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鉄拳パンチ!  作者: 須方三城
第弐章 海賊の墓標
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第玖話 海の恩寵


 誰かが来た。

 誰ぞが、見つけてくれた。


 この墓標を、求め、見つけてくれた。


 だが、どうだろう。


 この誰ぞは、果たして、意味を、意義を、報いを、くれるだろうか。


 確かめたい。問いたい。訊きたい。教えて欲しい。


 いや――認めて、欲しい。


 この血と罪に溺れた魂に、念仏など要らない。

 救いなど要らない。許しなど要らない。


 ただ、一言だけ、言って欲しい言葉があるのだ。

 肯定して欲しい事が、ひとつだけあるのだ。


 ……ああ、しかし、ああ、ああ……何と言う事だろう。


 突き動かされる。


 築くために奪い、奪い、そして奪われぬために奪い、奪い奪い奪い続けた。

 生前の慣習が……最早、本能――生理にまで昇華してしまったその悪癖が、妄執と合わさって、動いてしまう。


 息を吸う様に暴虐に振る舞い、息を吐く様に蹂躙せんとしてしまう。


 理性に反して、吠えてしまう。

 奪い尽くせ、と。


 無意味を、無意義を、報われ難い行為を繰り返させようとする。


 ああ、ああ、ああ。


 被害者ぶる権利など無い。

 知っている。とうの昔に。


 この虚しさは、当然の罰なのだ。

 この【罪悪感】は、背負うべき業なのだ。


 ――それでも。


 ただの一言、ただの一事。

 確かめたい、認めて欲しい。ただただ、それだけなのだ。


 頼む、お願いだ。


 どうか、この悪癖を――止めて、くれ。


 救いは要らない、許しは要らない。


 ただ、我が墓標に、この虚しいだけの墓標に、どうか――



   ◆



 幸いな事が、ひとつ。


 この幽霊だか魑魅霊だか、黒煙の亡者野郎……俺に執心の様子。

 恐怖の余り思考停止したウメちゃんを抱えて機動船に戻るツバキさんに、欠片も興味を示しちゃあいない。


 獲物は一匹一匹しぼって仕留めていく性分なのか……それとも一路盲目、目前の獲物しか見えていないのか。

 どちらにしても、有り難い。好都合ですよ。


 ……しかし、ツバキさんは俺の都合通りに動いてくれると思えない。


 あの御方は、きっとウメちゃんを機動船に戻したら、戻ってくる。

 絶対に、俺を助けにくる。俺の提案に渋々頷いたあの面は、そう言う事を考えている面だった。


 ああもう、格好良過ぎて惚れたくなりますね。

 乳房のついた男前、ってか。最高かっての。


 ですが、それは困る。

 この亡者野郎の攻撃は、防御できない。こいつがツバキさんに狙いを絞れば、俺にゃあ何もできない。


 冗談が過ぎる。ふざけるなって話だ。


 だから、さっさと終わらせる。


「……っし」


 ツバキさんの爛噴ランプが離れちまったおかげで辺りは闇の帳が戻った。

 何も見えない。ですが、問題ありません。亡者の気配はおぞましい程に濃い。見えずとも動きは察せます。


「オオオオオオオオ、オオオ、オォオオオオ!」

「……上等だ、テメェこの野郎。こっちも臓腑はらに一発イイのもらって、頭にキてんだよ」


 さて、ツバキさんがウメちゃんを船に置いて戻ってくるまで、せいぜい三〇秒あるかないかって所ですか?

 余裕が無い仕事ってのは俺の主義に反するんですがね……仕方無いったら、もうね!!


