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「あなたが人間を連れて来るなんて珍しいわね? 一体、どういう風の吹き回しなのかしら?」

 女性が満面の笑みで狐に問い掛けると、狐は溜息一つ吐いて、面倒くさそうに答えた。

「あいつに頼まれただけよ。しかも、こんなのまで渡してきたわ」

 そう言いながら家の隅に行き、何かを咥えて来て女性の前に置いた。

「手紙?」

 女性は封を開けて中身を確かめると、便箋と一緒に何かが滑り落ちて来た。

 それを手に取り眺めた女性は、息を呑んだ。

「――っ!」

「何驚いてるのよ? 何か珍しい物でも入ってたの?」

 大きく目を見開いて手にした物を食い入る様に見詰める女性に、狐は不思議そうな顔を向ける。

 女性はゆっくりと狐に顔を向けると、問い掛けた。

「これを、なんであの人が……」

「あたしに分かる訳ないでしょ」

 幾分、剥れた調子で返したものの、女性が気を悪くした風には見えない。

「でもそれに付いた匂い。かあさんにも分かるわよね?」

 その言葉に女性は頷き、床に寝かせた彼に顔を向けた。

「あの村の人間の匂いも混じってるけど、彼の匂いが一番濃いわね。それと、微かだけれど、違う匂いもするわ」

 狐はそれを聞くと、怪訝な表情をした。

「もう一つ?」

 女性は強く頷き、

「そう、私たちと同じ匂いよ。けれど、なんで彼がこれを……」

 彼を見詰めたまま、女性は首を捻った。

 そこに狐が言葉を差し挟む。

「それとあれ、この世界の言葉が通じないみたいなのよ」

「言葉が通じない?」

 聞き返す女性に、今度は狐が彼を見たまま頷いた。

「でもね、うちに昔から伝わってる言葉は通じるみたい」

 そう狐が言うと、女性は益々、不思議そうな顔付になった。

「この紋章と、この世界の言葉が通じない男の子……。しかも、家に代々伝わる言葉は通じる……」

 そこまで言うと、女性はにこやかな笑みの中に、うすら笑いを隠した。

 それを見た狐は、何か嫌な予感を覚えたのだった。




           *



 暗く沈んだ意識の底で、彼は懐かしい言葉に耳を澄ませていた。

 それは遥かな昔、彼がまだとても小さく、立ち上がる事すらままならなかった頃に聞いたことのある言葉。

 今ではもう聞くことの出来ない声で、幾度となく聞かされた言葉だった。

 彼はその言葉を知っている。

 だが、目覚めれば忘れてしまうだろう。

 それは心の奥底に閉じ込められた思い出だから。

 彼が自ら閉ざしてしまった、思い出なのだから。



          *



 彼は目覚めると静かに身を起こした。

 だが、股間から湧き上がる痛みのあまり、その部分を両手で押さえて、前のめりに倒れ込んでしまった。

 それを見ていた二人――いや、この場合は一人と一匹と言うべきか――の内、一人は彼に歩み寄り、一匹はそっぽを向いた。

「あらあら、大丈夫?」

 彼女を見た彼は、ほんの一瞬だけ、ある人物の顔が胸を過ぎった。

 面差しや髪型はまるで違うが、雰囲気が似ていたからだ。

「とりあえず、何とか……」

 彼が答えると女性は柔らかく微笑み、立ち上がる手助けする。

「ありがとうございます。ええと……」

「私はレイラ」

 彼女は優しく微笑んで、自分の名を告げた。

「あ、はい。レイラさん」

 女性の名を聞き笑顔を返した後、彼はそう言えば、と慌てる。

「あ! す、すみません! 僕も自己紹介がまだでした!」

 慌てて居住まいを正し、彼は腰を折った。

「僕は慎士、望月慎士(もちづき まさし)と言います。助けて頂き有難うございました」

「どういたしまして、マサシくん」

 礼儀正しい慎士に微笑みながら、レイラは今だにそっぽを向いたままの狐を見やると、

「あなたもいい加減、自己紹介なさい」

 幾分、命令口調で言った。

 狐は渋々それに従い、自己紹介をする。

「ミリィ」

 短くそう告げただけで、またそっぽを向いてしまった。

 だが次にレイラが放った台詞は、慎士の首を傾げさせるには十分過ぎる言葉だった。

「あなた、何時までそのままでいるの? まさか、マサシくんが居る間は、ずっとそのままの積もり?」

 慎士は何の事だかさっぱり分からず首を傾げる。

 その証拠に、首を捻って「まさか、でも」などとぶつぶつと呟いている。

 そんな慎士を見た狐は溜息一つ付くと、目を閉じて何事かに集中し始めた。すると、狐の周囲が眩い光に包まれ始める。

 それを見た慎士は目を丸くする。

 まるで夢の中の光景が、現実に目の前で起こっているかの様だったからだ。

 その光が薄れてゆくと、そこには一人の少女が立っていた。

 腰の辺りまで伸びた金色の髪。年相応のあどけなさを残しては居るものの、十分以上に美しいと言えるほどの端正な顔立ち。深く澄んだ湖の蒼を湛える瞳と、燃える炎のような紅の瞳。

 首から下に伸びる曲線は、神の手に因って形作られた完璧さを誇っていた。

 慎士はその余りの美しさに見惚れた。

 ただし、その美しさと性格が比例するとは限らない。

 見惚れる慎士の顔面目掛けて、飛んできた物がある。

 それは、木製の花瓶。

 空中で花と水を撒き散らしながら、花瓶は見事に慎士の顔面を捕らえた。

「ぐはっ!」

 意識の外からやって来た衝撃に彼は仰け反り、もんどうり打ってその場に倒れる。

 同時に彼女――ミリィは怒鳴り声を上げていた。

「何じろじろ見てんのよ! また潰されたいの!」

 それを聞いた彼も跳ね起き、怒鳴る。

「ってえな! 何てことすん、だ、よ?」

 だが声の勢いは途中で途切れ、謝罪に変わった。

「あ、いや、ご、ごめん!」

 顔を真っ赤に染めて、慎士は彼女に背を向ける。

 微笑ましい表情で二人のやり取りを見ていたレイラだったが、一糸纏わぬ姿で仁王立ちを決めているミリィに、注意をした。

「あなたは早く服を着てきなさい。でないと、マサシくんに襲われちゃうわよ?」

 そんなふざけた注意をされて、ミリィは渋い表情を見せたが次の瞬間、レイラの取った行動に、驚きと呆れが混ざった表情を向けた。

「真っ赤になっちゃって可愛いわね、マサシくんは。食べちゃいたいくらいよ」

 そんな事を言いながら、レイラは慎士に抱き着き、自分の膨らみを押し当てたのだから。

 しかし今の彼は、そんな事されたら堪ったものではない。

「え? ちょ! まっ! えうえっ?!」

 大慌てで引き剥がそうとするも、軽く抱き着いている筈のレイラはビクともしなかった。

 それを見ていたミリィは何故か胸の中に不快感が湧き上がり、慎士につかつかと近寄ると、彼の股間目掛けて思いっきり足を振り上げる。

 そして、本日二度目の痛撃を食らった慎士の意識が暗闇に落ちる瞬間、彼の瞳が捉えたのは、頬を膨らませて不機嫌さを表すミリィの顔と、柔らかそうに揺れる、二つの双丘だった。

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