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鉄拳パンチ!  作者: 須方三城
第参章 妖刀坊主
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第拾壱話 お尋ね坊主


 生きてりゃあ、まぁ、色んな事がありましょう。


 空から降ってきた大きな少女の乳房に圧殺されかけたり。

 河童の医者先生に助けられたり。

 不埒な鬼をぶっ飛ばしたり。

 巨大な海化生に丸呑みにされてその体内を冒険したり。

 放浪船の中で厄介な亡者と殴り合いになったり。

 海化生の肛門をぶち抜いて脱出したらまた食われかけたり。


 本当、色んな事があるもんですよ。


 そんでですね。

 今日も実に坊主めいた装いで旅を続けるこの俺、鉄之助テツノスケさんもね、色々な経験をしてきましたとも。


 しかしまぁ、牢屋に入ったってのは、これが生まれて初めてだ。


「…………うーん、どうしたもんですかねぇ?」


 暗い蔵の片隅。設置された木製の檻の内から木の格子を掴んで、呆然と虚空に問いかける事しかできやしない。


 ……一旦、状況を整理してみましょうか。


 俺は目的地、御丹雫ごたんだ村を目指し、山を越えていました。

 途中、得体の知れない【岩石の怪物】に襲われましたが、まぁ大した事は無し。適当に拳骨くらわして吹っ飛ばして進んできました。

 見た事も聞いた事も無い者でしたが……まぁ、山奥にゃあ大抵、一種か二種、得体の知れない者がいますし、気にする事でも無い。


 そうしてようやく村に辿り着きまして。

 ええ、地図上でもわかっちゃあいましたが、四方八方を大きな山々に囲まれた田舎も田舎。

 長閑のどか……と言うよりも、妙に静まり帰った場所で。


 村に入ると、すぐさま、小さくて可愛らしい村娘ちゃんを発見。

 何やら妙に険しい顔で俺を見ているもんで、「怪しい者じゃあありませんよ」と全力で主張する笑顔を浮かべて擦り寄りまして。

 そんで、早速、訊いたんですよ。


 お嬢ちゃん、【鉄産巫女テツウミコ】って知りません? ――って。


 すると、だ。何がどうしたもんなんだか。もう訳がわかりません。

 村娘ちゃんは突然「やっぱり【あいつ】の仲間だーッ!!」と絶叫。

 俺が面食らってると、ぞろぞろ集まってきたのは村の男衆。手には竹の槍や太い丸太や檜の棒きれやら。面はもう敵意剥き出しったらなんのって。


 とりあえず、抵抗すんのは得策じゃあないかな。と思いまして。

 ……いや、まぁ、拳で抵抗するのはいくらでもできましたがね? ……どうにも様子がおかし過ぎた。


 男衆は、怪我まみれだったんです。巻いた包帯に派手な赤染みが浮いている奴もいれば、手足いずれかがちょん切れちまっているのまで、ちらほら。

 そして、俺を睨みつける目にゃあ、敵意以上に――恐怖があった。まるで、手負いの獣だ。

 ……不必要に刺激するのは、しのびない。

 そう哀れんじまう程に、男衆はずたぼろで、そして、怯えていた。


 これは仕方無し……ってな訳で、一応、おとなしくこうして捕まった訳ですが……。


「……とりあえず、あの村娘ちゃんの発言が気になりますね……」


 あの子が叫んだ【あいつ】とは、一体誰なのやら。

 そして、一体どの辺で、俺をその【あいつ】とやらの仲間だと判断したのか。


 とりあえず、わかる事は――その【あいつ】とやらは、この村に取って、明確な敵。

 そして、俺と、何かしらの意図しない共通点がある。

 だから、俺は【あいつ】とやらの仲間として、牢屋にぶち込まれた。