「ツバキさんが戻る前に、テメェの闘争心、完璧にへし折ってやる」

「オオオオオオ!」


 やれるもんならやってみろ、ってか。

 ええ、やれるだけやって、やり切ってやりますとも。


 では――試行錯誤していきましょう。

 まず亡者相手と言えば、やはりこれ。


南無阿弥陀仏なむあみだぶつゥ!」


 念仏を唱えながら、殴る。

 まぁ、俺は袈裟を着ているだけの分際ですので、念仏の意味とか種類とか知りませんが、とりあえず、聞いた事のある念仏は全部試す。


南無南無南無なむなむなむ阿弥南無あみなむ! 南無妙法蓮華経なむみょうほうれんげきょう! 晴屡弥はれるや! 愛合免ああめん! 慈慰賛救じいざす! 御尤真癒業解おうまいごっど!」


 よっしゃあ! 微塵も効果無し! 亡者の耳は馬の耳ってか!


 って、ぎゃっふぅッ!?

 ……ちょ、待っ、ま、げふ、ほんと、また臓腑を直殴りって、おま、馬鹿、おまッ……!


 ――んの野郎ッ!


「死ねゴルァ!」


 ああっと……俺にあるまじき荒々しい言葉を使ってしまった。

 今のは親父流、即ち十文字流の念仏って事でここはひとつ。


 んでもって、当然にすり抜けます、と。


 ええい、すり抜けた勢いのまま、走るとしましょう。


「オオォオオ!?」


 何逃げとんじゃおのれはァ!? と言わんばかりの咆哮。

 背後から不気味な気配が追ってくる。


「……ったく……どうした、もん、ですかねぇ……!」


 やっぱ、正面切っては無理ですわ。もう無理、もうお腹の中はやめてほんとに。痛いから。洒落になっていないから。鉄之助さん実はそんなに我慢強くないから。特に性欲方面はめっぽう。今は関係無い? そりゃあ失礼。


 まぁ、諦めてはいませんよ。さぁ、あと二〇秒もありませんが、試行錯誤を続けましょ……って、あ、しまった。この甲板、床が腐り果ててるんだった。

 そんな所を、俺みたいな重量級の者がどたばたと走れば、そりゃあ、抜けますよね。うん。


「だっはぁ!?」


 砕けた木片の雨と共に、甲板の下へ落下。

 貨物室、ですかね。感触から察するに、中身が蒸発し切って空になったと思われる大量の酒樽を背中で砕いて着地。樽の破砕で衝撃が逃げてくれたらしく、そのまま船底までブチ抜いて胃液の中へ、ってのは避けられた様だ。

 ほんと、妙な所で運が良い。もうちょい根本的な所で幸運に恵まれたいんですが……って、どぉう!?


「オオオオオオオオオオ!」

「っとに殺る気満々の満だなテメェ!?」


 うぉおおお……転がってどうにか回避できた……!

 この亡者、凄い勢いで降ってきやがった……!

 あんな勢いで拳から臓腑に飛び込まれてたら、流石に逝っちまうっての!


 ったく、なんたってこんな本気で殺しにきてるんで!?

 …………ああ、いや、冷静に考えてみりゃあ、そうか。


 今更ながら、この亡者の正体について推察してみる。

 幽霊なんて迷信……だなんて、この期に及んでのたまいませんよ。現に目の前にそれとしか思えないもんがいるんだ。いくら鉄丈郎テツジョウロウつってもそこまで頭は堅くない。


 んで、幽霊亡霊魑魅霊ありきで考察しますと。

 この亡者の正体……妥当な線を考えりゃあ、この船の船員か、船長さん、その執念って奴でしょう。

 何に執着しているかと言えば、やはり、この船に積まれている財宝。


 この亡者は、奪われまいと必死なんだ。財宝を。


 …………あれ?

 となると、悪いのは……ずけずけとあちらサンの縄張り――この船に侵入し、財宝を持ち去ろうとしている俺達の方なんでは……?


 そうだ……俺達が財宝を持ってこうとしてんのは、前提として「その財宝に持ち主がいないから」だ。

 亡者とは言え、持ち主がこうして存在している以上、それを持ってこうってのは筋が通らない。

 ツバキさんだって、略奪はしない主義ですし……こいつは……、


「……あー……その……えーと、亡者さん? ちょいと、今更ながらなんですが、お話合いで解決ってできませんかね?」


 あわよくば、ウメちゃん一家のためにも少しばかし財宝を分けてもらえたら嬉しいなぁ、なんて……。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 駄目ですか。そうですか。ですよね、まぁ。

 縄張りに入っちまった時点で、そちらサンとしては殺すにたる罪状ですよね。うん。元が海賊サンですしね。


「オオオオォォオオオオオオ! オオオオオ!」

「こうなりゃあ仕方無し……!」


 でも、あれですよ。

 ちょいと縄張りに入っただけで殺しに来るのは理不尽、間違っているって事で、引き続き迎撃はさしていただきます!


