表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄拳パンチ!  作者: 須方三城
第弐章 海賊の墓標
5/16

第伍話 海の大化生


 さてさて、本日も上半身・下半身ともに元気がいっぱい。袈裟を身に纏い、笠を被って黒鉄の錫杖しゃんしゃん、そんな具合の鉄之助テツノスケさんが旅路を往くってね。


 ええ、未だに旅の途中です。

 親父の墓に「んじゃあ、一丁、【鈩姫タタラメ】を見付けてきますってな!」なんて大見得切って壊染えぞを旅立ち、そろそろ半年くらい経ちますが……はい。未だに旅の途中ですとも。


 元が、大したあても無く始めた旅ですし?

 そう簡単にゃあいかないってのは頭っからわかってた事で。


 ですがまぁ、この半年、何の進展も無かったって訳じゃあないですよ?

 先日、立ち寄った……と言うか遭難の末にすったもんだして辿り着いた町で、博識な河童先生から有力な情報を得る事ができました。


 ――そもそもな話、鈩姫タタラメってのは存在しない。空想上の生き物。

 しかし、その空想の元になったモン――女神の存在を感じる程に素晴らしい【奇跡の鉄】、それは確かに存在している。そしてそいつは、この中央大陸、奔州ほんしゅう恵土えどのどこぞかで採れる可能性が非常に高い。


 有力と言う割に情報が漠然としているって? いやいや、充分に有力ですよ。

 もしこの情報が無けりゃあ、俺はあてもなくただただ気ままに恵土を突っ切って、南の大陸、龍柩りゅうきゅうにまで行っちまっていたかも知れませんからね。


 とりま、今後の方針はこうです。

 恵土にある村や町へ、片っ端から立ち寄る。そんでもって、【奇跡の鉄】、それに類似する心当たりが無いか、聞き込みまくる。


 いやぁ、方針あてがあるってのは素晴らしい。やる気がもりもり湧いてくるってもんだ。

 ぶらりぶらぶら旅するってのも俺の気質にゃあ合っちゃいましたがね? それはもう、親父との約束を果たした後――まさしく気の向くまま風の向くまま諸国漫遊でもする時の楽しみにしときましょうって話で。


 さ、とくれば、びしびし行きますか。

 向かうは、河童先生のご厄介になった足末たまち町から真っ直ぐ東へ。震生川しながわと言う河川を渡り、林業が盛んだと言う大長木おおさき村を目指します。


 ってな訳で、辿り付きましたは震生川の岸。なんでも、大昔に起きた大地震の際に生まれた地割れに水が流れてできた川なんだとか?

 いやはや、しっかし……地図に描かれている太さからして相当な大河だろうとは覚悟してましたがね……向こう岸がさっぱり見えないとは……こりゃあ、泳いで渡るのはまず無謀。


