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元勇者の平穏な生涯

作者: ザイフジ

―――― シブタニユウシ(27)は困惑している。


 大学時代から付き合っていた彼女と社会人3年目を機に入籍し、2年後に誕生した第一子は長男であった。男である自分では想像も出来ない陣痛を耐え抜いて我が子を産んでくれた妻に涙を流しながら感謝をし、生まれた待望の第一子を怖々腕に抱いた瞬間である。

 息子の顔を、具体的にはわずかに開いた瞼の奥、瞳の色を見た瞬間、固まった。


 お産を終えた妻と我が子と共に戻ってきた個室には両家の両親も揃っていた。周囲の目には、第一子誕生に涙し(後に、ドンびくほどの号泣、という表現がぴったりだったと親族の集まりの度にネタにされる事となる)、息子の顔を愛おしげに見つめているように見えていただろう。瞬きすらせず、もはや凝視していると言っていいほど我が子の目をガン見しているユウシを周囲は微笑ましく見守っていた。


 そんな妻、両家両親のほっこりとした雰囲気の中心、視線の先の当の本人は内心めちゃくちゃものすごくパニックに陥っていた。


 なぜなら、生まれた息子の瞳の色が、紫色だったからである。


 こんなに混乱したのは10年前のあの日以来だ。



――――― 10年前、ユウシ高校3年生の時、異世界に召喚されたのだ。もちろん勇者として。当然魔王を倒すことが元の世界に戻る必須条件で。

 

 夜就寝して目が覚めたら召喚されていた。召喚先は、なんちゃら国(もう忘れた)の王様の目の前、所謂玉座の間ってところだ。気がついたら見ず知らずのきらきらしい服を着た西洋系の人々に囲まれて、目の前の髭が豊かなおじさんに「おお!勇者よ!!」とか叫ばれていた。


 その王様を名乗るおじさんが長々と説明することは、まあだいたい聞いたことのある感じの内容(あらすじ)だったが、要約すれば「聖剣を手に入れて魔王を倒してくれ」ということだ。

 

 ユウシは困惑した。ユウシが困惑したのは突然異世界に召喚された非現実的な状況に対して、というよりも、テンプレ過ぎる王様の話の内容についてだった。何の前触れもなく異世界に転移したという状況に混乱ではなく、話を深読みしすぎての疑心暗鬼による混乱だったとも言える。

 今時のラノベでもこんなにお約束展開はない。いや、もしかしたら裏があるのかも知れないし、実際の異世界転移はこんなもので、現代日本のラノベが発展しすぎているだけかもしれない。


 ――――― でもまあ、どうにかなるっしょ。


 異世界に召喚され、テンプレの主人公(勇者)に成り上がったユウシの立ち直りは早かった。本当の意味で味方もいない状況なら、常に見極めればいい。人も状況もついでに場の空気を読むことには長けている。高校で剣道部部長をとして個性豊かな部員達をまとめていた経験が活かされるとき!


 よっぽど自分たちの召喚術に自信があったのかもしれないが、異世界の素性のしれない異物を偉い人(王様)の目の前に直通させるくらい安全性に対して緩い感覚の人達だ。従順な態度で振る舞っていればボロをみせてくれることもあるかもしれないし、自分に不利な状態になったらさっさと逃げればいい。幸い自分の魔力は(当たり前に)多いらしい。


 ユウシは思春期特有のやや過剰な自信と豪胆な性格、それと少しの腹黒さを持って魔王討伐を了承したのだった。元の世界に帰れる方法は魔王を倒すしかなさそうだったし。


 勇者は魔法使い、戦士、聖女というお約束パーティで旅立った。ユウシが各地で魔物をばっさばっさ倒し、聖剣を手に入れて魔王の胸に突き立てるまでなんと3ヶ月。異世界現地人である仲間達も驚く早さだった。

