14頁-朱に染まった猫(5)
事件は、思わぬところから急激に進展することになる。
…それは、犯人のミスだったり、天才的な探偵の存在だったり、着実に証拠を探す警察の努力の賜物だったり…。いつ、何が起きるか分からないのが、事件というものだ。
学校に着いたとき、いや、…その後先生の話を聞いた時、強くそう思った。
「先日、新垣さんの机に悪戯をする事件が起きましたが…、山本君達は、その関係で今日から停学処分となっています。…当たり前のことですが、皆さん余計な詮索はしないようにしてください」
先生が教室を出ていくと、教室は一気に騒がしくなった。
…僕は、机に突っ伏しながら…少しだけ、強く左足を抓った。
「さて、…分かっているだろうが」
いつものように、放課後ミステリー研究部の部室でソウが偉そうに呟く。
新垣さんは、微笑みながら…僕は微妙に顔をしかめながら、話を聞く。
「山本君達が、犯人らしい」
「詮索するなって、言ってたけどね」
「…本当に、そうなら…」
ソウが新垣さんの方へと首を向ける。
「残念ながら、先に犯人を見つけるという私達への依頼は失敗したことになる…申し訳ない」
「ううん、気にしないで?…結構楽しかったから」
「…そうか」
若干暗いソウ…似合わない。
「ふー…僕が確かめてこようか」
「…駄目だ」
「うん、気にしないで、…マナミくん」
…微妙に親しくなってくれた新垣さん。
それは嬉しいけれども…。
「…ソウは、山本達が犯人とか思ってないんじゃないの?」
「山本君達は、俗に不良と呼ばれるタイプの人間だ。…悪い噂も多いと聞く。…そんな彼らが犯人であっても不思議ではない」
「いや、それはどうでもいい。…彼らが犯人だと思ってるの?」
「…」
しばし、沈黙。
誰も…音を立てることすら怖がるように、固まる。
「…彼らが、犯人だと…"ザザザザ"いる」
「そう」
「…呼んだか?」
「呼んでない、黙っとけ」
…ふー。
決めた。
何でこんなくだらないことを決めてしまったのか、分からないけれど。
「新垣さん、それと、ソウ。…僕、帰るね」
「…え、ちょっと、マナミく…」
言いきらないうちに、さっさと鞄を持って部室を出る。
走るように下駄箱へと急ぎ、校外に出る。当然彼らの住所はすでに調べてある。
…到着。
彼ら…というか山本の家。
インターフォンを鳴らす。…ピンポーン。
「はい、どちら様でしょうか?」
無理やり高い声を出しているような、女性の声。
…お母さんとかかな。
少しだけかがんで、インターフォンに自己紹介する。
「山本君と同じクラスの、鈴木 真実です。…いらっしゃいませんか?」
「えっと、今武は…友達と遊びに」
…いい度胸だ。
ふふふ。
「…どこのあたりに居るか分かりますか?」
インターフォン越しの会話。
…それでも、この母親が疲れようとも、息子を心配していることが伝わってくる。…それは言葉に現れなくても…。
「駅のあたりの…ゲームセンター辺りかも知れません…。あの、…あの子の事を信じてやってください」
…言葉にも、それは現れて、
「もちろんです。…ありがとうございました」
「はい、…私からもお願い。…あの子、怒っちゃって」
…駅へと、走る。
逃がすものか。
…逃げたわけではないのだろうけれども。
駅の周りにあるいくつかのゲームセンターの中で、一番大きい一つに入ると、すぐに彼らは見つかった。
五人ほどで、格闘ゲームを回して遊んでいる。
その中心には…山本。
「…ん?…お前、真実か」
「は?何しに来たんだよ」
やかましい。
「うっさい、引っこんでてほしいのですけど」
…僕、不良は苦手だ。
とくに、喧嘩なんてなったら泣きたくなる。
「…俺に用かよ?」
「うん。…ここ、うるさいから公園にでもいかない?」
おいでおいで、と手招きする。
「…てめえ」
すっと、立ちあがると、僕の前に立ち、僕の胸倉を掴み、叫ぶようにどなる。
「ふざけてんのか!?ああ?」
「いいから、来いよ」
…自分でも、ぞっとするほどの、低い声。
ここまでの低音が自分の口から出たものか疑わしい位の。
「いい、度胸だなあ?」
ぞろぞろと六人で連れ添って公園へ行く。
…少し広めの公園で、林の中に入ると周りからは気づかれない。
「で?何、お前俺の憂さ晴らしに殴られてくれるの?」
「いや、君が白い猫を殺して新垣さんの机の中に放り込むような犯罪紛いのいじめ行為を行ったのかを詰問しにきたんだけど」
山本は一瞬叫んだかと思うと、僕の胸倉を突然つかみ、そのまま押し倒すように放り投げられて、僕を見降ろした。
「てて…腰打った…」
「おい、山本…どうすんだよ」
「あ?…殴っていいだろ、こんなのよ」
と、近寄ってくる。
…いい加減、腹が立つ。
何様のつもりだ。
まず、質問に答えろ。
立ち上がる、僕。
「殴ってもいいよ?」
強気で、立ちあがった割には、すごく弱気な発言。
…だって僕、チキンですから。
「はははは!こいつ、マゾかよ」
