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鉄拳パンチ!  作者: 須方三城
第弐章 海賊の墓標
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第漆話 お宝探し


 ああ、船乗りさん達の噂で聞いた事がありますよ。


 ――【赤飛あかばねのツバキ】。

 それは、たった独りで無数の海と島を股にかける女海賊の名。

 赤い外套を風になびかせて堂々と立ち振舞う姿から、その異名が付いたとの事。


 特徴としては――略奪をせず、宝探しを専門とする海賊だそうで。

 むしろ、略奪を行う正統派のクズ系海賊団と事を構え、壊滅させた実績がいくつもあるんだとか。


 いや、それって海賊ではなく、逆に善良な冒険家では?

 ……と思いきや、各大陸の王様方が『危ないから入るなよ』と指定した封鎖海域にも平然と侵入して宝を探す様な冒険野郎っぷりなんだとか。

 封鎖海域への立ち入り禁止は、明確な御法度と言う訳ではなく、あくまでお偉いさんからの「命を粗末にするってどうよ?」と言う推奨。

 なので彼女は、公式に咎者として指名手配されている訳ではありませんが……「小童こどもが真似をしては不味いので、公的には一応【海の賊】、つまりは悪党の範疇に分類されている御方」と言った所なんだそうで。


 ――……さて、んでもって、このお姉さんがそんな奇特者とくれば、何がどう誤解されて鉄砲を向けられてんのか、ハッキリしましたって事で。


「申し訳無い、勝手な勘違いをしちまった様で。俺はてっきり、そちらさんもこの海化生に事故で呑み込まれちまったもんだと……」


 どうやら、この御仁……お宝か何かを探すのために、自らこの海化生の体内に入った、って所なんでしょう。

 怪物の腹の内まで宝探しなんぞ奇特にも程がある……とは思いますが……そうとしか考えられない。それに、噂通りの御方なら、まぁ。

 それだのに、俺がそうとは思わず「同じ境遇だ」と言っちまったから、お宝目当ての同業者――つまりは海賊ならずものだと思われ、自衛のための先手として、鉄砲を向けられた、と。


「あ、そうなんだ。良かった。いくら敵だったとしても、お坊さんや少女を撃ち殺すのは、気が引けるから」


 表情は未だに微動だにしっちゃあいませんが、殺気が消えたのと鉄砲を帯に差し戻した事から、剣呑は去ったと判断して良いでしょう。

 やれやれ……どうやら、対海賊戦において百戦錬磨って噂は本当らしい。相当な修羅場をくぐっていなきゃあ、あんな平静な素振りを保ったまま殺気の出し入れなんてできる訳が無い。おっかないったら、もう。いやしかし危険なお姉さんと言うのも……ええ、俺は年上もイケます。


「……? なぁ、おい、鉄之助、どう言う事だよ? あのネーチャン、事故で呑み込まれた訳じゃあねぇって事か?」

「ええ、そう言う事でしょう。おそらく、この海化生の肉だか内臓だかに価値があるのか、はたまた、こいつが何か値打ちもんを呑み込んだかで、それ目当てに御自ら乗り込んだ……って所で?」

「うん。後者。この海域で噂の【刳突苦クック船長の放浪船】を探してたら、それらしき船が目の前でこの怪物に呑み込まれた。今はそれを追っているの」


 だ、そうです。


「へぇー……おいおい……海賊ってのは破天荒な生き物だって聞いてたけど、お宝を探すために自分からこんな所に来んのかよ……」

「まぁ、このお姉さんの場合、どっちかってーと海賊と言うより冒険家ですから……」


 ただの海賊風情なら、そんな無茶苦茶しないでしょう。

 噂話を聞く限り……このお姉さんの場合、「善良な船乗りか海賊かの二分類でどちらに振るかと言えば、まぁ、海賊かな」と言う感覚の、一応の分類上は海賊だって話で、真髄はまさしく冒険家。


 冒険家さんってのは読んで字の如く、危険を冒す方々ですからね。

 巨大な海化生の体内くらい、簡単に飛び込んじまうんでしょう。……いや、想像できるってだけで理解をしている訳ではありませんよ? 俺だって充分に呆れていますって話で。


「お坊さん、私の事、知っているの?」

「噂話程度に、ですが。略奪だのの外道めいた事はしないものの、冒険し過ぎて入っちゃいけない所にまでずんずん行っちまう方だから、扱い的にゃあ海の賊だと」

「うん。その通り。悪い事をしているつもりは毛一本程も無いけれど、綺麗な分際とは言い難いのも確か。少なくとも、誰かのお手本にはなれない。だから、海の賊(ならずもの)――禍寇わこうとでも海乱鬼かいらぎとでも八幡ばはんとでも、どう呼ばれたって否定はしない。正味どうでもいいし」


 筋金入りっぽいですね、どうにも。


「……ネーチャン、どうして、そうまでしてお宝を探してんだ?」

「ん?」

「いや、ちょっと気になってよ……そんな危ない事をしなくても、普通に船に乗って銭を稼ぐだけじゃあ駄目なのか?」


 それを君が言います?