 本当はあるはずだったらしい各種イベントを総スルーして最短での攻略である(恋愛イベントをスルーされた聖女は大変残念そうにしていた)。

 ちょっぱで討伐を終わらせたのには訳がある。元の世界に戻ると、時間軸は就寝して目覚めるまでのほんの数時間しか経過していないらしいが、肉体の時間経過は戻らないとのことだ。このあたりは召喚初日に真っ先に確認していた。

 うっかり何年も異世界で過ごして帰還するときはおじさんに…とかなったら両親になんと説明すればいいのか。なんなら息子であると信じてもらえない可能性の方が高い。

 

 一応「帰りづらくなったら永住していいよ、ただし聖女と結婚してね」的なことを王様から言われていたが、ユウシとしてはアブナイ魔法の世界よりも安心安全な日本に戻りたいものである。それに部活を引退して大学受験に向けて本腰を入れたところだ。しかも「大学生になったら付き合おうね」と約束した女の子(後の嫁)もいるのだ!!帰りたくない理由が無いではないか!!!


 そんな感じでそれはもう鬼気迫る様子で魔物を無慈悲に切り捨て突き進む勇者は人族をも震え上がらせ、「凶勇者」として異世界の歴史に名を残すこととなるのだが、日本に帰るユウシには関係のないことだ。


 そうして対峙した魔王はさすがに強かった。共に戦った仲間は一人倒れ二人倒れ、気付けばユウシ一人が魔王と刃を交わしていた。しかし強い思いのもと(ここに異世界の平和への願いは含まれない)ついに魔王の胸に聖剣を突き入れたのだった。


 その時、初めて間近で見た魔王の目の色は、紫色だった。





 ――――― まあ、どうにかなるだろ。


 元勇者の立ち直りはやはり早かった。あの頃の豪胆さは健在である。


 いつまでも赤ん坊を腕に抱いたまま動かない息子に焦れ、初孫を奪い取った母は紫色の瞳について言及しない。こんな日本人離れをした目をもつ新生児に、他の大人達もツッコミを入れる者は誰もいない。どうやら紫色に見えているのは自分のみのようだ。

 それに自分の母は「ユウシが生まれたときにそっくり!」と言っているので、我が子に間違いは無いだろう。…今のは失言だったとユウシは直ちに反省し、我が妻に(心の中で)土下座をした。


 両家揃っての初孫フィーバーに湧く様子を眺めながらユウシは考察する。


 そういえば息を引き取る寸前「来世ではおまえに勝ちたいものだ」とか言ってたなぁ、魔王。つまり世界を越えて有言実行をしに来たようだ。よりにもよって元勇者の子供として。

 だが世界が違うせいかもれないが、子供からあのときのような禍々しい気配は感じられないし、あ、今あくびしたのめっちゃ可愛いし、戦いの中で徐々に過剰だった魔力を削られて正気を取り戻した魔王は普通にいい奴っぽかった。

 戦いの中で会話を試みているうちに(今思えばずいぶん器用なことをしたものだ)友情のような感情が芽生えたのも事実だ。そんな相手に刃を突き立てることに躊躇したものの「もう生きていたくない」という悲鳴のような懇願を聞いて聖剣で貫いたが、好感を抱いていたのは魔王も同じだったようでその目に憎悪のようなものは感じなかった。


 つまり「おまえに勝ちたい」というのは「おまえを殺す!」という意味合いではなくて「ライバルを越える!」的な感じだったのではないだろうか。うん、そうに違いない。そうでない方だったら家族間殺人が発生する。それは勘弁願いたい。マジで。

 

 それならいくらでも挑んで来るがいい、息子よ。世界を跨いでまで自分のもとに来たのだ。全身全霊を持って叩きのめしてくれようぞ!