何だか、五人にまとめて笑われている。
正直な話、展開が早過ぎて僕自身がついていけないんだけど。
「ただし、…本当に殴りたいならね」
僕に近寄ってきた五人の歩みが、一瞬だけ、…ぴたり、と止まる。
「は?」
「だからさ、…大きな声で、僕を殴りたいと言えるならば、殴ってもいいよ?」
にっこりと笑って、そう言った。
「…まず、後ろの…君、本当に僕を殴りたいの?」
顔の向きだけで一人…ピアス三つの男を特定して話しかける。
彼はぼきぼきと指を鳴らすと、首を回しながら言った。
「ははは、当たり前だろ?」
「…じゃあ、次の君は?」
少し、小柄の茶髪に言う。
「…な、殴り"ザザザ"」
なんて言ったかは…どうでもいいけど。
とりあえず、こいつが嘘を言ったことは確定的な訳で、おそらくこの場面で「殴りたくない」なんて言わないだろうから、こいつの本心は殴りたくない、な訳だ。
「…君、下がって?…殴りたくないなら殴らなくていい」
「は?」
周りの全員が少しきょとんとする。
だから、どうした。
…僕は、痛いのは嫌いなんだ。
「だから、殴りたくないなら、殴るな。…で、次の君は?」
律儀に待ってくれている彼らに感謝しつつ、質問を続ける。
今だに、茶髪の彼は戸惑った様子で立ちつくしている。
僕が呼びかけると、その茶髪を見ていた大柄の男がこっちを見て唸るように言う。
「"ザザザ"」
…こいつも、ダウト。
「君も、だめ。…次は?」
「お前…何言って…!」
僕に近寄ってくる、大柄。
「うるさい。殴りたくないなら殴るな。…声に気合いが入ってないよ、君のは」
本当は、気合云々なんて知ったこっちゃない。
正直、腰打ってびびってる僕に気合を騙るような資格すらないだろう。
「いいから、次…」
大柄は、舌うちすると、元の場所に戻る。…律儀なことだ。
「え、いや…」
「はい、ナニ?」
「な、殴ってやるよ!」
オールバックもそう叫ぶ。
苦しそうだ。
「…で、山本は?」
「ぶっ殺してやるよ」
…ふーん。
怖い。
「まあ、いいや…最初のピアスの君。…本当に僕を殴りたいの?」
ピアスに話しかけてはいるけれども、僕の視線の先に居るのは僕を殴りたいと嘘を吐いた二人。
「そこにいる彼らみたいに、殴らない方がいいんじゃないかな。…山本は本当に殴りたいそうだけど、君はまだまだ…迷ってる」
全部、適当。
僕に分かるのは、1か0だけ。嘘か、真実か。
「な、…!」
ピアス、脱落。
「で、オールバックは?」
もはや、あだ名。
「今のところ、ピアスの彼も、茶髪も、大柄の彼も…皆殴らない方がいいと思ってるみたいだけれども?…それでも、君は殴りたいの?殴ったところで何のメリットもない、さらに通報されるかも知れない、デメリットしかない僕を」
「あ、当たり前…だろ!」
「おい、てめえ、ごちゃごちゃと…」
「うるさいよ、黙ってろ。…本当に殴りたいの?」
「その前に、俺はお前を殴りたくないなんて一言も…!」
「ピアスの君は、殴りたい訳ないじゃない。…そんなにデメリットだらけの行動をとるような人に見えない」
「…おい、山本。…お前の喧嘩何だから、お前が責任取れよ」
あはは、オールバックもお疲れ様だ。
…後、一人。
「腰ぬけ野郎どもが!」
「…山本、君には聞きたいことがあるんだ。…殴ってもいい。…猫、殺したの?」
「…いい度胸だなあ?…ああ、"ザザザ"だ!俺があの猫を"ザザザザ"んだよ!」
…おお、よかったよかった。
「…待って、殴られるわけにはいかなくなった」
「…あ?」
「君が猫を殺していないと分かったからね」
「何言ってんだ、お前…」
「その前に、その後の四人どっかに行ってくれないかな。…二人で話がしたいんだけど」
「てめえ、さっきから言わせておけば…!」
僕は、小説の主人公でもなければ、特殊能力を持っている訳でもない。
…いや、嘘が分かるというデメリットだらけの能力ならあるけど。
だから、どうした。
「子供臭い会話してんじゃないよ。いいから、散ってください」
しっしっし、と手を払う。
「おい、いいよ。…お前ら、見張ってろ」
「…そいつ、殺しとけ」
何だかんだ言って、山本も人払いをしてくれた。
…金髪の割にはいいやつだ。
人が居なくなったことを確認すると、改めて山本に向き合う。
「…どういうことだよ、糞野郎」
「フェアじゃないから教えてあげるね」
「あ?」
「…僕、嘘が分かるんだよ。…人が吐いたことがね」
「…は?」
「だから、彼らが殴りたくないってことも分かった。…君が猫を殺していないことも」
向かい合うようにして立つ。
「…っ!」
突然、胸に衝撃が走ったと思ったら、いきなり背中に衝撃が走る。
それは痛みのようでもあり、熱のようでもあって、何が起きたのかすぐには分からなかった。
…胸倉をつかまれて、思い切り木に叩きつけられたのだと、理解する。
「お前…」
そして、山本の握りこぶしが…恐らく利き手の右手の拳が、銃に装填するように、…殴る体制を取って…、
そして…、