 ……ったく……それにしても、だ。

 そんな猛獣みてぇに躍起になってまで守る程、財宝が大事だってんですかい……!?


「って言うか、そもそもの疑問なんですがね? 亡者になっちまったら財宝なんて持ってても意味無くないですか……?」


 まぁ、おそらくですが、そう言う問題じゃあ無いって話なんでしょうね。

 蒐集しゅうしゅう家気質ってのは、集めた物が手元にあるだけで満足、手元から消えるのが嫌ってもんらしいですし。

 この亡者さんはそう言う気質で財宝に固執しているって事でしょう……、って、ん?


「…………ォォ…………ォオ、オオオオォォ……」

「…………?」


 ……何だ? 突然、咆哮の意気が、萎えた……?

 もしかして、俺の言葉に反応した……? どの辺に……?


「…………、……オオオオオオオオオオオオッッッ!!」

「ちぃッ!」


 すぐに盛り返しやがった。

 あのまましおらしくなってくれりゃあ良いものを……、ん、しお?


「そうだ、幽霊と言えばし、おぉおう!?」


 亡者の拳を寸での所でどうにか回避ィ!

 もう臓腑を殴られるのは御免だって話ですよ!


 それはさておき、次の策は決まり!


 ウメちゃんも言っていた、幽霊だのオバケだのの一般的な対処法。


 ――【しお】だ。

 魔除けの盛り塩だの塩撒きだのは歴史が古いし、文化の分布範囲も広い。試す価値は充分にある。

 そして幸い、海なら塩はいくらでもある、海面にでも叩き落として……って、あ。


 ……ここ、海は海でも、海化生の中でしたね、そう言えば。

 船の周りを満たしているのは、海水ではなく海化生の体液。

 生体液の塩分濃度でどうにかなるなら、臓腑を殴られて脂汗まみれの俺の皮膚を透過できる訳が無い。


 有力な策だと思ったんですがね……こりゃあ別案を……、いや、待て。

 三〇〇年前の船乗りさんの間でも、あの願掛けがあったなら、【あれ】が……!


「……………………」


 この匂いは……、在る!


「ははッ……ほんッと、俺は運が悪いんだか、良いんだか……!」


 いい加減、不幸中の幸いでなく普通の幸いに恵まれたいもんですが……それはともかく、神仏に感謝しましょう!


「オオオオオオオオオオオ!」

「はいはい、ちょいと失礼しまっす!」


 今度は床が抜けない様に注意しながら、脱兎の如く!



   ◆



 床は踏み抜かない様に、されど壁は遠慮無し。

 壁をブチ抜きまくって疾走する事、一〇秒ほど。


 辿り着きましたよって話だ。

 暗闇のせいで一切見えませんが、この匂いの濃さ……きっと、今、俺は山ほどの金銀財宝に四方八方を囲まれているんでしょうね。

 ――船の宝物庫、って所ですか。


「……ォォォォォォォォォォォォォ……」


 っと、のんびりしている場合じゃあないですね。亡者が追って来る。


 さて、と、探し物はいずこに……っと、見っけ。こいつですね。

 おお、おお、これは大物、ご立派です。


 ではでは……いただきます、っと。


 うん、うーん……おお、成程、成程。

 欠伸に潮風が吹き込んだ様な感覚に……生臭さ、これは魚の匂いですね。食べた事はありませんが風味くらいはわかりますとも。

 うん、うむ、ふむ、ふむ。味も食感も、実に雑多。いいえ、ここは豊富と言いましょう。


「ォォォォオオオオ、オオオオ、オオオオオオオオ!」


 ご到着って所で?