 まるで魔王のようなことを考えながら元勇者は元魔王である息子に(心の中で)誓ったのであった。



 元魔王で紫色の瞳を持つ(ただしユウシにしか見えない)息子はマオと名付けられた。即決だった。妻は怪訝な顔をしたが、元勇者でユウシの名を持つ故に譲れないものがあった。この部分は謎の拘りである。

 後に有名女性スケーターと同じ名前と発覚し「女の子の名前」とおともだちにからかわれて幼い息子は泣きべそをかくことになるが、その時はちょっと軽率だった思ったものだ。


 幼稚園に上がった息子マオはずいぶん口が達者な子供に育ったのだが、どうやら前世の記憶は無いようだ。試しにカマをかけたみたこともあるが、きょとんとするだけだった。

 ただ幼稚園で書いたという家族の絵はマオは紫色、ユウシは黄色の目をしていた。

 異世界に行っている間、何故かユウシの目は黄色になり、帰って来たら元の濃茶色に戻ったと思っていたのだが、元魔王には黄色のままに見えているようだ。元勇者にも見ることが出来ないものがわかるとは、記憶は無いとはいえさすがは元魔王である、と感心したが、妻や幼稚園の先生方はずいぶん心配したらしい。

 子供特有の想像力によるものではなく「ボクの目は紫で、パパは黄色なんだ」と本気で言っていたので妻が眼科医に診せるほどであった。

 …元勇者と元魔王、異世界召喚と異世界転生という非現実的な現象を現在進行中で目の当たりにしているユウシはちょっと周りと感覚がずれていたようだ。目の色を信じてもらえなく泣く息子に「パパもその色に見える」ということと「これはパパとマオだけの秘密だぞ」と言い含め、わくわくさせる方向へ導くことに成功したのだった。

 それから絵の中の自分(息子)とパパの目は黒になったのだった。



 ところで、ユウシは大学時代も剣道に邁進していた。それはもう全国大会とかに出場しちゃうほどの実力の持ち主だ。社会人になった今では、近所の剣道道場で子供達に教えたりしているのだが、最近我が息子マオが混ざっている。

 前に剣道部OBによる試合をしたのだが(もちろんユウシはぶっちぎりで強かった)、そこで応援に来ていたマオの何かが目覚めたらしい。「すごく強くなってパパに勝つんだ!」と宣言していたので、前世の遺言がついに実行に移されるようだ。

 …まあ普段からゲームでもトランプでもユウシは(それはもう大人げなく)マオを負かしていたので、その延長のようなものかもしれないが。


 「ならばパパより強くなってみせろ。いくらでも相手をしてやる」と元勇者は元魔王にわるものっぽく宣言したのだった。今度は口に出して。妻はいつもの事ながら大人げない、と思いつつ温かく見守っていた。


 そんな元勇者()元魔王(息子)の勝敗は、マオが高校3年生になってようやく息子に軍配が上がった。ユウシは「寄る年波には敵わない」と負け惜しみを言っていたが、とても満足しているようだった。

 前世からの想いは28年経ってようやく果たせた…と思ったのだが、マオはその後あっさり剣道を辞めてしまった。これには学校も妻もユウシも焦った。何せ全国大会に進出どころか、日本一を勝ち取れる程の実力を持っているのだ。剣道一筋!!を文字通り貫いていたマオに何があったのか心配したが「父さんに勝てたからもう剣道は満足」の一言で周囲の説得を一蹴してしまった。


 これによりユウシは剣道関係者から若干の恨みを買うことになるのだが、些細なことだ。それよりも今度は「父さんより偏差値高い大学に入ってみせる!」と言い出したのだ。

 ごく普通の家庭でこの発言は「よし、頑張れ!」で終わるのだが、うちはちょっと違う。確かに一般的な平和な家庭に間違いないのだが、元勇者と元魔王の親子だ(認識しているのはユウシのみだが)。ちょっと、いやかなりだいぶ前世の宣言に引っ張られすぎてはしないか?マオ本人にはそんな意識は無いのだろうし、もっと世間に目を向けてみればそういう親越えを目標に掲げる子供もいるだろう。しかし我が息子は「父さんよりもいい大学に行って、大きな会社に入る。いずれは会社を立ち上げて社長になって父さんを越える!」とかとても尋常じゃない様子で言っている(ちなみにこの時ユウシは友人が起業した中規模会社の専務である)。