 いや、その疑問自体は至極ごもっともですがね?

 ――しかしまぁ、この手の御仁は、独自の【矜持】ってもんを指標に動いてますから。


「理由? だって、私が冒険して持ち出さなきゃ、そこに眠ってる金銀財宝値打ち物はみんなずっとおねんねさんだもの。誰の物にもならずにずっとずっと。そんなの勿体無い。すごく。私、そう言うの嫌なの。むかむかする。物は大事にするべき」


 ほら、決して無軌道ではなく、理を通している。噂の通りなら、誰ぞに迷惑をかけている訳でも無し。


 確かにですよ? 命を賭けて冒険するだなんて、普通に考えりゃあ褒められたもんとは思いません。偉いさんだって、そう思っているから危険海域を封鎖して立ち入りを禁止してんです。


 ――……まぁ、ですが、ねぇ?

 命ってのは一点物。その使い道は、自分が納得できる様に選ぶもんで。俺が女子を救うためなら命を張る様に、【矜持】ってもんに従って取り扱うべき代物。

 未熟な小童こどもが浅慮に命を捨てようとしてんなら、拳骨説教待ったなしですが……大の御仁が「命を張ってでも財宝を手に入れんのが矜持だ」つって、誰ぞを害する訳でもなくそれを遂行しているってんなら、そりゃあもう、無粋な常識は説きますまい。


「物は大事に……確かに、母ちゃんも父ちゃんもよく言う奴だ……! ネーチャン、立派なんだな!」

「うん。ありがとう。でも良い子は真似しちゃあ駄目だよ?」

「そちらさんの場合、悪い子が真似しちまう方が問題の気がしますが……」


 その辺の野暮な揚げ足取りはさておきまして……一応の落ちがついた所で雑談を終いとし、本題に戻るとしましょう。

 本題と言えばまぁ、勿論、現状についてです。


「ところでツバキさん、折りいって相談なんぞあるんですが、ちょいと良いですかい?」

「何? ……ああ、ここから脱出したい、とか? いいよ、乗る? 困っているのなら、助けてあげるのはやぶさかじゃあない」


 おやま、話が早くて大助かり。


 ええ、ツバキさんの潜水航行型の機動船――これなら、怪物の体内をすいすい進んで、肛も、失礼……口から入ったもんが出て行く場所から順当に脱出できるでしょう。

 そいつをあてに同乗さしていただきたい、って相談しようとしていた訳です。


「お!? 真面目まじで!? ネーチャン、アタシらのこと助けてくれんの!?」

「うん。まぁ。助け合いの心を忘れたらオシマイだもの。悪党だったら見捨てるどころか積極的に撃つけど、そう言う訳じゃあないんでしょう?」

「ええ、勿論ですとも。こちとらただの誠実な好青年と、幼気な少女の取り合わせです」

「……鉄之助くん、だっけ。誠実だとか好青年だとか、自分から言うと胡散臭くなるから、やめた方が良いよ?」


 おう、ツバキさんの目が半目になり、ジトっとした視線が。

 俺としちゃあ自己の美点をぐいぐい主張していく事は大事だと思うのですが……ふむ、そう言う意見もございますか。

 まぁ、確かに、世の中じゃあ「過ぎたるは及ばざるが如し」などとも言う。過度な宣伝は逆効果、って事もあると。


「そうですね。ご助言ありがとうございます。では言い直さしてもらって……こちとらただの青年と、幼気でありつつも元気かつ強気な態度と歳不相応な目付きの良さがどこか愛らしい少女の取り合わせです」