 そんでは、こちらも――


「変質、纏威まとい――」


 さぁ、この策は、決まるかどうか。


「オラァ!」

「オッオッオッオ、ォンッ!?」


 きっと、亡者は「無駄な足掻きだ」と嗤おうとしたんでしょう。

 ですが……賭けは、俺の勝ちだ。


 拳を突き抜けた感触――甘い痺れの様な、痛快な衝撃。


 鉄拳が、当たった!


「オベア、ギオォオ、オオ……!?」

「『何で触れるんだ!?』って言いた気な声ですね」


 どんな面してんでしょうね。暗闇なんで見えませんが、ま、大方、驚愕呆然って所ですかね。


「自慢も兼ねて教えてさしあげましょう、俺は【鉄丈郎テツジョウロウ】の十文字鉄之助。食った鉄と同じ性質の鉄に変身する事ができる」


 そんで俺が今、食ったのは――


「【万含団塊鋼まんがんだんかいはがね】――生前は船乗りの類だったんなら、ご存知でしょうよ?」

「ォオ……!」


 万含団塊鋼まんがんだんかいはがね

 海の万物が凝縮されて発生する海底鉱石。海底火山の排出物や海の者の骨など、海の万物を含む鉱石。希少な海底鉱石であり、発見できればそれは「海に愛されていると言う証左」だと大昔から言い伝えられた。故に、船乗りさん達はこいつを有り難がり、「海の恩寵を得られそうだ」と願掛けで船に積む。

 三〇〇年前からその風習は存在し、クック船長とやらも習っていたんでしょう。助かった。


 ええ、何せ、海の中で生まれる鉱石ですから……当然、塩だってたっぷり含むもんでしょう。


「俺の鉄拳は今、万含団塊鋼まんがんだんかいはがねの性質……即ち、塩分を多く含む黒鉄くろがね!」


 纏威まとい鉄腕無双てっかいむそう、改め――纏威まとい盛塩傑迫せいえんけっぱく


 そして俺の期待通り、亡者に塩は有効ときたッ!

 となればッ!


「さぁ、立場逆転って奴だ!」

「オ、ォオオオオオオオオ!」


 未だ、襲いかかってくる気配は意気軒昂。亡者らしくもない。

 しかし、無駄だ。もう、躱すまでも無し。


「オ……!?」


 全身に、変質を広げる。

 盛塩傑迫せいえんけっぱくは、この世ならざる亡者を捉えられる。即ち、亡者の攻撃を、拳を、防げる。

 もう、そちらサンの手は、俺の臓腑に届かない。


「オオ! オオオ! オォォオオ!? オ! オオ! オ! オオオオォオオオオオオオオ!?」


 自棄やけっぱちの滅多打ちって感じだ。

 全身のいたる所に叩かれる感触が伝う。でも、それだけ。


 臓腑を直で殴られる心配さえ無くなりゃあ、もうこっちのもんなんだって話。


「耳を突き抜けて行くとしても、一応、謝罪を――それとついでに、拳骨とお説教の時間だ!」


 亡者に乱打されながら、鉄拳を構える。


「そちらサンの縄張りにずけずけと立ち入った無礼、お詫びします。誠に申し訳ありません。……ですがね、やっぱり話も聞かずにいきなり殺そうとするってのは、間違っているでしょうが!! そこは、正させていただきますって話!!」


