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クオリア~十人十色の異聞奇譚~  作者: 色川玉彩
0 The yellow chapter ~Where bees are,there is honey~
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心道の村

何も期待しないとがっかりもしない。

でも何も得られない。

「なに、ここ……」


 6畳ほどのプレハブの中には、壁際にテーブルがずらりと並べれており、そこには山ほどの本と筆記類があった。さらにはどこかから採取してきたであろう瓦礫や木片なども並べられており、隅には籠の中にマチェーテや巨大なとんかちのようなものが数本置かれていた。それをおそるおそる手に取ったが、特に血などがついている様子はなかった。


「……橙堂はここで何かを調査している?」


 ぶつくさと言葉に出して頭の中を整理していると、ある机の上に古い地図のコピーが置かれているのが目に入った。そこには赤でいくつもの文字が書き込まれている。


「神社って、ここのかな」


 割れたガラス窓から、寂し気に佇む白い鳥居を見る。その鳥居を超えた先に神社があるのだろう。廃村なんかに行けば、こういった光景はよく見られる。廃村、廃神社などは人気が手堅いので再生数稼ぎにはもってこいだ。

 地図を読み取ると、それはこの周辺一帯の地図のようでそこに書いてある文字を辿ると、「入口」「神社」「神殿」「祭壇」「民家」「滝壺」「洞窟」などと、それらしい文字が並んでいることがわかる。傍に山積みになった本はこのあたりの地域に関する本らしく、いくつも付箋などが本の中から飛び出ている。


「もしかして、ここに心道の村があった……?」


 図書室で見つけた本にも、現在は失われた心道の村のことが書かれていた。それは既に滅んでおり、どこにあったかも定かではないとされていた。部屋の中を見渡すと、奥の棚の中に良く見知った本をいくつも発見する。その白い無骨なカバーの本は、やはり三彩希が図書室で見つけた本と同じ。


「これ、橙堂が書いたものだったんだ……ということは、心道の研究者は橙堂? 心道の信徒の村がかつてここにあって、ここを拠点にその調査を行っている……?」


 集めた情報を整理しながらぶつくさと独り言を重ねる。すると、本棚の足元に引きずったような濃い跡を見つける。探偵としての勘が働き、本棚を無理矢理押してずらした。


「……なにこれ……」


 本棚の裏の壁一面に巨大な地図が貼り付けてあり、そしてその上に写真や新聞の切り抜き、それらをまるで蜘蛛の巣のように繋ぐ糸が張り巡らせてあった。


「ウェビングマップね」


 推理ドラマなどでよく見られる、知能犯などが使う思考整理術だ。本来は紙の上などで行うのが通常だが、海外ドラマなどの影響を受けたのか、橙堂はプレハブの壁一面を使ってマッピングを行っている。

 地図は四季創学園を含めたこの地域一帯のもの。切り抜きの記事は殺人事件や行方不明事件のものが多い。共通するのは、それらがすべて未解決事件であることだ。そしてその記事の中に、『黄泉路夫妻惨殺事件』のものを見つけた。そしてそこから飛び出た赤い糸を辿っていくと、予想通り、黄泉路蜜の写真に辿りついた。黄色い丸いピンが黄泉路蜜のアパートの上に刺されている。


「キモイを通り越して、狂気ね。サイコキラーのつもりかしら」


 近くには、黄泉路蜜を隠し撮りしたような写真が、いくつも貼り付けられている。それはプライベートはおろか、学園内の写真もあった。

 先日起こった、四季創学園の最寄り駅での事件の記事もすでに貼り付けられており、またそこから糸が黄泉路蜜に伸びている。そして黄泉路蜜の写真に赤いペンで大きく丸がされており、そこ横に「無辜むこなる心」と書かれていた。

「無辜なる心……? 無辜って、無垢とか罪がないって意味よね」


 大きく興奮気味に書かれたその文字に、何か意味があるはずだと踏んだ三彩希は、傍の机にあったパソコンを開いた。すると案の定、無警戒に開かれたままの書きかけのワードファイルが開く。どうやら心道の調査に関する記述を行っているようだ。


