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百合  作者: 羽々斬
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「お嬢様、今日が初めてのご出席となります。くれぐれも、お気を付けて。」執事が恭しく頭を下げながら言った。「ええ。分かっているわ。そんなに心配されなくても私は大丈夫よ。」私は軽く微笑んで答え、車に乗る。 

車窓からの景色は良いものとは言えない。ビルが放つ人工の光。星々の光などまるで見えず、自然というものが消えうせてしまった人工物だけの世界。ため息が出る。「どうかされましたか?」運転手の男が私のため息に反応したようだった。「気にしないで。それより、早く出発してちょうだい。時間までにきちんと到着しないといけないのではなくて?」そう私が言うと彼は早々に車を発車させた。「緊張されていますか?」彼はミラー越しに私を見ながら問う。「いいえ。問題ないわ。お父様のように完璧にとはいかないかもしれないけれど、私は私が思うように買うだけよ。」運転手の彼は微笑むとそれっきり黙った。私はそんなにも緊張しているようにみえたのだろうか。だとすれば少し情けない。これから行く場所は、誰よりも、この私が堂々としていないといけないというのに。

そろそろ着くと彼は言う。私は、初仕事をするために今まで、家で練習させられた仕事モードに切り替える。「堂々と。そして冷酷になれ。氷のようにならなければこの仕事は務まらない。」父は私によくそう言った。エンジンが止まる。ドアが開き、私は車から降りた。 夜の騒がしさに包まれる。カジノ店の看板がこれでもかというほど自己アピールをしている。私はそれに向かって歩き始めた。いってらっしゃいませ、お嬢様という彼の言葉には私は反応しなかった。 今時珍しい、手動のドアを開け、店内に入ると今度は人工物の光と共に喧騒が私を包んだ。 色々な大人が集まり賭け事をしている。大儲けして喜ぶ若者。やけになって賭けを続けるスーツ姿の男。何杯も酒を飲んでいる中年の男。大きく胸元が開いたドレスを着て男と絡む女。それらを一瞥しながら私は一人、店内を進む。「そこのウェイター」私は近くに来た若いウェイターを捕まえる。「お客様、恐れ入りますが、お客様は未成年とお見受けします。どうかここから__」私はウェイターの言葉を遮り、今回の仕事の参加用のカードを見せる。「し、失礼しました。上の者がご案内します。少々お待ちください。」あのウェイターに声をかけたのは失敗であっただろうか。仕事経験が浅いのかそれとも私のような少女が参加するのに驚いたか。「お待たせいたしました。ご案内します。」すぐに案内役がやってきた。なるほど。彼はそれっぽい。オールバックの髪に周囲をくまなくみるハンターのような目。まさしく適任であろう。このことは外部に漏れてはならないのだから。

「ごゆっくり。」彼に案内あれて通された部屋は従業員室の地下にあった。従業員室に入るまでを誰かに見られていた感じはなかった。あれば彼がなんとかしていただろう。地下の部屋は舞台幕のようなもが入口となっていた。カジノ店の地下にこんなものがあると誰が思うだろう。幕が開き、私は中に入る。 中はさながらパーティー会場であった。舞台だけが光に照らされ、その光で室内を照らしていた。男たちがグラスを手に談笑している。カジノ店とは違いうるさくはなかった。

自分の席に向かう為に父より預かったカードをみる。 36番。そこが私の席らしい。

それぞれの机に番号がついている。舞台に近いところから順に1、2、3と。私の36番はどうやらほぼほぼど真ん中らしかった。私が番号を確認し、机に向かって歩きはじめると、その談笑は止んだ。ここにいる人間全員が私をみている。確認せずとも視線でわかる。やがて静まりではなく、囁きあいとなった。私についてなのは言うまでもない。それはそうだろう。だって、ここにいるのは私以外は全員がいい歳をした男。少女が来たら驚くに決まっている。自分の席に着くと、隣の男が周りに聞こえるように話しかけてきた。「失礼。ご令嬢。お名前をお聞かせ願えないだろう?」「鴇田ですわ。本日は父の代わりに私が出席致しました。」男の大きめの声により静かになっていた室内に私の家名が響く。私の家名はこの業界では大変有名だ。みなが納得したようであったが、私のような未成年が参加したことにはやはり驚きが隠せないようだ。まだ少しざわざわといている中、司会者の声がマイクを通じて響く。「皆様、大変長らくお待たせいたしました。オークションを始めさせていただきます。それでは商品の入場です。」その声に合わせて静かになり、商品が入場してきた。全部で7人。「今宵は男子4人、女子3人の計7人が出品物となります。」司会者の声が再び響く。そう、ここは人身売買店。買い取ったものは基本は奴隷として使われる。労働力が不足しているこの世の中、子供が働くのはごく自然となっている。そんな中、私を含む富裕層の人間は自分たちの仕事が増えるのを拒んだ。そして我々は職がないという子供も金で買い、食料と水を与え、強制労働をさせてきた。使い勝手が悪かったものは売られ、また別のところで働かせられる。そんな事がここ数十年この国では当たり前となっていた。そんな闇の世界で私の家は著名なのだ。この国で1位2位を争う資産を持ち、欲しいと思った商品は必ず買い取ったことが原因だ。しかしそれは表向き。私の家は買い取った子供たちを解放しているのだ。もし、屋敷にて働きたいというのならきちんと給料も出す。もちろん衣服もご飯も。外に行くというならその時にも充分なお金と衣服を渡す。そうして解放していった子供は今や100人をこえている。数十年してきているのだからもっと多くても良いのだが、このオークションが開催されるの不定期な上、一人が購入出来るのが一つまでと決まっているのだ。今日、その仕事を私は初めてする。おまえが誰を解放するのか選べば良いと父様には言われている。だから完全に私の独断になる。