 くらえ、十文字流拳骨説法、奥義――


「【鉄拳正切てっけんせいさい】ッ!!」



   ◆



 ああ、凄まじい、一撃だった。


 殴られたのは顔面、しかし、衝撃は全身を突き抜けた。


 ……亡霊の身が死ぬのか、死と表現すべき状態に至るのかは、わからない。

 だがしかし、咄嗟に直感した。

 今、我が魂がこの世に留まるために必要だった何かが、粉砕されてしまったのだと。


 ――皮肉な、ものだな。

 ここにきて、何やら、安らかな気分だ。

 先程まで、狂った様にこの魂を駆り立て吠え立てていた妄執が、消え失せてしまった様だ。


 あの凄まじい拳に、浄化されてしまったのやも知れない。

 それくらい、爽快で、豪快な一撃であった。


 おかげで、今なら、今でこそならば、問える、聞ける、確かめられる。


「…………ヒトツ、教エテ、クレ、ナ、イカ……」

「! ……はい。なんでしょう。俺なんぞに答えられる事であれば、お答えしますとも」


 我の消滅を悟ってか、その声は、柔らかかった。

 二度目の終わりを前にしてようやく理性を取り戻せた、そんな哀れな亡者への慈悲か?

 いや……先程、何かを謝られた様な、おぼろげな記憶がある。もしや、その謝意の現れか?

 ……まぁ、良い。どちらでも。何にせよ、有り難い。


「オマエ、ハ、我ガ、墓標ヲ、ドウスルツモリ、ダ?」

「ぼひょう?」

「ソコラニ……転ガッテイルダロウ」

「もしや、財宝の事で……? ……もしも、いただいてもよろしいってんなら……銭が必要な子がいます。なんで、財宝の一部は、その子とその家族を助けるために、有意義に使わせていただきたいと考えています。……残りはまぁ、どう使われるかは俺の知る所ではありませんが……『価値ある物が放置されているのが勿体無くて許せない』と言う理由で命を張る様な方の手元へ渡りますから、少なくとも、無意味に、勿体無く消費される事は無いでしょう。……そんな具合、ですが」


 ……そうか。

 我が墓標で、助かる者がいるのか。

 我が墓標を、無意味で終わらせまいとしてくれる者がいるのか。


 このただ虚しいだけの墓標を、財宝として――価値ある物として、使ってくれるのか。


「ナラバ、全テ、クレテヤル。好キニ、使エ」

「!」


 ――――――全ての夢が終わる時。

 うたかたが弾け、星が消え、定命が尽きてしまう間際。


 墓標に埋もれた我が無念は、ただひとつだった。


 宝と言う物は、かき集めて積み上げるだけでは、何の意味も無かった。意義など無かった。

 それに気付くのが、遅過ぎた。


 我は蒐集家などではない。

 ただ、集めた財宝で豪遊するために始めた海賊稼業だった。

 だのに、いつの間にか、財宝を集める事だけに執着してしまった。


 愚かさを呪った。


 目的の島を見失い、過程の海原に溺れた。愚昧極まった。


 悔やましい。

 ここにある墓標は、元来、墓標などでは無かったのに。

 財宝として、価値のある物だったのに。だからこそ集めたのに。


 我が集めてしまったが故に、ここにある物は全て墓標となった。

 無意味、無意義、無価値となった。


 それだけが、それだけがひたすら、無念に過ぎた。


 殺しも略奪も、あらゆる咎をも苦としないこの心が、唯一耐え切れぬ【罪悪感】。


 ……念仏は要らない。

 救いも、許しも要らない。


 ただ、お願いだ。


 誰か、この墓標を、我が心躍らせかき集めたこれらを、財宝に戻してくれ。

 この墓標を、財宝だと、意味の、意義の、価値のある物だと、認めてくれ。


 どうか、この愚劣な我に、我が生涯の顕現たるこの山に、報いを授けてくれ。


 ――その願いが、今、届いたのだ。


「フフ、フハハハ……我ガ財宝ハ、素晴ラシカロウ……? 価値ガ、アルダロウ? セイゼイ、存分ニ使ッテクレルガイイ」

「……ありがとうございます。クック船長、でしたか? あなたの財宝は、絶対に無駄にはしない様、念を押しておきますとも」


 大いに、結構。


 ああ、これで、終わる。


 ああ、ああ、ああッ……そうだ、これが、海賊の終わり方だ。

 奪って、奪って、奪って――そして奪われて、全てを失って、心おき無く、無念を残す墓標すら無く、跡形も無く消え失せる。


 それが、海の賊に取って、最も安らかな終焉。


 我が船旅はこれでようやく、真に終わるのだ。


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