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二等辺三角形

作者: 仲間 梓


 夏穂のことを好きになったのはいつからだっただろう。

 幼稚園の頃からずっと一緒で、高2になった今でも、隣にいるのが当たり前だった。わがままで、どんくさくて、上げ足を取るとすぐ怒って……でも、いつでも笑顔で、太陽みたいな、そんなどこにでもいる普通の女の子。


 夏穂のことをその……そういう意味で好きだって気が付いたのは、きっと小学生のころだと思う。その頃、俺が妙にイライラしていたのは、たぶん夏穂が他の男の子と楽しそうに会話していたからだと思う。


「なんて器の小さい男なんだ、気持ち悪い」


 俺自身もそう思うけど、でも、当時はその『焦り』とか『悔しさ』とか『かっこわるさ』とか、名前の知らない感情を、どこにぶつければいいのかわからなかったのだと思う。中学校の頃には、何度も汚い罵声を浴びせたりして、お互いよくケンカもしたっけ……。それでも一緒にいてくれるあたり、夏穂も、俺のこと、少しぐらいは気にしてくれたのかも、なんて己惚れてしまう。


 高校生になって、自分自身の気持ちの整理ができてから、ちょっとは夏穂のことも考えて行動できるようになった。告白するなら、今だと思った。


 夏穂、俺。17歳、高校2年生。秋の夕日が屋上を真っ赤に染め上げる中、勇気を振り絞る。それでも動かない足を見て、友人はケツを蹴り飛ばしてくれた。友人の勇気も分けてもらって、告白した。俺、鈴垣翔太にとって、人生一代の大勝負。七年越し、決死の合戦だった。

 俺のストレートな告白に、夏穂は顔真っ赤にして狼狽していた。そんな様子が普段の強気な性格とのギャップもあって、とてもかわいらしく見えた。あまりにも心臓を撃たれたしまったために、一瞬にして賢者モードに入る。


「あの……翔太……」


 ふっ、こんな時に俺は何をのんきなこと言ってるんだ。夏穂が可愛く見えるのなんて今更じゃないか。何回心臓わし掴みにされたと思ってんだ。自分馬鹿じゃないのか?


「ごめん、翔太の気持ちには答えられない」


 そうだよな、こんな今更なことで動揺する馬鹿になんてついていけな……


「え?」

「いやだから、翔太の気持ちは嬉しいけど……。私、恋人いるから」

「……」

「あれ? 翔太? おーい、もしもーし」


 翔太’s脳内フリーズ。

 って、ちょっと待て。頭凍らせている場合じゃない。今言われたことをしっかり考えなくては。なんだっけ、あれえっと、なんだっけ。


「鶏肉を冷凍保存するときは塩をつけとくと味が長持ちするって話だっけ?」

「今そんな話するかお馬鹿!」


 手を精一杯伸ばし、夏穂は俺の脳天をぶったたく。バシンと景気いい音が校庭に響き渡った。


「あんたが、その、私のこと、すきだって言うから、ちゃんと誠心誠意断ろうと……」


 ああ、そうだった。あまりのショックに一回記憶を飛ばしてしまったようだ。そして勢いそのままに、俺は屋上の地面に膝をつく。

 なんてことだ。まさかあの夏穂に恋人がいたなんて。いままでずっと隣にいたのに、気が付けなかった。俺と一緒にいない時間を利用して会っていたんだろうけど……なんというか、秘密にされてしまうほど、俺のことを遠く感じていたのかと、寂しくなった。


「ああ、そうか……」


 なんてこった。毎日のように夏穂と一緒に帰っていたのだから、お相手の心身の疲弊具合が心配だ。俺だったら、彼女が別の男と楽しそうに帰っているのを見るのは嫌だ。気が気じゃなくなる。そんな思いを夏穂の彼氏にさせてしまっていたなんて……なんてひどいことをしてしまったんだ……。


「謝らないと……」

「なんで翔太が謝るのよ?」

「だって俺、夏穂にそういう人がいたなんて全然知らなくて……お相手様に大変不愉快な思いをさせてしまったのではないかとひどく狼狽しておりまして」


 俺が目線を彷徨わせ、どもりながらもそう言うと、夏穂は耐えきれないと言わんばかりにぶはっと噴出した。


「ちょっと翔太? 口調おかしくなってるよ?」

「いや、夏穂さん。わたしはひどく反省しているのですよ」

「翔太似合わない……苦しい……お願い止めて……」


 笑いごとじゃないと思うんだが……。


「とにかく、お相手の誤解を解いておきたい。夏穂の恋人に会わせてくれないか?」


 って言ってもたぶん無理だろうけど。それならそれでその人の特徴だけでも聞いとけばいい話だ。あとで友人に相談して、特定することにしよう。


「うんいいよ。そこで待っててくれてるんだ」

「え゛!!??」


 夏穂が指さした先。そこは校舎内と屋上をつなぐ扉だった。

 大抵の屋上の扉というのは、金属製で分厚く、頑丈だ。しかしこの学校では違う。歴史のある学校だからか、屋上の扉は木でできていて、一部腐って穴が開いているところがある。要するに、遮音性が皆無だ。それすなわち、