 って、所ですかね。

 この程度の情報じゃあ、打開策を考えるのは難しい。

 しかし、力づくで牢屋を破っても、村の者を無駄に刺激しちまうだけですしなぁ……。


 さてさて……一体、どうしたもんでしょうか。


 木格子から離した腕を組んで、うんうん唸りながら考えるとしましょう。とにかく現状は、多くの事を考えて、ひらめきか幸運を待つのが最も建設的です。


「…………おや」


 ……誰ぞ、蔵ん中に入ってきましたね。


「おう、これははじめましての少年。どうしました?」


 入ってきたのは、まさしく少年と形容するに相応しい只人の男の子。歳は一桁でもおかしかないって幼気な面構え……だのに、目が、恐いですね。

 ……小童こどもがして良い目じゃあねぇ、って話だ。


 それに、手に持っているもんはこれまた物騒な。鋭く研がれた竹槍とは。尺がどう考えても長過ぎて、ただ持っているだけでも持て余している風だ。……成体おとな用の竹槍を勝手に持ち出してきたんで?

 ……どうにも、「訳もわからんまま捕らえられた無辜むこの男をこっそり逃がしに来てくれた心優しき少年」、って風ではありませんね。


「みんな、【あいつ】に怯えてる……【あいつ】の仲間を殺したのがバレたら何をされるかって……! だからお前を監禁して隠す事しかできていねぇ……でも、オラは違うぞ!」

「……そりゃあ、あれですかい? 俺を今ここで殺してやるって事で?」


 やれやれ……こりゃまた、恨まれたもんだ。

 問題は、そんなにも恨まれる理由に、さっぱり覚えが無いって所で。


「そ、そうだ、オラはやる、やるぞ! 家族の仇を討つんだ!」

「仇討ちねぇ……美徳とされていた時代もあったそうですが、今時、どんな事情だろうと殺しなんてろくなもんじゃあありませんよ?」


 俺だって恨みや憎しみ等の感情を知らないって訳じゃあねぇんで? 仇討ちと言う文化について、「くだらねぇ」と吐き捨てられる分際ではありませんがね?

 それでもまぁ……やはり、誰ぞろくでなしを殺して、そのろくでもねぇ命を咎として背負い込むってのは、あんまり、お得にゃあ思えません。


 誰ぞの仇を取りたいってんなら……そうですね。死なない程度に拳骨くらわして、あとは正式な場所で法のお裁きに任せる……ってのが一番ではないかと。

 どうせ仇討ちをされる様な――即ち殺しをやる様な悪党なんざ、大抵が刑期満了の前に寿命がくるか、斬首されて死にくたばりますし。


「あ、そうだ、少年。まぁ、よろしければなんですけどね? その【あいつ】とやらについて、詳しく教えちゃあもらえません?」

「とぼけるなよ! お前の仲間だろ!?」

「いや、それがそうでもないんで。何の事だかさっぱりなんですが」

「嘘こけ!」

「こら、少年。そりゃあ聞き捨てならない侮辱ですよ」


 俺は、嘘だけは絶対に吐かない主義なんで。それだのに嘘吐き呼ばわりされるってのは耐え難い屈辱だ。

 こりゃあ格子越しであろうと拳骨説法案件……と、いきたい所ですが、現状、ただでさえ過敏に警戒されている俺が少年を小突いたとなると、騒ぎがやたらに大きくなっちまいそうだ。


 ……とりあえず、村の方々の誤解をどうにかするまでは、更に誤解を招く様な真似は控えた方が良いでしょう。


「良いですか? 大体、俺はついさっきこの村に着いたばかりなんですよ。その【あいつ】とやらが何者か知りませんが、ここまで警戒されるって事は、既にこの村でひと騒ぎ起こしてってぁ痛ッ!?」


 ちょいと少年……!?

 誰ぞが喋っている途中で脇腹を竹槍で突くってのは良識的にどうなんで!?


