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魔女と貴方の恋物語  作者: 七草せり
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夜会から一週間が経ち、アニシアはいつもの通り薬草を鞄に詰め肩にかけた。

それから最近はまっているクルミのパンを五つ程ナプキンで包み、それも鞄にそっと詰めた。


クルミのパンはあくまで自分用だったのだが、偶然街で雑貨屋を営む友人アリサに振る舞ったところ、たちまち店に置きたいとの申し出があったのだ。

大して上手ではないと断ったのだが、結局は根負けしてしまい、数個店に置く事になった。


今日は薬草を薬屋に卸し、雑貨屋にパンを置き、その賃金で必要な物を買う予定だ。

少し上質な毛糸を買い、それを染色しポンチョを編んだり、絹糸を織り布にして洋服も縫う。


いくら爵位のある令嬢でも、自分の足で立って歩きたかった。

遺産などは伯爵家に預けたままで、いくらもつかっていない。

いつかは嫁入りの支度金にする。との話で折り合いがついた。


「さて、今日もいつも通り頑張るか…」


森を抜け街に出る。いつもの薬屋に寄り薬草を手渡し賃金を貰う。


「アニシア、いつもありがとう。助かるよ」


「何でもないことよ。魔女が薬草くらい作れなきゃ」


「いや、でも流石だよ。どの薬草よりも人気でね。特に腰に効く薬草は飛ぶ様に売れるよ」


「ふふふ。それは良かったわ。皆んな身体がわるくっちゃ働けないものね」



店の主人と少し会話を交わし雑貨屋に向かった。


「アリサ? 本当にパンを置くの? 」


「勿論よ。貴女のパンは最高に美味しいわ! 」


「またまた。でもありがとう。助かるわ」


「作るのは大変だと思うけど、宜しくね? 」


アニシアは鞄からパンを取り出した。


「今朝の焼きたてね? いい匂い! 」


「アリサが食べないでね? 」


「また私の為につくって! 」


「分かったわ」



アニシアは取り敢えずパンがこれくらいで売れるだろうという予想代金を貰い雑貨屋を後にした。



「さて…。毛糸に、絹糸に…。ああ、果物もいくつか買わなきゃ。小麦も…」


アニシアは色々なお店を見て回り、必要な物を買い込んだ。


「結構な荷物…。まぁ転移魔法で送ればいいか」


アニシアは街を少し外れた所に行き、荷物を地面に下ろした。そしてブツブツと口元で何かを唱え、その手を荷物にかざした。


瞬間、荷物は光に包まれ、消えた。


「さて、私も帰ろう」


アニシアはくるりと向きを変えて森の方へと歩き、そして森の奥へと消えて行った。


街の者は特に何も気にせず、チラリとアニシアを見ただけだった。


魔女や魔術師、人狼、人間が混在するこの国では、別に普通の光景なのだから…。


ただアニシア自身、自分毎転移する事はしなかった。それは大変に疲れる事だし、強力な魔法を使う事になるからだ。

自分は歩いて帰れば良い。その方がよっぽど疲れなかった。


自宅に着き、先ずは荷物を片付けた。棚に毛糸などをしまい、外の小屋に小麦をしまった。

後で粉にしてパンを作る。

後はパン作りに必要な物を屋敷の台所の戸棚にしまったり、結構やる事があった。


「今日は何だか疲れた…」


アニシアは自室に行き少し休む事にした。


暫く休んでいると、外は真っ暗になっていて慌てて飛び起き食事を作る。

簡単な野菜のスープを作った。鍋に湯を張り野菜を煮込み、味付けをしただけの簡単な物だ。

野菜は根菜や、葉物類。後は残りのパンを皿に盛り、食卓に並べた。


アニシア一人なのだが、何となくきちんと食事をしなくてはと思っているのだ。


自家製のハーブティーを淹れ席に着き、パンを口に運ぼうとした所で来訪を告げるベルが鳴った。


誰かが来た時に自動的に鳴る仕組みになっている。


「こんな夜更けに誰かしら…? 」


一人呟きそっと玄関の方へと向かった。