「俺の告白も、この会話も、全部丸聞こえ?」

「うん、もちろん」


 いやいやいや。夏穂さん、なに言ってるの当然でしょ? みたいな顔しているんですか。この後、彼氏に会うにあたっての前提条件が変わっちゃうじゃないか。

 例えば「仲の良い幼馴染」が、夏穂の彼氏と話すのと、「夏穂のことが好きな男」が夏穂の彼氏と話すのとでは、会話の場に出てくる相手のヘイトが大幅に変わる。もちろん後者の方が俺にとって分が悪い。夏穂の彼氏さんに謝りたいだけなのに、下手したら激高させてしまうかもしれない。これは少し時間を置いて、夏穂のことは諦めてますよという誠意を見せないといけない。もし喧嘩になったら俺は確実に負ける! 力弱いし! 殴られたら痛いし! 痛いのは嫌だし!


「じゃあ呼んでくるね!」

「え? いやちょ待っ」


 こちらの返事を待たずして、夏穂は扉に向かって走っていった。

 手を伸ばしても、その細くしなやかな背中には到底手は届かない。喉も、緊張の連続からか、全然声を発してくれなかった。

 頭を抱えて、地面に突っ伏す。


 おいおいおいおいおいおいおいおーーーーーーーーーい!!

 どーすんのこれ!? え、嘘ここでご対面? 夏穂の彼氏とご対面!? 普通に考えてそれはないだろ!? 夏穂とどんな顔して会えばいいかもわからないし、できることなら今すぐ逃げ出したい。もういっそ屋上から飛び降りたいぐらいなのに、そんな状況で夏穂の彼氏と会うなんて……。恥ずかしすぎる、死にたい。いや最も不憫なのは、これから訪れる彼氏の方だろう。自分の彼女に告白し、フラれた男の惨めな様を見なくてはならないのだから。


「はぁ」


 ため息を吐いて、空を見上げる。

 夏穂は俺に対する配慮が足りな過ぎる。あまりにも足りなさ過ぎていっそ悪魔にも見える。でも、仕方がない。こんなことをしてくるのは幼馴染の俺だけだろうから。実際、中学時代に数多くの男に告白されてきた夏穂だけど、真摯に受け止め、全て丁重にお断りしてきた。その後、男が走って去っていくのもしっかり見送っていた。こんなにひどい仕打ちをされるのは俺だけなんじゃないだろうか。


「ふふっ……ってええ!?」


 笑ってしまって、こんな状況でさえ、笑えてしまう自分に大きな衝撃を受けた。なるほど、俺はどんな状況でも、夏穂からのちょっとした特別を見つけるだけで、心が躍ってしまうらしい。こんなの完全に病気だ。


「お待たせ、連れてきた……よ。なんで正座して空を見上げてるの? 翔太シュールだよ。SSだよ。」

「うるさい夏穂。S『翔太』S『シュール』とかDAI語を使うな」


 あーもういいや。どん底もどん底。こうなったら戦ってやる。夏穂に相応しい彼氏なのか、見定めてやるんだ。もし夏穂に相応しくないような、ちゃらちゃらした奴だったら、全力で殴り飛ばして校正させてやる。夏穂を悲しませるような輩には指一本触れさせやしない。

 潤む目を制服の袖でこすり、俺は夏穂の恋人をはじめて、視界に収めた。


 髪は黒く、肩のラインで切りそろえられていた。困ったようにこちらを見てくる、伏見がちな目。体型は思っていたよりも細く、肩幅も狭い。殴ったら壊れてしまいそうなくらいだ。腕も、細いけどしなやかで、小さい身長だがすらりとした印象を受ける。スカートから伸びる足も折れてしまいそうなほど細くて……、


 って、ちょっと待て。…………スカート?


 疑惑を確信に変えたくて、俺は夏穂を見つめる。夏穂は恥ずかしそうにもじもじしながら(気持ち悪い)隣に立つ恋人に左手を向けた。


「紹介するね。同じクラスの十勝静流ちゃん」

「はーい」


 静流と呼ばれたその子は眠たげな表情そのままに、片手を上げて軽く挨拶する。

 いや、まってくれ。現実を認識したくない。

 そう考える俺に追い打ちをかけるように、夏穂は顔を真っ赤にしながら決定的な一言を告げる。


「私の『彼女』です」

 

 なんかもういろいろ受け止めきれない……。

 脳は完全に停止し、俺は意識を手放した。


お久しぶりです。仲間梓です。


今年ももう終わりですね。いかがお過ごしでしょうか?


今年は充電期間が長すぎたような気がしますので、来年頑張ります。


それでは、また。

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