15頁-朱に染まった猫(6)
「嘘が分かるって…どういうこった?」
殴るために掲げられた腕がぴたりと止まる。
左手は、以前胸倉をつかんだままだけれども。
「…殴らないの?」
「うるさい。…質問してんだよ」
「詳しくは言わない。…ただ、嘘を吐くと分かるってだけ」
「…お前、本気で言ってるのか?」
ふと、体の圧迫感がなくなる。
つかまれていた胸倉が離されたのだと分かる…。あ、シャツ伸びてる。
「本気で言ってる。…信じる?」
「…信じない」
「…やっぱりそうか」
男二人で向かい合って、沈黙。
僕も、山本も一切喋ろうとしない。
「何か知ってる事があれば教えてほしいんだけど」
「お前が本当に嘘が分かるなら、いい」
見つめ合う。
…沈黙。
背中の後ろでわしゃわしゃと、指を動かしてみる。
…落ち着かない。
「じゃあ、何か言ってみてよ。…それが嘘かどうか当てるから」
この言い方は正解だろうか。
間違ってたら、殴られてきっとすごく痛いんだろうなあ。
「…俺は学年で二番目に頭がいい」
「自慢?」
「ちげーよ!これが嘘かどうか当てろと…」
「いや、だから自慢でしょ。…本当みたいだから」
…内心すごく驚いてる。
金髪で、だらだらとした格好してて、いかにも勉強のできない不良といった姿なのに、頭がいいの?…と。
「ちなみに聞くけど、一番って誰なのさ?」
「ん?お前もよく知ってるんじゃないのか」
「…いや、だから誰なのさ」
「鈴木 想だよ、お前といつもじゃれあってる探偵マニア」
「えー、あいつなの…」
げんなりだ。
…いや、頭がよさそうなのは分かっていたけれども、あれが、あのちびが、学年一位の頭の持主だなんて。
「…ちなみに、三番はさっき後ろ"ザザザ"、"ザザザザザ"」
「あ、それが嘘なんだね」
山本がびくり、と反応する。
「え、…お前本気で分かるのか…?」
何か、近付いてきた。
近いって!
「いや、だからさっきから…」
「…俺の無実を証明してくれるか?」
すごく近い山本に小声で言われる。
彼は僕よりも大きいから、少し怖い。
「できるかどうかは分からないけど、君が手伝ってくれるなら出来る限りの努力はするよ?」
「なんでそこまで…?」
「私利私欲のため」
うむ。
「…探偵ごっこに付き合ってるのか」
「自己満足のためにね。…暇つぶしにはちょうどいい」
「…」
…また選択を間違えたかな。
「携帯出せ」
「え?」
「いいから、早く出せ。…俺の連絡先を教える」
ああ、なるほど。
言われて慌ててポケットから携帯電話を取り出す。
…メニューから、赤外線通信…を選択。
便利になったものだ。
「よし、これでいい」
連絡先を交換する。
「後で電話する」
「え、あ、分かった」
それだけ言うと、山本はくるりと僕に背を向けて見張りをさせていた取り巻き(?)の方に歩いて行く。
…と、ふと立ち止まってこっちを振り返る。
「お前…人との会話に慣れてないだろ」
「…何で分かった?」
「普通な…ずっと人の目を見て会話できるような奴はいないんだよ。…会話に慣れてる奴はもっとうまく会話する」
それだけ言うと、またまっすぐ歩いて行ってしまった。
「あー…」
…なるほど。
ずっと目を見て話す人は少ないのか。
まあ、やめるつもりはないけれども。…だって、怖いし。
人と会話しているときに目を離すなんて、僕には出来ない。…その人が何を見ているか、何を考えているか、…目を離した瞬間に何かをされるかもしれないような状況で目を離すなんて真似は僕には出来ない。
…と、木々の間で立ちつくしながら僕は呟いていた。
はたから見れば、確実に変人だけど…まあ、大丈夫。