 まぁ、元々泳いで渡るつもりなんぞ無しって話で。

 そもそも俺、水に沈んじまうんで泳げませんし。まさしくカナヅチって奴ですよ。


 でも大丈夫。こう言う大河にゃあね、商売の好機を見出した者が必ずいるもんだ……っと、ほら、早速見つけた。

 おッ。しかもこれはこれは……幸運と言うか僥倖と言うか。


「ちょいと、そこのお嬢ちゃん」

「んお?」


 大きな川にゃあ、渡河を助ける事で銭を稼ぐ舟漕ぎさんがいるもんで。

 んでもって、俺が見つけた舟漕ぎさんらしき者は、なんともまぁ小柄で可愛らしいお嬢ちゃん。

 小娘の細腕で舟が漕げるのかって? ええ、まぁ、相手が只人のお嬢ちゃんなら、そう言う危惧もしますよ。

 ですがこの子は一目瞭然、【獣人種】。


 栗鼠りす色の毛に覆われた頭の天辺、そこから生えて天を突くのは毛むくじゃらの長い耳。太くて柔らかそうな球状の尻尾。眼光は細く鋭くそして紅い。

 耳と尻尾の膨らみ、それに瞳の色からして、兎系の獣人種さんでしょう。

 獣人種の亜人ってのは、系統を問わず怪力持ちだと相場がお決まりってもんだ。


「その手に持っているモンからして、お嬢ちゃんは舟漕ぎでしょう?」


 獣人お嬢ちゃんの手には、太くて長いかいが一本。そんでもって、お嬢ちゃんの正面には川に浮かんだ簡素な木の小舟。

 状況からして、このお嬢ちゃんが舟漕ぎじゃあなかったら何なんだって話。


「おう。だったらンだよ?」


 あら、随分とぶっきらぼうな返事だ事で。

 客商売としちゃあどうかとは思いますが……まぁ、つんけん無愛想な女子も好きですよ、俺は。

 向こうさんは無愛想だろうと関係無し。こちらはいつも通りの対女子行動――にこにこの軟派笑顔で愛想を振りまいていきますよ。


「実は当方、旅の者でして。向こう岸まで、舟を渡してもらえませんかね?」

「あぁ、客か。そんなら早く言えってんだ。坊主がいきなり話しかけてくるなんざ、何事かと思ったよ」


 どうやら、入信の勧めか辻斬りめいた説法吐きだとでも思われて警戒されていた様ですね。

 客だとわかった途端、お嬢ちゃんの雰囲気から刺々しさが抜け落ちた。


 やれやれ、袈裟の有り難みってのも皆様に等し並みじゃあ無いって事ですか。


「勿論いいぜ。安全で、確実で、めちゃくちゃ立派に、このアタシがあんたを向こう岸まで送り届けてやんよ」


 おお、強気負けん気元気な子ってか。満面に貼り付けた不敵な笑みがよく似合っている。

 スミレちゃんみたいな無邪気な子も良いですが、こっちはこっちで素敵なもんだ。


 無邪気な笑顔は癒される。

 強気な笑顔は頼もしくて安心する。

 どっちが良いとかじゃあなく、どっちもどっちで最高だっつぅね。


「なんとも頼もしい売り文句に、素敵な笑顔。こりゃあ思わぬ大舟に乗れそうって話だ」

「ははッ! 褒めてくれるじゃあねぇの! やる気が湧いてくるってもんだ! んじゃあ、乗りなよ、お坊さん!」


 ぴょんっと言う音が聞こえそうな軽快な跳躍でお嬢ちゃんが小舟へ乗り込み、元気良く櫂を振り回して声を張り上げる。まったく以て微笑ましい限りで。


「そいじゃあ、お願いします」

「へへっ、ガッテンってな! よぉぉし、行くぜ行くぜ行くぜ行くぜ行くぜ!」

「おお、こりゃあまた、すごい気勢で」

「おう! アタシはやると決めたらやる奴だかんな! あんたが望むんなら、向こう岸どころか他の大陸にだって連れってってやんよ!」

「ほうほう。それはそれは。ますます頼もしい。いずれ大陸を渡る時には、またお嬢ちゃんにお願いしましょう」

「ガンガン任せとけ!」


 はぁー、いやはや、やっぱ良いですな、元気な女子ってのは。鉄之助さんも色々元気になりますって話。

 力仕事な舟漕ぎ稼業、女子でやっているのなんざ初めて見ましたが……うん、獣人である事を差し引いたとしても、この勝気さなら、力仕事に尻込みなんてしないでしょう。


 川を渡るまでの短い時間ですが、こりゃあ気分の良い舟旅になりそうだ。



   ◆



「………………………………」


 川は水の流れる場所であって、波を打つ場所ではないはずですがね。

 何故に、俺は今、小舟の上で波に揺られているのでしょうかね。


 あー……うーん……あー……、


「あのですねー……舟漕ぎのお嬢ちゃん? あんまりね? 門外漢がその道の方にけちを付けるってのはよろしくないとは思うんですがね? 訊いても良いですかい?」

「……ンだよ……」

「……何か、潮の香りがしません?」


 ちょいと指を水面に浸してペロっと……うーん、塩水。

 そして潮風。いやん、お肌が錆びちゃう。


 ……こりゃあ、まぁ、海ですね、完全に。

 良い笑顔で良い汗をたらして舟を漕ぐお嬢ちゃんの姿に鼻の下伸ばしていたら、いつの間にやら、海に出ていました、と?


 懐から地図を取り出し、開いてみる。

 確かに、震生川しながわは海に繋がっちゃあいますが……えー、と……俺が舟渡しを頼んだと思われる地点が、足末たまち町から真っ直ぐ東……この辺り、として…………河口までは、相当な距離がある様に見えるんですがね。


 年頃の女子が汗だくになる姿に見蕩れている間に、どんだけ流されちまったんで……?


「………………………………」

「って、んおおぉぉう!?」


 お嬢ちゃんが唇を噛み締めて涙ぐんでおられる!?

 男の本能に従い、速やかに土下座体勢へッ!


「も、申し訳無い! 無粋な事を訊く男で本当に申し訳無い!」


 だからどうか、その千切れそうな程に垂れた耳を逆立てて、もう一度不敵に笑ってはいただけませんか!?

 心が痛い! 心が死ぬから! 女子の涙は一滴で鉄之助さんの精神的致死量を越えていくからぁ!


「ぐすっ……ひぅ……いんや……謝るのはアタシの方だ……実はアタシ、舟漕ぎじゃあ……ないんだ」


 …………………………なんですと?