「無辜、無辜……あった」


 その字で検索をかけると、ページ内のその文字を示してくれる。それはほとんど最終(ページ)近くで、「無辜」という単語が寄り集まったその章を注意深く読み始めた。


          〇


 無辜なる心。それは神に愛されし、穢れなき心のこと。神と対話するために必要なものとされ、心道ではその存在は特別として寵愛、時に神の代理として崇められてきた。無辜なる心を持つ人間は、一切の罪や穢れのない人間に限られるという。時代的なことを考えれば、これはいわゆる「純潔=未性交」という解釈が容易に成り立つだろう。世界各国に、「処女」に対する神聖的な見方があるのは周知の事実だ。

 だがしかし、それだけではあまりにも該当する人物が多すぎることが引っかかる。異性を知らぬ子どもの大半がその存在に該当するということであれば、幼児信仰のような考えが興ってもおかしくはないのに、そのような記述はどこにも見当たらない。 さらに言えば、そもそも男女としてまぐわうことすら忌み嫌われるはずなのに、信徒たちは小さな村で家族を形成し、子を成していた。

 ではそれ以外に、もしくはそれ以外にも、無辜なる心となる条件があるのだろう。

そこで私は気になる発見をした。調査の中で、村跡の奥にある滝壺の傍に、小さな洞穴を見つけたのだ。そこは自然にできたものではなく、人工的な手が加えられており、定期的に管理、使用していたことがうかがえる。残された骨などを見るに、そこに人を監禁していたようだが、それは決して犯罪者や無法者を閉じ込めていたわけではなさそうだ。その洞穴の中には、祭壇や祈祷に関わるものなどが多数見受けられ、神聖な場所として扱われていたからだ。

 推察するに、その洞穴では「無辜なる心」を養うため、外部との接触の断絶が行われていたのではないか。穢れ――それはひとえにこの俗世そのものと言えるだろう。心道の信徒は、自分たち以外の人間を黒に染まった獣と捉えていたことは、前述したとおりだ。それらに染まらないために、人里離れた山奥に村を形成していたのだから然るべきだろう。つまり無辜なる心を得るためには、俗世から脱し何ものにも触れず本当の意味で「孤立」することを意味するのではないか。


 つまり、「無辜なる心」とは「解脱」のことなのだ。


 白神=太陽として太陽信仰がなされていたなら、神道における天照大神あまてらすおおみかみ天岩戸あまのいわとに隠れ世界が夜に包まれ、その後出てきて世界を照らしたように、それを模倣して解脱するために信徒を洞穴の中に閉じ込めていた可能性が高い。

 すべてはあらゆるものから孤立し。

 すべての感情から逸脱し。

 無辜なる心へと昇華させるために。


          〇


「神様と対話するためには、無辜なる心を持った人間でなければいけない、ということ?」

 三彩希は次のページへとスクロールする。


          〇


 これで話は繋がった。神と対話しその力を得るためには「戒」が必要だと言う。この言葉の意味がしばらく判然とはしなかったが、モーセの十戒のように戒律を持ってして神々への忠誠への誓わなければいけないということだろう。そしてその戒めこそが、俗世からの解脱、つまり無辜なる心なのだ。

 これで答えは導き出された。心道における神々との対話・降臨・それによる力の貸与には、無辜なる心を持った人間を神に捧げる必要がある。

 これでようやく神に出会える。

 世界が変わる。

 黒に染まった世界が白に浄化され、幸福に満ちた世界に。


 我々は、ようやく救われる。


          〇


 橙堂の記述はそこで終わっていた。

 三彩希は最後の走り書きしたような文章に直感的に焦りを覚えた。そして今得た情報を頭の中で整理する。


「心道では、無辜なる心を持った人間のみが神との対話ができると信じられ、捧げられていた。無辜なる心は解脱、つまり俗世のあらゆるものから切り離された存在……橙堂は神の力を得るために、その存在を求めていた……」


 はっとして、三彩希は、もう一度糸がはり巡らされた壁を見遣った。


「橙堂は、無辜なる心を黄泉路蜜だと考えてる……」


 一瞬にして血の気が引くのが分かった。

 三彩希の脳裏を駆け抜けたのは――。


「皇子代さんが、危ない……!」



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