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春色  作者: てと
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春一番

【春一番】立春(2月4日ごろ)以降、初めて吹く南寄りの強風。



人の心にも春一番が吹く時がある。

それはいつ吹くのかは誰にもわからなくて。

もしかしたら夏に吹くのかもしれないし。

もしかしたら一年中吹かないかもしれない。

でも、心の春一番はいつか必ず訪れるもの。

季節の春一番も過ぎて、陽気も暖かくなってきたその日。

二人と一匹は出会ったのだ。




「何が悲しくて、春休みに学校に来ないといけないんだろうか…」


学校への道を歩くユウトは愚痴を吐きながら足を進めていた。

成績優秀、スポーツ万能、態度良好。

などという生徒ではなく、ましてやとても優等生でもなく名前とは裏腹にユウトは何もかも普通の高校生。

冬休みからわずか三ヶ月程度しか経っていないが、やっと始まった春休みはユウトにとって喜ばしいものだった。

が、母親の意向と教師の意向がばっちりと合ってしまい見事に学校で補習授業を受けることになったのだ。


「大体休みは勉強するためのものじゃないだろう。」


ぶつぶつと呟きながらも足は勝手に前に進む。

ふと、ユウトの足が十字路の手前で止まった。


「…ここでパンでも咥えた少女とぶつかって恋に落ちる…なんてのはどうだろうか…。」


もはや妄想の世界に逃げ込んだ哀れな少年になってしまった。


「よし!」


決意してユウトの足が再び動き出す。

十字路の角をゆっくりと越えるとそこには…。


「…誰もいないし。」


当然過ぎる現実にユウトの心は砕け散った…と思いきや。


「にゃ~ん。」


「お…猫じゃないか。」


足元に人懐っこい猫が一匹。

ユウトの足にすりすりと顔をこすりつけている。


「よしよし…お前が少女に変身してボクに幸せをもたらしてくれるんだな?」


「にゃ?」


猫はそんなことはどうでもよさそうな顔でユウトの差し出した指をぺろぺろと舐めている。


「あはは!!」


「ん?」


突然背後から鳴り響いた笑い声。

振り向けばそこにはお腹を抱えて笑う一人の女の子。


「何君、ちょーバカだね、あはは!」


失礼な奴だな、と思ったがユウトは先ほどまでの自分の発言を聞かれていたことに気づき猛烈に恥ずかしくなった。


「あーバカ、マジでバカだね救いようはあるけど。」


「初対面ですよね?」


いくらなんでもそこまで言われる筋合いは無い、ユウトはむっとして聞き返した。


「君も失礼だね、同じクラスの人間くらい覚えておいたほうがいいと思うよ?」


「あ、ボクは昨日引っ越してきたんで。」


「嘘つかないでよ、もう2年も一緒なんだから。」


冗談も真面目に返されて、ユウトは彼女の顔をじっと見る。

しかし顔に全く覚えが無く、ユウトはただ困惑して口から言葉が出ない。

女の子はそんなユウトの態度を見て本当にわからないの?と、少し悲しそうな顔をした。


「私だよ、なずな。」


「なずな…さん…。」


「え?まって、ほんとに?。」


「あ、思い出した。」


クラスでもユウトに匹敵するかなり地味な女の子、倉石なずな。


「地味すぎてわかんなかった?話したこともないよね、そういえば。」


「ていうか…。」


ユウトは少し言葉を飲み込んだがここは言ってやろうと思い口を開く。


「まさかこんなにフランクな感じの子だとは思わなかったよ。」


「そうね、学校だとこんな感じじゃないし。」


「なずなさんも補習?」


「君と違って私は成績優秀なんだけど、知らないよね。」


「でも補習なんでしょ?」


「にゃ~ん。」


なずながちょっとむっとして口を開こうとした瞬間、ユウトの足元にいた猫がなずなの足元へと寄り添っていた。


「…まぁいっか、この猫ちゃんに免じて君の無礼は許してあげるよ。」


「どうも。」


無礼は貴女もだし補習は図星なのかな、と思ったがこれ以上言い争いをしても仕方ないことなので言葉を呑み込んだ。

ふと、猫を撫でるなずなを見ながらユウトは時間を見て声を上げた。