「そ、そいつは一体、どう言う……?」

「……父ちゃんが、舟漕ぎでよ……ぐすっ……でも、アタシのせいで……腕を折っちまったから……アタシが代わりに稼がなきゃって、今日、初めて……」

「……親父さんの代わりに、ねぇ……」


 あー……そう言う話は弱い質なんで反応に困りますなー……いや、でもやはり、大の男として、ここはビシッと言わにゃあですわな。


「お嬢ちゃん、ちょいとお顔をこちらに寄せてもらっても?」

「? おう……」


 あら、ことのほか素直。ちょいとぶっきらぼうな雰囲気でも、親のためと無茶しちまう様な子の性根は勿論当然に良い子だと決まっているって話ですね。

 それはそれとして、その額、痛くはならない様に軽くコツンと拳骨をば。


「ほぁッ……な、何すンだよ……?」

「拳骨って奴ですよ。イイですかい? 親父さんのために汗水を撒き散らそうってのは、間違っちゃあいません。間違っていてたまるもんですか。しかしね、やり方がよろしくない。舟漕ぎってのは、客の命を預かりつつ、自分の安全も確保しなきゃあって難儀な仕事です。難儀な分、やれる者が限られる大事な仕事だ。どんだけ聞くも涙な事情があろうと、未熟者が独りでやって良い事じゃあなし。お嬢ちゃんは、そこを間違えちまった」


 きっと、親父さんへの憧憬もあったんでしょう。親父さんの仕事への誇りもあったんでしょう。その辺は理解しますとも。

 俺だって小僧の頃には、勝手に親父の工房で鍛冶真似をやろうとバカをしちまった経験があります。なんで、あんま強くは言えない心境ではあるんですが……反省が足らずに同じ様な事をまたやっては、こんなに素敵な女子が水難事故で死んでしまうかも知れませんからね。そいつはあんまりにも惜しい。女子ってだけでもこの世の宝ですし?

 ここは俺の後ろめたさなんぞ些細な事。いけしゃあしゃあ、お説教をさせていただいたって話です。


「まぁ、アレですよ。その心意気だけは良し。心意気だけは。あとは思慮と行動を追いつかせりゃあ完璧になる。だから、陸に戻ったら、もうちょいやり方を考えましょう……って、話です」

「……おう……本当に、申し訳無ぇ……」


 さぁ、ここらで一丁、迷惑賃代わりに乳尻太腿を撫で摩らせてもらう……ってのは、悪漢外道のやる事ですわな。我慢我慢。

 ここはひとつ、


「さて、反省や後悔は大事ですが、そう気を落とさずに。女子は元気が一番ですから。とりあえず、こう言う時にゃあ一休みって決まっているんで。どれ、俺の膝の上にでも座りませんか?」

「? いや、提案は有り難いけどよ、客を敷物になんてする訳ねぇだろ」


 そらそうだ。ちぇッ。作戦失敗。

 仕方無し。お嬢ちゃんは普通に座らせて、休ませている間に、陸に戻る方法でも考えますかね。

 ……しっかし、ここまで清々しい程に大海のど真ん中となると……渡河用の小舟でどうこうできる範疇じゃあないですよねぇ……運良く大船が通りがかるのを待つくらいしか?

 それか、どこぞからどんぶらこと海図と羅針盤が流れてくるのを待つか、ぷかーっと浮いてくるのを待つか…………ん?


 …………おっと……こりゃあ、また……まぁ、運の無い。


「お嬢ちゃん、ちょいと失礼」

「ひゃわぁ!? う、うほへ、はぁ!? 何だ!? いきなり抱きつくって……ほぁッ、ま、まさかあんた変態だったのか!? 坊主を装った変態だったのかァァァ!? ぎゃぁぁああ! 犯されるゥゥ!」

「なっ!? 何て事を言うんで!?」


 この俺が女子を無理矢理に組み敷くとでも!?

 女好きで通している俺が、んな酷い事をする訳がないでしょうよ!?

 って言うか、大声は不味い気がするんで! お口の方も手で塞がせていただきますって話!


 …………いや、ただもう、手遅れな気もしますが。


「……お嬢ちゃん、ちょいとね、舟の下、見えます?」

「ふへほひは? ………………、ッ」


 おう、小さいお目目をひん剥いて、どうやらご理解いただけた様だ。


 海が、黒い。


 俺らが乗っている小舟を中心に、辺り一帯が黒くなっている。

 しかし、ある程度の距離をおくと普通の蒼い海。


 こりゃあ、アレだ。【影】だ。この小舟の下に、何やらとんでもなくデカい生き物がいるっつぅ、証。

 嫌な予感しかしなかったんで、お嬢ちゃんを守り易い様にと下心抜きで抱き寄せたんですがね、どうにも、言葉が足りなくて裏目に出ちまった様だ。


 ――水の中ってのは、案外、音が響くもんですからね。


 ああ、こりゃあ、まいった。


 噂にゃあ聞いてますよ。海にゃあ、とんでもなく大きくて、大きな舟でもぺろりと一呑みにしちまう化生者バケモノがいるって。


 こいつが、それでしょうね。

 ええ、だってほら、前方にも後方にも、真っ赤で肉々しい質感の大きな壁が海の中からざぱぁーって。

 前方のは口蓋、後方のは舌、って所でしょうかね。


 はは、こりゃあ……、


「丸呑み待ったなし、って感じですかぁ……?」


 どうにか勘弁を願いたいんですがね、と懇願する前に。


 俺達が乗った小舟は、大きなお口の奥へと呑み込まれる事になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