「何か、アタシの方に色々増えてないか? いや、褒められてるっぽいから良いんだけどさ」

「帳尻合わせと言う奴で」


 何事も釣り合いが大事ですってね。

 自己主張が駄目だってんなら他己主張に切り替えていきますよ。


「わかった。じゃあ、今、縄梯子を下ろすから、乗って」

「あ、ちょいとお待ちを。相談はまだ終わっちゃいないので」

「そうなの?」

「え? まだ何かあんのか?」


 ええ、まぁ、ひとつ、先程のツバキさんの言い様から、良い事を思い付きましたって所で。

 上手くいけば、万事解決万々歳だ。


「ツバキさん、助けていただく分際がこんな提案をすんのも、ちと図々しいんですがね……俺らと手を組みませんか?」

「……手を組む?」

「ええ、共通の利益のために力を合わせるって事で……確か、くっく船長とやらの放浪船? でしたか? そちらのお探しのもんは」

「うん。何百年も前に暴れ回っていた海賊船。乗組員がみんな死に絶えた今でも、すごくたくさんの金銀財宝だけを積んだまま、海を彷徨っている……って噂」

「ほう、そりゃあすごい」


 すごいたくさんの……ときましたか。良き良き。

 なら、唯一の懸念事項も問題にはならなさそうですね。


「では、そいつを探すの、俺とウメちゃんに、お手伝いさせていただけませんかね?」

「!」

「大方、苦心している所でしょう? この海化生の広い体内、船一隻を探すだなんて、簡単な訳が無い」

「うん、まぁ」


 大樽いっぱいの墨汁に手を突っ込んで、沈んだ小石ひとつを探り当てる様なもんだ。容易なはずも無し。

 潜水航行型の機動船なら、音波を利用した捜索用の絡繰装置とかも搭載しているんでしょうが……有効範囲ってもんがあるでしょう?

 それだけでこのやたら広い怪物の体内を探すってのは不可能ではなくとも、かなり骨が折れるはずです。


「しかし、俺の鼻はもう、それらしきもん見付けてますって話なんですよ」


 はったりでもなんでもない、本当ですよ。俺は嘘を吐かない主義なんで。


 先程、感じた二つの金属臭、片方はツバキさんの船で、もう片方は依然に不明。

 そいつがツバキさんのお探しのもんである可能性は高い。金銀財宝をたくさん積んでいるってんなら、金属臭は相当なもんですからね。

 もし今補足しているもんが放浪船とは違ったとしても、俺の鼻ならすぐにまた嗅ぎつけてみせますよ。

 少なくとも、音を鳴らして地道にその反響反応を探りながらちまちま進むよりかは早く済む。


「そこで相談なんですが、俺達と組んで、宝探しと洒落込みませんか? 俺は、必ずツバキさんをその船まで案内します。ですので、ツバキさんからは俺らに【駄賃】をいただきたい」

「……駄賃?」

「『噂の財宝の一部』って所で。ええ、一部も一分、少しばかしで良いんですよ。育ち盛りの娘さんを抱える獣人種の一家が、親父さんの腕が治って仕事に復帰できるまでの間、慎ましくとも食い繋げる程度の銭になる――そんな量であれば」

「! 鉄之助、それって……」


 そもそもな話、俺とウメちゃんがここにいるのは、ウメちゃん家の経済的事情に端を発したと言っても良い。

 関わり合ったのも何ぞの縁、何事かに苦心している女子がいたらば、助けられる限り助けときたいのが男の性ってもんで。


「……いや、まぁ、俺がぽんと銭をはたけりゃあ、格好良かったっつぅ話なんですけどね? 現実として、そうもいかないもんで」


 生憎、銭にゃああんまり頓着せずに旅していましたからねぇ。舟渡しを頼んだりする程度の銭ならありますが、まとまった持ち合わせは無い。


「つぅ訳で、どうでしょう? 先にも言った通り、助けてもらう分際で図々しいのは重々承知の上ですが、俺にもどうにかしたい事情がありまして。ここはひとつ、少女ひとり満足に援助する事もできない無力で無能かつ哀れな青年を、助けるついでに小間使いとして雇う……くらいの感覚で、どうか……って訳にゃあ、いきませんか?」

「…………うん。なんとなく、事情は察した。君の計算通り」


 おう、ばれちまってましたか。

 ええ、はい。そうです。打算ですよ、打算。下心ましましです。

 ――先程、ツバキさんは「助け合いの心を忘れたらオシマイ」だとおっしゃられた。

 そんな粋な事を言ってくださるお姉さんならば、ウメちゃんみたいな子が困っていると知って見捨てるはずも無し。

 ってな訳で、「ウメちゃんの不遇をそれとなく主張してみよう」と言う下心で今の一連のやり取りだったんですが……この打算、普通に見抜かれちまった様だ。


 ツバキさんの性の好さに賭けると言うか付け込む交渉ですが……下心を読まれた事が、吉になるか、凶となるか。


「――うん。でも、良いよ。君の口車に乗ってあげる。それに、放浪船探しに苦心しているのも確かだから、一部の分け前程度で助けてもらえるのならこちらとしても万々歳」


 お、今まで微動だにしなかったツバキさんの口角が、ほんの僅かにですが動きましたね。上方向に。

 微笑み美女は眼福において最強って奴だ。


「そんでは……」

「うん。さぁ、早く乗って。一緒に、お宝を探しに行こう」


 ――海化生の腹ん中を大冒険、それも、ウメちゃんとツバキさん、両手に花の宝探し、と。

 さて、ひたすら楽しんで役得野郎として終われるか、それとも冒険としては当然の波乱万丈紆余曲折があるか。


 できれば、前者の展開を期待しましょう。

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