「やばい!もう行かないと。」


「そか、終わったらどっか行かない?」


「なずなさんが待ってられればね。」


「待ってなかったらごめんね。」


「別にいいよ。」


それだけ言うとユウトは少し駈け出して学校へと向かった。


「にゃ~ん。」


猫が最後に一声鳴くと、それっきり何も音の無い世界にユウトは突入して言った。






「しんどすぎる…。」


それから4時間。

ようやく解放されたユウトが校門をくぐると、そこには先ほどの猫だけが座って待っていた。


「あれ…お前だけか。」


「私もいるわよ。」


なぜか少しだけ落胆してしまったユウトの後から声がして、なずなが笑いながら手を上げた。


「なんで後に?」


「驚くかと思って。」


「期待に答えられなかったね。」


「期待はしてないから安心して。」


「にゃ~ん。」


猫の鳴き声が妙にユウトの心を和ませる。

なずなが何を考えているのかなど、どうでもよくなってくる。


「あのさ。」


「なに?」


ユウトは意を決して聞いてみることにした。


「なんで、学校と違うの?」


「私が?」


「うん。」


「学校って、つまんないでしょ?」


「まぁそうだね。」


「だからかな。」


「ノッてこないってこと?」


「そんな感じ。」


風がひゅぅと吹いて、ユウトとなずなの間を通り過ぎた。

なずなが黙ってしまい、ユウトも何を言えばいいのかわからなくなり沈黙が始まる。

猫はそんな二人を交互に見上げながら不思議そうな顔をしている。


「ま、君もそんなときあるでしょ?」


「今さっきとかね。」


「補習なんて受けないように勉強すればいいのに。」


「なずなさんが教えてくれたらね。」


「ほんとに?」


「いや、言ってみただけだよ。」


「教えるのはいいけど、真面目にやってよね。」


「多分やらないから教えなくていいよ。」


「なにそれ。」


「その程度ってこと。」


「ふーん。」


少し残念そうも見えたなずなに、なんとなく罰が悪くなる。

昼の暖かい陽気が二人と一匹を包み込んで、猫がふにゃぁとアクビをしながらユウトの足に絡まるように座り丸まった。


「あのさ。」


「なに?」


ユウトが再び口を開き、なずなは毎度のことのようにユウトの顔をじっと見返す。


「春だね。」


「なにそれ、まぁ春だけど。」


「話す話題がないのさ。」


「正直者ね、まぁいいわよ。今日は君が普段どんなこと考えて生活してるのかわかったし。」


普段はそんなこと考えてないけどね、と言い訳しようとしたがムダそうなのでやめた。

これ以上会話が続かないと判断したのか、その言葉でなずなはユウトに背を向けて歩き出そうとする。


「そういえばさ。」


再び呼び止めるユウトになずなは足を止めて振り返った。


「なんで、ボクのことわかったの?」


「自分が地味だから気づかれないと思った?」


「まぁね。」


「そうね…強いて言えば…。」


「にゃ~ん!」


なずなが最後の言葉をためらった瞬間、猫が大きな声で鳴いた。

それは今日出会って一番の鳴き声。

一瞬二人はびくっと体を震わせて、猫の方を見つめた。


「…ま、今日は言わないでおく。」


その硬直が解けて、なずなが先に口を開いた。

そして、止めていた足を動かしだしてユウトから徐々に離れていく。


「…今日は…ね。」


その背中を見ながらユウトは呟いて、自分も絡まった猫をどけると足を進ませてなずなと反対方向に進み始めた。


「それじゃ次は、名前でも呼んでもらおうかな。」


ユウトの最後の呟きがなずなに聞こえたのかは定かではないが。

なずなの顔は少しだけ、ほころんでいた。

とても昔に書いたものを、なんとなく掘り起こしてなんとなく書き足してなんとなく公開している春の話。

春の話だけど、季節は春を少しだけ過ぎて…。

めずらしく短編ではないのと、珍しく恋する気持ちを描きたくなったのでわたしの中ではとても新鮮な気持ち。

ユウト目線となずな目線を交互に書いていくつもり。

ゆっくりだけど続けて書いていきたい、と思ってます。

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