12頁-朱に染まった猫(3)
視聴覚室につくと、佐々木から、色々と聞かれてしまった。
返答は適当に、ごまかすように。
そのまま、自習する。
正しい寝方を自習していた。
淡々と言うと、それなりにまともに見えるかもしれない。
放課後、警察が教室の中で色々と調べ物をしていた。
…人は少ないけど。
この学校が私立だから、警察を呼んだのかもしれない。
いじめ、と言うにはちょっと過激なものだけれども。
警察に色々と事情を聞かれそうになったけれども、「疲れていて…すみません」とだけ言って切り抜ける。
下駄箱について、靴を履きかえる。
「こら、マナミ。君は何をしているんだ。…早く部室に来るように」
…靴をもう一度履き替える。
そのまま、ソウに先導されて部室に行く。
歩きながら、話しかけてみる。
「そういえば、教室行って何かあった?」
「警察に怒られただけだ。…特に収穫もない」
「無駄な」
「君はいつも一言多いな?」
そう言いながら、部室の扉を開ける。
…蒸し暑い部屋だ。
鞄を置いて、ふと中を見る。
新垣さんがパイプイスに座っている。
「遅い。…ここほこりっぽいね」
「ごめんごめん。…忘れていたわけじゃないんだよ」
「やっぱり君も嘘つきだな?」
やかましい。
新垣さんと机を挟むようにして対面して座る。
ソウはいつものように、一人だけ偉そうな黒いイスに座っている。
パタパタと、手をうちわ代りにして仰ぐ新垣さん。
…こうしてみると、いたって普通の女の子…かもしれない。
「さて…本題に入ろうか」
「うん、ここって依頼とかも受け付けてるんでしょ?じゃあ、あの子をあんな風にした犯人見つけて私に教えて」
「うむ。その依頼を受けよう」
「…」
なんか、勝手に話が進んでいる。
特に異論はないつもりだけれども。
「それと…君にあんなことをするような人が思いつくのだろう?」
「よく分かったね。…先生にも言ってなかったのに」
「そこのマナミは勘が鋭くてね」
「僕かよ」
「へー、ま、いいかな…。それで、あんなことをする人の心当たりだけれども…」
何で、女性ってこうなんだろう。
大事な話をするとき…いきなり真面目な顔になる。
その切り替えが出来る事が大人なのかも知れないけど。
「心当たり…だけれども?」
「クラスのさ、田中君と木畑君に、中学の頃いじめられてたんだよね」
「ずいぶんとエスカレートしているな」
「そうだね、まあ、いじめって言っても落書きされたりとか、靴を…とかだけど」
この学校、いじめられっ子みたいな人多いのかな。
それとも依頼に来るような人がいじめられっ子なのか。
「まあいい。…明日からその二人について色々と探ってみればいいだけだ」
「うん。期待してるよ」
「ソウに任せとけばいいよ」
無責任な信頼。
さっきの仕返しをしてみる。
「あ、でも手伝わせて?…何かしていないと嫌でさ」
一瞬だけ声が暗くなる。
それと表情も。
でもそれは本当に一瞬の事で、すぐに明るい新垣さんに戻った。
…戻った、という表現が正しいのか、繕ったという表現が正しいのかは知らないけど。
「分かった。…とりあえず、今から校舎裏に行ってみようと思うのだが」
「悪くないね。…何か残っているかもしれない」
そのまま帰ることになったので、それぞれ鞄を持って校舎裏に行く。
…今気づいたけど、何気に女の子が二人もいる。
新垣さんは僕と同じくらいの身長で…ソウは言うまでもない。
なんだか、ソウを真中にして歩いていると、家族みたいだ。
…可哀そうに。
「…マナミ、いい加減私を見てため息をつくのをやめないか」
「あ、ごめん。何でもない」
「別に、背が低くて、困ったことなんて"ザザザザザザ"」
あるんだろうなあ…。
「…仲いいね、二人とも」
「どこが?」「そうだろう?」
僕とソウの声が被る。
思わず…立ち止まってしまった。
…内容はばらばらだけれども。
「マナミとはいい友人だよ」
「こんな嘘つきの友人はいらない」
「あはは」
こんな明るい会話も、校舎裏が見えてくると…ぴたりと止まった。
体がこわばる感覚。
きっと僕の顔も…真剣な顔になっていると思う。
いてもたってもいられなくなって、先に校舎裏にたどり着く。
…足元や、周りを見る…が、特に何もない。
「何か…あった?」
「いや…」
やっぱり、何も残っていない。…少し違和感はあるけど。
あるのは…段ボールが置いてあった痕跡だけ。
ちょっと土が四角く形どっているだけで…他には何もない。
「本当に…何もないか?」
「うん、何も」
「…変だな」
…何が?
「変って、何が?」
僕の気持ちを、新垣さんが代弁してくれる。
同じ事を考えていたらしく…ソウの傍に二人で近寄る。
「少し動かそうとしただけで、あれだけ嫌がった猫なんだ。…あのときは大きく鳴いたりはしなかったが…どんどんあの場所から離れれば、鳴いたかもしれないだろう?…つまり、ここからまっすぐ教室に行ったとしても…どこかで気づかれてしまうかもしれない」
気づかれる…か。
となると、犯人は…、
「ここで殺したかもしれない…ってこと?」
はっとしたような、新垣さんの息をのむ音。
見ると、手で口を押さえている…。
「そう。…もちろん、殺し方にもよるが…何か残っていても不思議ではない」
「いやでも…」
「まあ、それは置いといてくれ…問題は、そこではない」
だとすれば、どこが問題なんだ。
何も、残っていない…この状況の。
「何故段ボールも残っていない?」
「いや、…段ボールも犯人が持って行ったんじゃないの?」
「そんなメリットがどこにある?仔猫の獣の匂いが染みつき、糞も入っていたはずの段ボールだ。…証拠の塊じゃないか」
「段ボール…か」
「そうだ。さらに言えば、中に入っていた糞を君ならばどうする?捨てるだろう、この場で。…その方が都合がいい」
たしかに…ここには証拠になるようなものはおろか…糞が落ちていたりする事もない。
…本当に、何も残っていない。
「まあ、だからと言って…皆の鞄を開けて臭いをかぐ訳にもいくまい…」
そう呟くと、ソウはため息をついた。
…新垣さんの方を見ると…、茫然としている。
「大丈夫?」
「あ、うん。…ありがと」
「気にしないで」
そんな会話をしても…やはり新垣さんは茫然としている。
…僕も何か考えなければ、と強く思った。
けど、強く思っただけで…結局その日は何も出来ずに、家に帰ることになった。
寝る前にメールを確認すると、一件だけメールが入っていた。
差出人は…ソウ。
[慰めて欲しければそう言えばいい。ありとあらゆる慰め方をしてやる]
…あいにくと、僕はそこまで悲しんでいない。
あの白猫が居なくなったところで…僕の人生に大きな影響を与えるわけじゃあない。
返信するのも面倒だったので、そのまま電気を消して眠りに落ちた。