「げぇ!? 槍が通らねぇ!? しかもめっちゃ堅い! 何だその袈裟!? 仏様の加護か!?」

「いえ、ただ単に鉄製ってだけですが……」


 まぁ、この袈裟を着ていなくても、鉄丈郎テツジョウロウの肌は素のままで充分堅い。竹槍程度じゃあ付いて擦り傷ですがね。

 それでもだ、脇腹を不意打ちでゴリッとやられたら普通に痛いもんですから。


 ……ったく、こりゃあ後々、誤解が無くなったら拳骨の二・三じゃあ済ましませんからね。もう。


「少年、本当、俺はその【あいつ】とやらとは無関係なんです。俺は鉄丈郎テツジョウロウと言う種族の鉄之助。善良な皆々様に恨まれる筋合いなんぞとんと覚えの無い、ただの旅の者なんです」

「嘘だ! だって、こんな辺鄙な所に来るお坊さんで、【鉄産巫女テツウミコ】を探し求めている輩がそういるもんか!」


 また嘘吐き呼ばわりしやがったな、このクソガキ……っと、いけない、いけない。女子ではないとは言え、相手は小童こども、笑顔に努めましょう。

 しかし、中々重要な情報をくれましたね、今。


「成程。その【あいつ】ってのは僧侶の方なんで?」


 しかも、俺と同じく鉄産巫女テツウミコを探していると。

 ……そらまた、酷い偶然の一致だ。そんなの、見てくれだけなら確かに俺もお仲間認定されちまうでしょうよ。


 ――ですが、重要な事が、ひとつ。


「少年。俺、僧侶じゃあありませんよ?」

「はぁ? でも、袈裟着てるし、笠被ってたし、錫杖持ってんじゃん」

「ええ、どこからどう見ても僧侶でしょう? おかげで、行く先々で手厚く構ってもらえるんですよ。便利っつぅ話で」


 今まで誰にも話した事の無い内緒の事実ですが、まぁ、この際だ。仕方無し。

 それに、僧侶の風でいても、この村じゃあ良い事なさそうですからね。とっとと白状しちまうとしましょう。


「大体、今、少年は体験したでしょう? この袈裟、鉄製なんですよ。僧侶がんなもん、着ると思います?」


 僧侶の袈裟はきちんとした布の袈裟でしょう。布以外で拵えた袈裟を着ている僧侶なんて、少なくとも俺は見た事がありません。

 ……あ、いや、でも……河童先生が俺の袈裟が特別製だと知っても大して動じなかった事から考えるに、布以外の袈裟を着る僧侶もいるにはいる可能性が……?


 ……ま、あくまで可能性ですし、黙っときましょう。

 嘘は吐いてませんよ。断言だってしていませんし、あくまで私的見解を述べただけって事で、ここはひとつ。


「確かに……鉄袈裟のお坊さんなんて、聞いた事が無い……」

「そうでしょう、そうでしょう」

「……お坊さんじゃあないとしたら、お前、お坊さんのふりして甘い汁を啜る意地汚い奴だな」

「おっと。そこは『ずる賢い』と言ってもらいたい」


 物は言い様ひとつが大事ですからね。


「ま、ともあれ。その【あいつ】とやらが僧侶であるならば、俺とは無関係ってのは決まりって事です」

「……じゃあ、何でお前は鉄産巫女テツウミコを探してたんだ?」

「そいつはね、俺は鉄丈郎テツジョウロウだって言ったでしょう? 鉄やらを食べて生きていく種族なんですよ。なので是非、鉄産巫女テツウミコの産む上等な玉鋼ってのを食べてみたいな、と」

鉄産巫女テツウミコの玉鋼を、食べる?」


 おや? 少年がぽかんとしちまった。


「ああ、お前、本当に【あいつ】の仲間じゃあねぇんだな」

「んお? ええ、納得していただけたならば幸いですが……何故、急にそんなすとんと?」

「だって、【あいつ】の仲間なら、鉄産巫女テツウミコの玉鋼を食うだなんて、言うはずねぇもの」


 ほう、そりゃあまた、よくわかんねぇ事を。


 まぁ、誤解は無くなった様ですし、その辺の話も、詳しく聞かせていただくとしましょうか。


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