「それでは皆様、品定めをお始め下さい。」司会者の声が合図となり、みな、一斉に子供たちを細部まで見始める。子供たちはみな、横一列に並べさせられ手に枷を付けられていて、全員、布のような白い服を着せられている。そして、瘦せていた。なんとも痛ましい光景である。私は、一人一人をみていく。出来れば全員を救いたい。こんな子達が今後生まれな…  

「何なの…」私は思わず、小さな声で呟いてしまった。見間違いかと思い再び見てしまう。見間違いではなかった。

右から2番目。

そこにいた。私の運命が。天使が。光が。

瞬間、私は今まで自分が何を考えていたのか忘れてしまっていた。この子が欲しい。絶対に。連れて帰るんだ。 それ以外、何も考えられない。

少し俯いていて、目を閉じているのか、表情はハッキリとはわからない。けれど天使であることに間違いはなかった。 さらさらの銀髪の女の子。瘦せているけれど、それでも綺麗な肌を持つ女の子。年齢は15歳ぐらいだろうか。私とは2、3歳しか差はなさそうだ。 心臓のドキドキが止まらない。今まで感じたことのないような気持ち。「-----」彼女と目が合ってしまった。長いまつ毛に綺麗なブルーの瞳。私がずっとみていたから視線に気がついたのかな。そうだったら良いな。そんな風に感じている時、男共の声が上がった。彼女の事をみているようだった。あれだけ美しいのであれば引き付けられるのも当然であろう。欲しいのであろう。けれど、絶対に渡さない。きっとこれは一目惚れなんだ。私の初恋。相手が女の子であることを気にする必要はどこにもない。だって、好きになってしまったのだから。それは仕方のないことなんだ。「では皆様、これより、入札を開始いたします。皆様から向かって右から始めようと思います。それでは、10万から。」向かって右から。ということはあの天使の順番は2番目なのか。もう少しで彼女をお迎え出来るのね…そう思うと自然と笑みが浮かぶ。きっとこの時の私の笑顔は、冷酷なものであったに違いない。「50万。50万で落札です。」一人目が終わった。さぁ…「では次に参ります。この商品は品定めの時点で人気のようでしたので30万から。」 どんどん値段が上がっていく。20名程が声をあげていたが、2000万をこえてからは二人だけだ。もし彼らのうちのどちらかが彼女を得たのなら何に使うのだろうか。よもや、あんなにも美しいものを奴隷として働かせたりはしまい。そうするとやはり欲望のはけくちとなるのか。そんなことはさせない。彼女は私の初恋の相手なのだから。「5000万、5000万が出ました!」恐らく、今までの最高額。父様が買った子でも最高は3000万だった。どうやら彼は、父様が不在だから勝てると思っているようであった。そろそろ、潮時かもしれない。「他におりませんでしょうか?」司会者が呼びかける。男には勝利を確信した笑み。では、それを潰すとしましょう。「6000万」私の声が響いた。瞬間みなが私をみる。入場した時よりも強い視線が送られる。私はそれに乗るように脚を組み、笑みを浮かべる。「6、6500万!」あの男はまだ諦めていないようだった。呆れたものだ。そんなにも彼女の身体を弄びたいのか。 私はため息をする。そして、決定的な一言を口にした。「1億」会場が静まり返る。私と争った、いや、争ったとも言えぬ男は愕然とし床に崩れ去った。それを一瞥し、私は彼女に目線を向ける。彼女は私の事をはっきりとみていた。顔を上げ、その美しい瞳は確実に私を捉えていた。かわいい顔には恐怖が浮かんでいる。それもそうであろう。自分に1億もの価値がついたのだ。何故、そこまでして自分が欲しがられたのか理解出来ないのだろう。(安心して。これからは私と一緒に暮らしましょう。あなたは本当に美しい。かわいいわ。あなたが私を認めてくれるならずっとそばにいて…)心の中で彼女に話しかける。きっと今のままの私の笑顔をみたところで彼女は余計に不安になるだけだ。だから帰りの車で私の本当の笑顔をみせてあげよう。

きっと彼女は私が思いを打ち明けたとしても答えてはくれない。それならば、答えくれるようになるまで一緒にいるだけだ。恋をするのは辛いことでもあるらしい。何かの本で読んだ覚えがある。ずっと思いを胸の内に隠していたら辛いのだろう。でもその辛さは、彼女が今まで過ごしてきた時間よりも辛いものなのであろうか。そんなことはありえない。彼女が一番しんどかったはずなのだ。だからあんなにも瘦せている。私はその辛さを思い出す事がなくなる程、彼女の事を幸せにしてあげるのだと心に誓った。そして、初恋が叶いますようにと祈った。

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