 息子に人生の目標としてもらっていることは嬉しい反面、自分(父親)に固執しすぎているような気もする…。


――――― おまえに勝ちたい


 これが無意識下で彼の行動原理に繋がっているのなら、もはや呪いのようだ。一度、前世のことも含めてじっくり話し合ったほうがいいのではないだろうか…。今も目の色はマオは紫に見えるし、マオもユウシの目は黄色に見えている。もうソレが“普通では無い”ということは彼も理解しているから、前世の話をしてもきっと信じるだろう。でもそれを話して息子は受け入れるだろうか?前世の呪いのようだと絶望するだろうか?それとも…?


 元勇者は人生で最大限に悩んでいる。





――――― まあ、なるようになるか。


 悩んだのは一瞬だった。息子の生涯に関わる局面にも関わらず、相変わらずの豪胆さ、即断即決はある意味勇者である。年を重ねて楽観的なところも加わったのかもしれない。

 なにしろ思春期だ。親に反抗心、マオの場合は対抗心が強いようだが、そんなもの普通の親子が通る道じゃないか。例え目標が父親越えだろうが前世の影響だろうが、息子は自分が行く道をしっかり立てている。立派なものじゃないか。もしも折れそうになったら支えてやればいい。なに、俺は元勇者だ。異世界を救った実績もある。元魔王だろうが救ってみせるさ。


 なんたって愛する我が子だ。救う時は徹底的に、魔王も真っ青な活躍をしてみせる。






 紫色の目が見下ろしている。


 あのときと逆だなぁと回想しながら、病院のベッドに横たわったユウシは同じく年を重ねた紫の目を見返す。

 結局ユウシはマオの前世の事を話すことはなかったし、マオも瞳の色の秘密について尋ねることはなかった。もしかしたらマオは前世を思い出しているのかもしれないが、そんなことはどうでもいいことだ。


 広くはない病室には、マオの家族が集まってくれている。皆、学業に仕事にと忙しいであろうに、こうしてユウシを見送りに駆けつけたのだ。

 元魔王は本当に良い家族を得たと誇らしく思う元勇者だ。


 マオ思春期のあの日(やや血走った目で)宣言した道を見事に果たし、どんな形であれ自分を一つずつ越えていく息子の姿は爽快だった。…さすがに授かり学生結婚した時にドヤ顔したときはぶん殴ったけど。あれは魔王戦以来の会心の一撃だったと元勇者は思う。


 日本社会のなんやかんや総合的な面においても私生活においてもマオがユウシに負けている要素は無いと思われるが、息子は「まだまだ父さんには勝てない」と言う。

 すこし思考が鈍くなった元勇者は考える。何がまだ息子は勝てていないのだろうかと。


――――― まあいっか。みんなみんな、幸せそうだし。


 いまわの際に元勇者、いや、ユウシはそう結論付けた。もちろん即決だ。ある意味悟ったと言っていいだろう。

 勝ち負けなんて異世界に、マオにとっては前世に置いてきたんだ。父に勝つとか越えるとか言うのは息子(マオ)自身。元魔王とか元勇者とか関係ないよ。きっと。


 ずっと紫の目が見下ろしている。どんなに、何度も、負けても悔しくても、絶対に見せなかった涙を流しながら。その目には惜別の念しか見えない。

 そして息子は「ありがとう」と言葉にした。


 そうして満足げに最後の息を吐き、ユウシはマオには黄色に見える目を閉じたのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 凄く良かったです…! 暖かい気持ちになりました。 色んな想像を掻き立てられ、楽しませていただきました^^ 素敵なお話をありがとうございます!
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