序章
全てを飲み込み消し去る焔色の中、彼は泣き叫び、何度も同じ言葉を繰り返していた。
だがそんな彼を焔の滅びから守る様に、逞しい腕が抱いていた。
そして抱く者は「大丈夫、絶対に助けるから」と優しく囁いた。
途端、彼は泣き止み、「ほんと?」と問い掛ける様な表情を浮かべていた。
彼の瞳には力強く頷く、優しい笑顔が映っていた。
同時に、焔を突き破り、彼等の後から一人の女性が姿を現した。
哀惜と焦り、そして安堵が綯い交ぜになった表情を浮かべながら。
彼は一早く彼女の姿に気が付くと、手を伸ばした。
とても、とても小さな、紅葉の様な手を。
彼女も手を伸ばして彼に手を握り締めると、怪我一つ無い姿を見て、優しい笑顔を浮かべる。
彼を抱く者も彼女に気が付くと振り返り、柔らかく微笑んだ。
そして、壊れ物を扱う様に、そうっと彼を預けると、一言だけ告げた。
「後は頼んだよ」と。
彼を胸に抱き締め慈愛に満ちた表情を向けていた女性は、抱く者が発した一言で表情を悲痛な物に変えた。
そんな彼女に、彼を抱いていた者は力強い笑みを浮かべながら、早く行け、と手で合図をする。
その体には、そこかしこに焔の爪痕を刻まれ、笑みを浮かべる彼の顔もどこか痛々しく見えた。
彼を抱いていた者からは、伴に歩んで行けない悔しさと悲しさとが伺えた。
だが同時にその表情は誇らしさに満ち溢れ、自身の行いを一片も悔いてない事も伝えていた。
彼女は小さく頷き唇をきつく引き結ぶと踵を返した。
煌めく滴を散らしながら。
そして、託された小さな命を焔の滅びの中から日常の色の中へ連れ出し、そっと地面に下ろした。
僅かの間、愛しむ様に抱き締めた後、彼の耳元で何事かを囁き、悲痛な面持ちで離れていく。
そんな彼女を彼は追い掛け様としたが、その行為は誰かに推し留められてしまった。
遠ざかる姿に向かって、彼は泣き叫ぶ。
その叫びは、聞く者全ての胸抉る叫び。
叫びと共に彼が伸ばして手の先には、眩い光が煌いていた。
光が徐々に薄れるとある形を成した。
それは、白い虎。
白虎、別れの言葉を吐く様に悲痛な叫びを一声上げると、焔色に溶け込み、消えた。