄泉路を暗い闇に引き摺りこもうとする。
それに必死に抗いながら、黄泉路はただ黎の身だけを心配していた。
「お願い! また……来る。逃げてっ!」
黄泉路の切実な叫びに対し、しかし黎は微動だにしない。ただその場に立ち尽くし、そしてその目は黄泉路を離さなかった。
「お願いだから! 私は、もう一生一人でもいいの! 死ねるのならすぐにでも死ぬ! でももうこれ以上……これ以上、大切な人を失いたくない!!」
黄泉路の、心からの声だった。嘘偽り無い、心の叫び。
それでも黎は、しっかりとそんな黄泉路のことを見据え、そして一歩前に出た。
「俺はあんたを一生離さない。最初に言っただろ。後悔すんなよ、ってな」
黎はそう宣言して――笑った。
笑った。こんな状況で。
しかしその眩しい笑顔を、黄泉路は見ていられなかった。彼の優しさも、強さも、今の彼女には届かない。それくらいの現実。どうしようもない感覚が、黄泉路に迫ってくる。
「……無理、だよ。変えられないの! 何も、変えられない! あの時と同じ! 悲劇は繰り返されるの! 私はまた、大切な人を殺してしまう!」
それが私だから。それが運命だから――と、黄泉路は続けた。
しかし、黎はもう一歩足を前に力強く踏み出し、
「あの時と同じ? 違うな」
そう黄泉路の言葉を笑って切り捨てる。さもそれが当然であるかのように。
そして、彼は何の躊躇も無く、自信満々に言い放った。
「今度は俺がいる」
彼はそう堂々と宣言した。
そして右の拳で自分の胸をトントンと叩く。
「だから俺を信じろ。あんたは少し寝てりゃあいい。そんでもって次起きたら、全部解決、一件落着。あんたは笑って皆に向かってオハヨウだ。笑顔の練習、しとけよな?」
いつもまでも、どこまでもふざけた人間だ。
しかしそれが今の黄泉路にはとても頼りになる。
彼に任せれば、全部が上手く行く、そんな気持ちになれる。
「……うん」
自然と涙が溢れ、それは重力に逆らわず流れていく。
次第に黄泉路の目が虚ろになっていく。と、同時に彼女の顔を再び黄色い何かがドロドロと覆い始める。
「おやすみ。じゃあまた明日」
「おう。また、明日」
最後に二人はもう一度、そんな約束をした。
そして黄泉路の顔は再び黄色い仮面の向こうへと消えていく。
黎はそれを確認し、彼女の意識が消え去ったのを見計らい、ゆっくり前に歩いて行く。
「やっぱりか」
何を知っているのか。彼はそう言って、何かを納得する。
その声に先ほどの優しさは無い。とても冷たい、吐き捨てるような声。
『ふふふっふふふっ』
黄泉路を覆い隠した黄色いそれは、再び無邪気に可愛らしく笑い始めた。黎は、そんな不気味な存在に全く臆すことなく、その歩みを進め続ける。
そしてひどく冷めた視線でそれを睨みつけた。
「やっと殺せる」