いくら魔女であろうとも、アニシアは若い女性だ。怖くない訳はないが、思い切って玄関近くの窓から外を覗いた。


「…誰? 」


暗闇で人の輪郭しか分からない。


アニシアは外にも灯りを灯し、もう一度覗いた。


「え? まさか…」


思いがけない来訪者にアニシアは驚いた。

そして急ぎ玄関のドアを開け、来訪者に声をかけた。


「あの…! 一体どうなさったのですか ⁈ 」


いきなり目の前に現れたアニシアに来訪者は驚いたが、危険ではない事を判断すると口を開いた。


「いや…、馬で狩に出かけたら、道に迷ってしまって…。いきなり訪ねて申し訳ない…。女性が住んでいるとは…」


「そんな、お気になさらないで下さい。お困りでしょう? 馬は? 」


「あ、ああ。あそこの木に繋いでいる」


「そうですか…。あ、もし良ければ中へどうぞ。何もありませんが…」


「いや! 女性の屋敷には入れない」


「ですが、もう夜更けです。いまから街に出るのも…」



結局アニシアの言葉に来訪者は納得し、中へ入った。


「あ、名前を聞いても? 」


「アニシアです。アニシア・ハウナ」


「僕は…。あれ? 僕は…」


「お名前が分からないのですか…? 」


「ああ、いや、うん…」


どうやら来訪者は名前を忘れてしまったらしく、かなり焦っていた。


「この前の夜会でお会いしたのですが、それも…? 」


「夜会? 夜会で出会った? 申し訳ない…。狩をしていたまでは覚えているのだが…」


「無理に思い出さない方がいいですわ。さぁ、あちらに座って下さい。お茶を淹れます」



アニシアは夜会で出会った青年をソファーへと促し座らせると、お茶を淹れる為に台所へ行った。


「まさかあの方に会えるとは…。でも今は自分の事を忘れてしまった…」


はぁっと息を吐きハーブティーを淹れ、青年の元へ戻った。


「申し訳ない…。食事中だったんだね…」


チラリと食卓に目を向けた。


「お食事は? お腹空いてますか? 」


「…申し訳ない…」



アニシアはクスクスと笑いもう一度台所へ行くと、スープを装って食卓に置いた。


「簡単な物ですが…」


「ありがとう」


にこやかにお礼を言われ、少し居心地の悪さを感じたが、和やかな食事ができ、アニシアは久しぶりに嬉しいと感じた。


この人が記憶を無くしているのは残念だと思いつつも…。



「これからどうなさいますか? 」


食後のハーブティーを飲みながらアニシアは青年に尋ねた。


「持ち物から自分の事が分かれば良いのだが…」


「持ち物、ですか……」


「ああ。余り物は持ってはいないが、この短剣から分からないだろうか…」



徐に腰から短剣を抜かな出し机の上に置いた。


「後はこのマントなのだが…」


先ほど脱ぎ、玄関先にかけたマントに目をやった。


アニシアはこの二つの物をじっと見つめ、そして口を開いた。


「貴方様はもしや、第一王子のルーク様では…? 」


アニシアの言葉に暫し固まった。


「え? 僕が? 」


「…恐らく。第二、第三王子のお顔は存じておりますが、第一王子のお顔だけは分かりませんでしたが、貴方様の持ち物は確かに王族の物です。なので、ルーク様かと…」


「…王子…? まさか…」


「記憶を無くしているので無理はありません。

私は王宮に伝言を送ります。そうすればま皆様ご安心なさるでしょう。お迎えに来るのは明日にしてもらって、今日はゆっくりお休み下さい」


「待って! そんな急に…! 」


「ですが…」


「分かったから。ちょっと考えさせてくれないか? 」


「申し訳ありません…」


記憶を無くした者に沢山の情報や要求はタブーだ。

アニシアは自分もお茶を飲み落ち着く事にした。


ルークは頭を抱えて動かない。

さてどうしたものか…。

アニシアはルークを見てこっそりため息を吐くのだった。

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