11頁-朱に染まった猫(2)
校舎裏の白猫について、話した。
…淡々と、していたかもしれない。
「そうですか。…ありがとう」
「いえ」
僕が話した後、ソウが他に思い出したことを付け加えていく。
まるで、自分で確かめるように。
ソウが話し終えた後、気になってソウの隣に座っている新垣さんを見る。
もう泣きやんで、ただ俯いている…。
「新垣さん、大丈夫か?」
ソウが彼女の背中をさすりながら、声をかける。
「…大丈夫、ありがとう」
弱弱しい返事。
つかれたような、やつれたような…。
「新垣さん、落ち着きましたか?」
「はい、…私からも、あの子について話しますね」
「分かりました。お願いします」
先生は、まっすぐ、新垣さんを見つめている。
…もう先程の僕らの話は手帳にまとめ終わったみたいだ。
「最初に、…あの子を見たのは…先週の月曜日です…」
新垣さんは、そう言って…話し始めた。
ネットであの位の猫に何を食べさせればいいのか調べて、餌をあげていたこと。
白猫がどうしてもあそこから動かなかったこと。
母親を説得して、家で飼う許可を得たこと。
日曜日に学校に行ってみたら、もうあの白猫が居なくなっていたこと。
時折、本当に嬉しそうにあの白猫について話す彼女は…寂しさを紛らわしているよようだった。
…もう帰ってこない命を、名残惜しむかのように。
最後に、「あんな…ひどい…ことに…っ」とだけ言って…新垣さんはまた軽く泣き始めてしまった。
鼻をすすりながら…泣いている。
「ありがとうございます。…非常に申し訳ないのですが、もう一つだけお聞きしてもいいですか、新垣さん?」
「…っ…はい…」
ハンカチで顔を覆いながら、…そう答える。
ソウが背中をさすりながら…黙って聞いている。
僕は、何も出来ずにただただ…聞くだけだ。
「…言いにくいことかも知れませんが…、あんなことをする人に心当たりはありますか?」
一瞬、新垣さんの体が震えた。
僕は思わず…先生の方を向いてしまう。
まさか、そんな質問をするとは思っていなかったから。
と言うよりも、先生がこの場面でそんな質問をするとは…思っていなかった。
「…あ、えっと…」
「答えにくければ…そのままでも大丈夫ですよ」
新垣さんは…少しだけ間をおいて、答えた。
「あ…あ"ザザザザ"」
…ノイズ?
まさか、彼女が嘘を言ったというのだろうか。
僕は思わず、ソウを肘でつつく。
ソウが彼女の背中をさすりながら、耳をこちらに傾けてきた。
「何だ?」
「いや、ごめん…何でもない」
「…そうか」
ソウは迷うことなく、そう言ってまた新垣さんの方を向く。
「ありがとうございました。…もしかしたら、警察の方がまたお聞きするかもしれませんが…」
「ええ、分かっています」
「お二人には、新垣さんを保健室に連れて行って頂けますか?」
「分かりました」
と、僕らは新垣さんを挟むようにして、三人で並んで保健室へと向かう。
歩いている途中で…ふと、新垣さんが立ち止まった。
「どうした、大丈夫か?」
「…ミステリー研究部…だっけ」
彼女が何を言おうとしているのか、一瞬…分かった気がする。
そして、それは…彼女の強い意志を表しているような…気がした。
「確かに、私たちはミステリー研究部に所属している」
「…一応ね」
「じゃあ、…放課後、ちょっと付き合って欲しいんだけど…いい?」
「警察とかは、どうする?」
僕が考えている事は、おそらくソウも考えているだろう。
…彼女が、放課後に何を期待しているのか。
「…警察に犯人捕まえられちゃったら…文句の一つも言えないじゃない」
「そうだね、…吐き気がする生徒を拘束したりは流石にしないよね」
「だろうな」
新垣さんは、もう泣きやんでいた。
「なるほどな。ではマナミ、…新垣さんを保健室に連れて行ってくれ」
「はいはい、どこ行くのさ」
「教室に。…"ザザザザザ"を取りに行こうと思っている」
と言うと、さっさと僕らと反対方向にソウだけ歩いて行った。
必然的に新垣さんと僕が二人並んで歩くことになる。
「…新垣さん、強いね…メンタル的に」
「うん。…ちょっと困惑してただけ。それよりも、犯人にこの怒りをぶつけたい」
やっぱり、強い。
…正直尊敬する。
だけど…歩きながらちらりと隣の彼女を見ると…、肩が少し震えている。
強がりなのは、ソウと一緒か。
「ところで、…新垣さんってうちのクラスにいたっけ?」
「…いい度胸してるね」
彼女はそのまま左手を高く上げると…思い切り僕の背中に振り下ろしてきた。
廊下に響き渡る、何かが破裂したような大きな音。
とか言ってる余裕ない位、痛い。
「痛…っ」
「ほらほら、保健室に連れてって?」
「分かったよ…」
そう言って、僕の先を歩く彼女は…少しだけ笑っているみたいだ。
うん、背中を叩かれたかいがあった。
そして、新垣さんは保健室で休むこととなり…僕はその足で視聴覚室に向かった。
ソウの事忘れてる気がするけど、気にしない。