第拾話 航海日誌
「おおぉー! 何だか久々に陸に戻った気がすんぜ!」
ええ、まぁ、ウメちゃんに共感です。
お空はすっかり星空満天。震生川の渡河を頼んだ頃はまだ陽は頭上まできていなかったので、実質は半日ぶりくらいなんですがね……とにかくもう、体感時間が。
「しかし、海化生の肛も…体内に入ったものが出て行く場所をブチ抜いて脱出した後、怒り狂った海化生が追ってきた時にゃあ肝が凍りましたね……」
「……思い出させんな。夢に見る」
「そんなに? よくある事だけれど」
……これだから冒険家さんは……。
まぁ、そんなこんなで色々はあったものの、こうして無事に陸に戻れた幸運は喜ばしいもんだ。
「よいしょ。じゃあ、これ、約束の駄賃ね」
そう言って、ツバキさんが鱈の腹みてぇに膨らんだ麻袋を機動船から持ち出してきた。
ウメちゃんが袋を開けてみると、
「ほぁぁぁ……何度見ても、すげぇな、おい……」
金綺羅、銀綺羅、宝石ごろごろ、ってか。
放浪船から回収した財宝を、大雑把に袋分けしたひとつ。
これでも回収した分の一割の半分にも満たない量だってんだから、すげぇとしか言えませんわ。
こんだけありゃあ、親父さんの骨折の一本や二本が治るまで食い繋ぐにゃあ充分過ぎるでしょうよ。
「ん? なんだこれ」
ほい? 何かあったんで?
ウメちゃんが袋の中身をまさぐって取り出したのは……随分と古びた、本?
「その本も財宝なんで?」
「違うんじゃね? 普通に紙だし、表紙も安っぽいぞ?」
「あ、そっちに混ぜちゃってた? ごめん。それは私が欲しい」
「おう、別に良いけど……ネーチャン、何それ」
「クック船長の航海日誌。宝物庫の近くにあった船長室で見つけた」
「日誌……って、何か使えんの?」
「まぁ、海賊の航海日誌ともなれば、さぞかし刺激的な場所の情報がズラリでしょう」
次の冒険先の選定する参考物、って所ですか。
「うん。さっき、ざっと読んでみたけどすごい。クック船長は海だけじゃあなくて陸での冒険もしてきたみたい。いっぱい色々書いてある」
どうやら、クック船長さんとやらもツバキさんと同じく冒険好きの海賊だったって事で?
「この辺りだと……【兜凶湾の怪物】は黄金の反吐を吐くとか、【奥鬼殺島の泉】の水で洗うとただの石ころが宝石になるとか、【御丹雫村の鉄産巫女】はこの世の物とは思えない玉鋼を産むとか」
ほぉー、世の中、不思議なもんがまだまだあるもんだ…………って、おう? 今、最後の……おう?
「……ツバキさん? ちょいと、ちょいと良いですかい?」
「? うん」
少し航海日誌をお借りして、めくる。
………………これか、御丹雫村とやらに関する記述。
御丹雫と言えば、地図上だと……次の目的地だった大長木村から山ふたつくらい越えた所にある辺鄙な村の名だったはず。
「……『御丹雫には【鉄産巫女の一族】と呼ばれる不思議な少数民族が暮らしており、そいつらは屑鉄を山の様に食らって腹に溜めては、同じ量の玉鋼を産み落とす。その玉鋼は、素者の我の目に見ても明らかに上等、いや、上等に過ぎる。この世の物とは思えぬ逸品であった』」
「そう言う種族の亜人さん、なのかな? 聞いた事無いけれど」
「ネーチャン、なんか素っ気無いつーか、どこか興味無さげだな? 面白そうじゃん、これ」
「御丹雫なんてただの田舎。日誌の記述も簡素だし、冒険の匂いがしない。確かに面白そうな話ではあるけれど、他に面白そうかつ冒険の匂いがする場所はいっぱいあるから」
冒険が私を呼んでいるぜ、って話で?
そりゃあ好都合。
「ツバキさん、この村、俺が先に行っちまっても良いですかい?」
「? うん。別に。好きにすれば? 鉄之助くんがどこを旅するかは自由、私の許可なんて要らないはず。……でも、ちょっと意外。お宝とか、そう言うの興味無いと思ってた」
「ええ、普通の金銀財宝話なら、『そらすごい』の一言で済まして良かったんですがね」
金だの銀だの宝石だの、希少価値が高いってだけで、味や食感が格別して良いって訳じゃあありませんからね。
俺の私的な好みとしちゃあ、むしろ安物の鉄の方が。……庶民舌とでも何とでも言ってください。
そんな訳なんで、金銀財宝にゃあそれほど興味が無いってのは事実。
ですがね……こいつは、訳が違う。
こんな所で、こんな重大な緒を見つけられるだなんて……僥倖にも程がある!
「いやはや……本当、徳ってのは積んどくもんだ……!」
――【鉄産巫女の一族】。
この世の物とは思えない玉鋼を産む一族……まんま、【鈩姫】の事じゃあないですか!




